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絶滅世界 (ZOMBIE LIFE)  作者: バネうさぎ
第二章 Past days
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Past days -5-


 感染者の数は緩やかに増えていった。

 

 その数は、決して多くはないが、感染地域は確実に広がっているようだった。1か月をかけて、タイ、フィリピン、インドにまで波及し、各国で海外渡航者に対する規制が始まった。ヨーロッパでは、EU諸国以外からの海外渡航者に対してビザの取得を義務化し、疾病管理が徹底して行われた。アメリカでは、世論の後押しを受け、進められていた銃規制に歯止めがかかり始めた。


 中国はというと、その後WHOの調査員の現地への受け入れを表明したことで恐ろしい事実を露呈することとなった。

 『続いてのニュースです。中国、上海へのWHOの調査員の派遣で恐ろしい事実が浮き彫りとなりました。』

 画面が切り替わり、荒廃した街並みが映し出される。

 

 人間が居なくなった後の街として、‘‘軍艦島‘‘の映像を見たことがあるがまさにその様子を呈していた。

 まず、街には人はいなかった。人がいたとしても形すら残らない火力で街は焼かれたのだろう。

 それが想像できるくらいに街並みは上も下も真っ黒だった。

 火から生き残ったコンクリートからは鉄骨が顔をだし、ほとんどすべてのビルが崩れている。車も路上に多く見られたが、どれもタイヤは焼け落ちてなくなり、フレームだけが路駐されるのみである。調査員のビデオカメラのマイクは、俺のわからない言語で驚愕の声であろう音を拾った。


 そこから、映像は切り替わる。映し出されたのは、ナレーターの説明によると、上海第三病院らしいのだが、俺にはコンクリートの塊にしか見えなかった。

 コンクリートの塊はかろうじて建物の形を保ってはいるが、見たところ3割程が崩落し、コンクリートと鉄骨以外の物は何もついていない。

 ショッキングな映像が流れる中、ふいに調査員が地面に落ちている薬きょうを拾い上げた。そして、英語で「これはなにか?」と問いかける音声が入ったところで映像は途切れた。


 中国の疾病対策センターが、第三病院での上海病の発生の報告を受けた時、既に院内には言語の通じる者はいなかった。公安は、パニックの通報から1時間で病院を完全封鎖し、誰一人として院内から出さなかったそうだ。ガラス越しに見える院内はまさに地獄絵図で人間が人間を食べる様子を鮮明に見せつけられたらしい。そして、封鎖から5分で病院外の街でも同様の報告が多発した。これを重く見た中国政府は、病院を中心とした半径一キロ以内の人間の流れを止め、仮設の壁に区域ごと隔離した後、軍を投入し一斉に焼いて殺して破壊した。およそ死者は5000人におよび生存者にも徹底した戒厳令を敷いたということだった。

 

 この報道で各国のメディアは病気そっちのけでこの虐殺行為を叩きはじめた。

 国際法に違反する人権侵害行為だ、とアメリカ大統領がコメントするのも当然の流れとなった。


 虐殺行為は、国際法上一般原則として禁止されている。

 この一般原則は、存立基盤が慣習法とは異なると主張されており、国家が虐殺行為を認めていてもその法理は絶対に認められないというものだ。

 つまり、国際法上違反となるのだが、この行為に対して中国を裁ける者はいなかった。

 ICJ(国際司法裁判所)は国同士の紛争を解決するものであり、国内の紛争には手出しができない。

 では、人道に対する罪を裁くICC(国際刑事裁判所)が機能するかといえば、大国中国への内政干渉による武力衝突と経済への影響を恐れて、一国として訴追しなかった。


 結果、メディアを利用した中国批判が各国の限界だった。

 メディアが代理戦争を行う中、感染地域はひっそりとアジアを包括し始めていた。



 そして10月12日。

 

 国内で初めての感染者が現れた。

 発見された時には既に症状が発症していた。

 しかも感染者は、ベトナムで感染しそのまま保菌状態で日本に帰国、何事もなく2日間も日常生活をしていたというのだ。

 日本の空港の検疫所が揃えた最新鋭の病疫探知機はまんまと突破されてしまった。

 

 さらに上海病の報道が過熱してから、航空会社、旅行会社の株が軒並み急落した。

 そのことを重く見た日本政府は、安全な旅行先の情報を逐一開示することで、今まで通りの旅行を促し、海外からのインバウンド事業も辞めなかった。


 絶対の病疫検知機と以前より徹底した検疫所の運営で引っかかる者がいないことから政府は過信していた。

 実際は、保菌者を特定することができなかっただけで、機械も運営も全く功を奏していなかった。

 感染者がすぐ日常に紛れ込んでいる可能性は否定できなくなったが、国民の生活スタイルは驚くほど揺らがなかった。

 

 

 俺はゼミの授業に出席するために、久しぶりに大学に向かっていた。

 大学まではJRの電車一本で行けるが、一時間乗り続けなければならない。

 そしてゼミに出席するためには、朝7時40分の電車に乗らなければならず、この時間帯は通勤通学ラッシュで座れないことが多い。


 案の定、俺は席を逃した。

 これで一時間立ちっぱなしだ。

 車内は決して混雑しているとは言えないが、座席は全て埋まっており、まばらではあるが座席の横に立って席待ちをしている人がいる。

 

 電車の座席取りはギャンブルに似ている。

 早めに席を立ちそうな人を直感で見定め、その人の座席の横に立つ。

 ちなみに俺の乗る電車の座席は、一列に座席が並んだロングシート方式ではなく、進行方向に向いたクロスシート方式の座席配置である。

 よってドア近くの4人席の横に立つか、2人席の横に立つかで座れる確率が変わってくる。

 4人席だと単純に2倍だが、混雑時には、4人席を確保するためのポジショニングは難しく、マナー違反ギリギリの行為だ。

 玄人は毎日同じ時間の電車に乗り、座っている顔ぶれを覚えて、一番最初に立つ人をある程度記憶するらしいが、俺にはそこまではできない。

 ほかにも高齢者や妊婦の突然の登場、人身事故や点検によるダイヤの乱れといったハプニングも発生する。


 通勤通学電車は、確率論と統計学に支配された空間であることは日常的に使用するサラリーマンや学生にとって自明の理ではあるが、皆口を閉ざし、孤独に戦い続けている。

 

 俺は今回は座席をあきらめ、自動ドアの横の立ちながらもたれられるスペースへと移動した。

 視線の置き所を求めてスマートフォンを取り出す。


 「日本やばくないか!? ゾンビ日本にも来たらしいぞ。」


 「俺ゾンビになったらみきちゃんの所に真っ先にいくわ。」


 「たぶん、みきちゃんの彼氏に殺されるぞ。」


 俺の前に立っている若い男二人組が談笑しているのが聞こえてくる。2駅前から乗ってきたこの二人組は、乗車してからずっとしゃっべっている。茶髪私服で今日は水曜日なので十中八九大学生だ。俺は、この二人の会話をずっと聞いていた。盗み聞きといえば、聞こえが悪いがスマートフォンに飽きていたのだ。


 「でも、ゾンビ映画の世界って一回味わってみたくね? 俺、絶対生き残る自信あるわ。」

 「お前には無理だろ。ひょろいし。」

 「なめんなよ。俺最近鍛えってから。着やせしてるだけで脱いだらすごいから。」


 片方の男が力こぶを出すポーズをするともう一人はからかうように笑う。その後話題は大学の話に切り替わり、しばらくすると彼らが同じ大学の生徒であることが判明した。

 

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