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ハーディガン視点。主人公が王宮に来てすぐくらい?です。
彼はすぐに主人公に落ちます。
聞こえてきた声に、足を止めたのはその人物に心当たりがあったからだ。
「まあ、泥臭いと思ったら、こんなところに平民が」
正確には、言葉をぶつけられている人物に、だ。
「おお、ハーディ。平民いびりの現場を抑えられそうだ」
面白そうに呟くのは、上司であるウィリアム。その言葉に、自分のみけんにしわが寄るのは必然の事だと思う。
一歩踏み出そうとした足を、止めたのもウィリアムだった。
「まあまあ、侍女殿のお手並み拝見だね」
ますます深くなるしわに、ウィリアムは肩をすくめるだけだ。
そんな自分たちをよそに、言葉の応酬は続く。
「王女様をお守りしたのは平民として当然でしょう?もうこの王宮にお戻りになったのだから、あなたの役目は終わったのではなくって?」
何を言われても、侍女として礼をし続ける彼女。
「王女様は慈悲深い方だから、あなたをおそばに置くのでしょう。ならば、あなたが身の程を弁えて身を引くのではなくって?」
貴族の令嬢の取り巻きの侍女たちも、令嬢の言葉に賛同するように、みな一様に彼女をあざ笑う。
「おお、言うねぇ」
面白がっているウィリアムには悪いが、自分はこういうのは嫌いだ。
そもそも、我々貴族が生きていけるのは、令嬢が平民と呼ぶ者のおかげだ。国民の納める税でこの国はまわり、その税から我々の給料が払われる。我々が口にする作物さえ、そのものらが作るのだ。民あっての国。その民の大半が、令嬢が平民と蔑むものであることを、令嬢が知らないのか。
「それに、あなたみたいな泥のにおい、耐えられませんわ」
これみよがしに扇を開き、顔を覆ってそむける令嬢。
その時、今まで侍女の礼を崩さなかった彼女が初めて動いた。
さっと上げた顔は、キリリっと引き締まり、釣り目がちの瞳がしっかりと令嬢をとらえる。
「・・・・レイリア伯爵令嬢、わたくしが泥臭いとは、お褒めの言葉ありがとうございます」
「はっ?」
扇の奥で、令嬢が間抜けな声を上げた。
それとは対照的に、ゾッとするような冷たい笑みを浮かべ、彼女は続ける。
「泥があってこそ、わたくしたちは生きていけるのです」
背筋を伸ばし、凛とした雰囲気。知らず、こちらも背筋を伸ばしたくなる、そんな雰囲気が彼女から漂っていた。
「泥が作物を育て、その作物がわたくしたちの飢えを満たしてくれる。その泥の臭いがわたくしからするというのであれば、こんなに嬉しいことはございません」
令嬢とて何も食べずに生きているわけではない。言うなれば、泥臭いと彼女が蔑んだ平民がいなければ生きていけない、そう彼女は言っているだろう。
「ああ、でもレイリア様は物知りでいらっしゃる」
「・・・・」
「泥の臭いをご存じなのですね。わたくしからするというのであれば、その臭いを知っていらっしゃるということでしょう」
「・・・・」
「慈悲深いレイリア様は、ご自分が口になさる作物を作るわたくしたちの生活を憂いてくださるのでしょう。けれど心配ございません」
「・・・・」
「わたくしたちは、わたくしたちの生活のために働いているのです。憂いて下さる必要はございません」
裏を返せば、貴族のために働いてはいない。
「このっ!!平民のくせに!!わたくしに説教をするというの!!」
もう扇で隠すことも忘れたのか、怒りの表情をあらわに令嬢が声を荒げる。
「いいえ・・・・」
それに対し、どこまで冷静な様子な彼女に、令嬢も取り巻きも、息をのむ。
「貴族に貴族としての責務があるように、平民には平民の責務があると、弁えております」
「ならば!!このわたくしに盾突くということが、どういうことか・・・」
「だからこそ、わたくしはあなた様の言葉に礼を述べたはずです」
「っ」
「礼を述べ、わたくしたちのことを気に掛ける必要はない、と申し上げたのです」
そう、彼女は令嬢に事実を述べただけだ。
平民、国の民が働き、税を納めるのは貴族のためではない。自分が生きていくためだ。その生きていくために田畑を耕し、布を織り、商売をする。そして税を納め、我々がその税の対価として国を作る。治安を守り、法を整備する。そう言っているだけだ。
「ふん、やっぱりいけ好かないな」
誰が、と問えば、侍女殿が、と答えるだろう。
そのあと何か捨てぜりふのようなものを2、3叫んで令嬢が去っていった。そして、彼女がくるりと振り返る。
「覗き見、とは、高貴な方はよいご趣味をお持ちで」
「まあな」
「申し訳ありません」
気づいていたのか。素直に姿を見せた自分たちに、先ほどまでのゾッとする笑みは消え、あきれたような表情に変わる。
「でも、いいのか?あんなこと言って、お前辞めさせられるかもしれないぞ?」
「・・・・・・それはないでしょう」
「なんでそう思う?」
腕を組んで見下ろすウィリアムに、怖じることなくまっすぐに見つめ返すその姿は、とてもただの侍女には見えない。
「私を傍に置くと決めたのは、王女であるエリーです。王女の言葉を取り消せるのは、親である国王様だけでしょう。けれど、さきほどの令嬢の生家の爵位は伯爵です。国王に直接進言できる家ではありません」
「だが、他の貴族と結託するかもしれないぞ?」
「その場合は、アレクサンドラ公爵家のご子息にして近衛騎士団の団長であらせられる、ウィリアム様が阻止してくださるだろう」
「はぁ?俺がお前を認めてると、どうして思う?」
「認めていなくても、エリーのことを第一に考えるあなた様が、エリーにとって害となる選択をする必要がありません」
きっぱりと言い切る姿に、今度はウィリアムの眉間にしわが寄る番だ。
「それ、裏を返せばって分かってるのか?」
「もちろんです」
裏を返せば、彼女が害を及ぼす存在となれば、容赦なく切る、ということ。
「ふん、俺はもう行く」
嫌そうに顔をしかめるウィリアムに、またしても完璧な侍女の礼で見送る彼女。
「・・・仲裁に入れず、申し訳ありませんでした」
「いえ、上司の命は絶対のものでしょう。それに、あれくらいなんでもありません」
どこまで彼女はお見通しなのか、謝罪の言葉すら受け止めてもらえない。
「ハーディガン様、どうかエリーをよろしくお願いします」
「もちろんです」
騎士の礼をとる自分に、彼女は侍女の礼ではなく、ただ深々と頭を下げるのだった。
泣き言も言わない主人公の精神的な強さに感服し、エリー馬鹿なところを心配し、目で追ううちにいつの間にか・・・。を目指していますが、描写できるかどうか(;´・ω・)
足りないところは、ここで補足していきたいです。