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あと一話。
目が覚めた私の気分は、最悪でした。
手も足も縛られていないので自由だけど、この足ではこの部屋を抜け出してもすぐに捕まるだろう。
「目が覚めた?」
「あ゛」
「ああ、無理に声を出さない方がいいよ」
声を出そうとして、喉に強烈な痛みを感じて顔をしかめる。
こてん、と首を傾げられても、今は寒気しかしない。
「君が飲んだ薬は、喉をつぶすものだから」
「!!」
なるほど、両手足を縛らずとも、私の身体能力では抵抗はできないと思ったのだろう。
さらに喉をつぶしてしまえば、詠唱をしなければ使えない魔法の無効化にも成功する。RPGで、敵の魔法使いを沈黙にするのと同じだ。
徹底して私を無効化にした目の前の少年に、私が向けられるものは鋭い視線だけだ。
「やだなぁ、そんな怖い顔で見ないでよ?」
この状況でいつものように笑えるこの少年の精神は、やはり歪んでいるのだろう。
自分のように―――――。
「僕はね、貧しいスラムの生まれなんだ・・・・」
「・・・・・っ」
私のように孤児院に拾われた孤児はまだいい。盗みなどの犯罪を繰り返さずとも、なんとか生きていけるから。
目の前の少年のように、孤児院にすら入れなかった孤児は、貧民街での生活を余儀なくされる。
孤児でなくとも、親が貧民街に住んでいれば、もちろん子もそこで育つ。
法律がある国の中でも、その法が行き届かない場所。それがスラムという名の貧民街。
「母さんはね、僕をとても愛してくれたよ・・・・」
「・・・・・・」
うつろな瞳。
「僕に魔法の才能があると知って、とても喜んでくれた」
「・・・・・・」
私は、この瞳を見たことがある。
「たくさんお金がもらえる、ってね」
「・・・・・・」
笑って言えるのだ。自分の事なのに。
ああ、彼は私だ。
前世の自分と同じ瞳で、今世の自分とも同じ。
「母さんは、魔法の才能がある僕が大好きなんだ・・・」
「・・・・・っ」
聞きたくないのに、耳を塞ぐこともできない。
「みんなもそうでしょ?僕の魔法がほしいんだ」
ああ、私も周囲からはこう見えているのだろうか?
生を受けて一番最初に愛を与えてくれる存在から、愛を与えられず、自分の存在に価値を見出せなかった哀れな子供。そのまま大きくなって、一人で生きているつもりで、愛が欲しいと叫んでいる。中身は子供のまま。
ああ、私も誰かに愛されたいんだ―――――。
そんな価値はないと、人を突き放しながらも、心の奥底では叫んでいた。
見たくなかった現実を、またこういう場で突き付けるのか。神様って残酷。
生きていていいのだと、認めてほしいのに、それを否定されるのが怖くて一人を選ぶ。
彼は魔法だけが自分の価値だと思っている。それがなければ、自分は生きる意味はないと。否、一番最初に欲しかった愛を、母の愛を得られるのだと思っている。
私は――――――。
妹のために生きることで、母の嘆きをその身に受けることが私の生きる意味だと、そう思い込んでいた。そうしなければ、一番身近な家族からの愛すら得られないと。
「どうして泣くの?」
こてん、と今度は反対側に首を傾げて、彼は問う。
分からない。
周囲から見る、自分の滑稽さか。
こんな状況でも、相手のことを考えてしまう自分に対してか。
分からない。
「泣いて、許しを乞うの?無駄だよ、僕は僕であるためにあなたが邪魔なんだ」
そうだろう。
彼の存在意義である、魔法の才能が一番であること、を阻むのは私の存在だ。
ああ、どうしてか、彼のことが理解できてしまう自分には、彼を拒絶することが出来ない。
結局、私は前世でも今世でも、生きていることに執着が持てないのか。
前世でも今世でも、私が生きていることで不幸になる人がいるのか。
もう、いいかな?
あの子は救えなかったけど、エリーは救えたと思う。
もう、あの子を守ってくれる人はたくさんいる。あの子自身も強くなったから、もう私がいなくても大丈夫。
最後に、目の前のもう一人の私が救えるのなら、いい終わり方じゃない?
涙が流れるのに、なんだか可笑しくなってきた。
「今度は笑うの?」
不思議そうにする彼をまっすぐに見つめ、1つ頷く。
「い、ま・・・・お、わる・・・・から」
自分の物とは思えないガラガラ声にまた笑いそうになる。喉が痛いから声は出せないけど。
立ち上がった私に、彼が警戒したように一歩引く。そんな彼に微笑んでから、私は両手を広げた。
「こ、おり・・・の・・・き、ば・・・よ」
思うように出ない声と、引きつれる喉の痛みにも、もう止められない。
はっとしたように詠唱を始める彼よりも早く、ありったけの力で叫ぶ。
「穿て!!」
私の心臓を!!
巨大な氷の牙が、私の前に出現する。その牙が、私に向かうのを見て、彼が笑みを浮かべるのが目に映る。
でも、もう関係ない。
もう、たくさんだ。
私が生きているせいで誰かが不幸になるのは。
もう誰かのために生きるのは。
誰かのために生きるというのは、本当に生きていると言えるのだろうか?
なら、私はこの世に生を受けたときから死んでいるのかもしれない。
さようなら、エリー。
さようなら、―――――――様。
こちらを向いた氷の牙が、私の胸に吸い込まれるのが、やけにゆっくりと見え。
なんだ、死の間際に走馬燈なんか見えないじゃない。
「ステラ!!」
「・・・っ!!」
走馬燈じゃなくて、見えるはずのない姿が見えて――――。
「・・・・あっ」
「くっ」
その力強い腕に抱きしめられて、その体越しに氷の牙が見えて――――。
「あ゛あ゛あ゛あっ!!!!」
私は叫んだ。
ダメダメダメダメっっっっ!!!!
どうしてどうしてどうして!!
声が上手く出ない。
止めなきゃ、また私のせいで、誰かが犠牲になるなんて!!
必死で引きはがそうとするのに、腕は離れなくて、むしろ強くなって。
氷の牙が迫る。
目をつぶる暇もなくて、その先に起こる悲劇を思って、絶望しかけたところで。
一筋の光が走った。
「ちっ、剣がダメになった」
「ウィル!!」
まるで球を打つように、振りぬいた剣が氷の牙を砕いていた。
「念のため、魔法士団のやつらにありったけの魔法防御かけさせといてよかったな」
「はははっ、全部お見通しってことかぁ」
降参とでも言うように両手を上げる彼の首には、ナイフが突きつけられていた――――。
ルウェはこうなることも予想していました。
王女を手にかけることもできず、中途半端に王女暗殺に協力し、犯人として目星がつけられていると分かっても何もしない。
断罪されたい、というか、楽になりたい、という裏の思いがあったから。
など、この人の裏話も書きたいです。




