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分かりやすい展開を意識しました。
王宮に戻り、すぐに治療の施された彼女は今、寝台の中で眠っていた。
頬にはガーゼが当てられ、右肩と右のふくらはぎは何針も縫うほどの大けが。一番ひどいのは右肩だろう。矢を力任せに引き抜いたせいで、傷が抉られてしまっていたから。
「・・・・・」
多くの血を失ったせいで、青白い肌。麻酔のせいで深い眠りに落ちているが、目を覚ませば痛みが彼女を襲う。自分と違い、武人ではない彼女が耐えなければいけないそれを思うと、顔をしかめずにはいられない。
と、そこに控え目なノックの音が響いた。
誰何の声を上げれば、答えた人物の正体に驚きを隠せなかった。
「宰相殿・・・・」
「王女様の侍女が、怪我をしたというのは本当か」
「はい、今は治療を終え、眠っておりますが・・・・」
入ってきたのは、この国の宰相であるウェリタス様。
彼女と同じ、黒い髪に黒い瞳を持ち、その鋭いまなざしは重鎮たちを黙らせ、時に国王すらもそのまなざしの前に沈黙するという。
冷静沈着。
青い血が流れているという噂まである。が、その反面、ただ一人を愛するという理由から生涯独身宣言をするほどの情熱も持ち合わせている。
その眼差しが、今は彼女に注がれている。
仮面のような表情のせいで、その下にある感情を一切相手に読ませない。
その宰相殿の手が、スッと伸びたことに、驚きを隠せなかった。
まるで大切なものを扱うかのように、そっと彼女のほほにかかった髪を払う。その顔を、目に焼き付けるように真剣に見つめる。
「彼女は・・・・」
「・・・・はい」
宰相殿の言葉には、やはり何の感情もうかがえない。
「エリザベス様が身を寄せていた孤児院出身であったな?」
「はい」
「そうか・・・・」
もう一度、手を伸ばしかけ、何かを耐えるようにひっこめられた。
「エリザベス様の救出に、全力を注ぐように」
「はっ!」
騎士の礼をした自分を一瞥し、宰相殿は部屋をあとにした。
残ったのは、眠り続ける彼女と、なぜここを訪れたのか、意図の分からぬままの自分だけだった。
王女誘拐事件から2日。
「まだ、あの馬鹿女は目を覚まさないのか?」
中々進まぬ王女救出に、ウィリアムも苛立っていた。森の中では、王女様たちにつけた護衛の騎士の遺体がみつかった。数が一つ足りなかったが。
「はい、思った以上に傷が深く目が覚めてもすぐには・・・」
「失礼します」
入室してきた人物に、言葉を遮られる。
「誰だ、許可なく入室するやつ・・・」
「ステラ!!」
そこには、医師に支えられるようにやってきた、彼女の姿が。
「お待たせしてはいけないと思い、こちらから参りました」
医師の制止を無視してその手を放し、礼をする彼女の姿に呆然とする。
「このような格好で申し訳ありません」
彼女の言う通り、彼女は手術服の上にガウンを羽織っただけの恰好だった。
「ふん、怪我人が歩き回るな、まわりに迷惑がかかる」
「失礼しました。けれど、一刻も早くご報告をしたいことがございますので・・・・」
「ステラ・・・・」
その言葉に、ウィリアムは医師を下げ、彼女にソファに座るように指示する。断ることもなく、彼女がソファに身を任せるのを手伝いながら、その痛々しい体に表情が曇る。
いまだ青白いながらも、背筋をピンと伸ばすその姿、その精神力は感嘆に値する。が、その体を心配する気持ちは別だ。いつでも手をかせるよう、さりげなく傍に控える。
「騎士の一人が、賊のスパイであったことはもうご存知でしょうか?」
「ああ、遺体が一つ少ない時点で、な」
「そうですか。それともう一つ、相手は私が魔法を使えること、その特性を知っていました」
「何?」
ウィリアムの声が、一段低くなる。
「私が魔法を使えることは、ごく一部の者しか知りません。また、私の防御魔法の特性は、さらに一部の人間にしか知りえないことです」
彼女の言葉は、この件に関与している人物が王宮内にいることを示し、かつその範囲を大きく狭めるものだ。
「仕掛けを使っての攻撃は、私の防御魔法の弱点をついていました」
「ほう?」
「剣による攻撃では、私の魔法が発動する。しかし、無数の矢による攻撃では、私の魔法は役に立ちません。おそらく、その弱点を狙っての仕掛けでしょう」
はじめそれが罠かと思いましたが、そう淡々と続ける彼女。
「おそらく、魔法の弱点を突いて私もろとも消すつもりが、私が違う魔法でエリーを守ってしまったので計画変更を余儀なくされたのです」
「それで、暗殺ではなく誘拐・・・」
「はい」
考え込むウィリアム。
「どうぞ・・・」
「すみません・・・」
一息つくよう、お茶を差し出せば、ゆっくりと左手でカップを掴み慎重に口をつける。まだ右手が万全ではないのだ。
「なるほど、だいたい犯人の見当はそれでつけられるが・・・」
「・・・・」
「肝心の監禁場所が割り出せない」
そう、彼女の言葉は犯人の割り出しには有効だが、監禁場所の特定にはつながらない。
「そうです。その件で、お願いがあります」
「なんだ?」
人を頼ることをしない彼女がお願いとは、驚いたのはウィリアムも同じか、器用に片方の眉を上げて続きを促す。
「私が、魔法でエリーのいる場所を見つけます」
きっと強くウィリアムをにらみつけると、彼女は何かを決意したようにそう告げる。
「ほう、そんなことが出来るのか?」
「出来る出来ないの問題ではなく、やらなければいけないのです」
膝に置かれた左手が、強く自身の服を掴んでいた。
「初めて使う魔法の上に、おそらく今の私にはエリーを見つけることしかできません」
「それで、お願いとは・・・」
一つ、息を飲む。
「エリーを無事に助け出してほしいんです」
「そんなこと、言われなくても・・・・」
「そのあとすぐ、私を解雇してほしいんです」
その言葉に、ウィリアムも自分も一瞬動きを止めた。理解するまでに、時間がかかったのだ。
あのお互いが依存しあい、特に王女様への依存性が高かった彼女の言葉とは、到底思えなかったから。
「・・・・なぜだ」
「エリーの前に、今の私が姿を見せれば、エリーは自分を責めます」
その言葉に、どっと疲れを感じたのはウィリアムも一緒らしい。
「それに、私がついていながら、エリーは・・・」
「それは俺たちも同じだ。それ以上言うなら医務室に缶詰めにするぞ。それから、解雇は却下だ」
「そんな、今回は私が・・・」
「異論は認めない。おそらく、国王もそういうだろう」
どこまでも王女様至上主義。
自分の怪我をした姿を見て、自分を責め、悲しむ王女様を見ていられないから解雇しろ。なんとも極端な理論ではある。
彼女らしいとは思うが。
「で、いつやるんだ?」
何を、と聞かずともわかる。
「今すぐにでも」
ソファから立ち上がろうとする彼女を手で制し、ウィリアムが決断する。
「分かった。何か用意してほしいものがあれば言え」
「では、屋外の広い場所と、ルウェ様の立ち合いを」
思わず責めるようにウィリアムを見たのは仕方のないことだと思う。が、彼女と同じくらい強い瞳で見返されれば、反論など出来るはずもない。彼も何も思わないわけではない。けれど、立場とその責務から、そうせざるをえないことを、誰よりも自分が分かっている。
「分かった、それまでここで休んでいろ。ハーディ」
「はっ」
医師を呼び、彼女の様子を見るよう言いつける。
部屋を出る時、辛そうにソファに背を預ける彼女が一瞬見え、何もできない自分の不甲斐なさに拳を握ることしかできなかった――――。
犯人も分かりやすいです。
ついでに、主人公焦りすぎて意味不明なことを口走ってます(+_+)
傷ついた自分を見せたくないのと、結局また守れなかった自分への自責の念。ついでにもし生きてエリーが戻ってこなかったら、という恐怖から、今この場から逃げたい一心です。この描写が思いついたら付け足したいと思います<m(__)m>




