18
傷だらけの主人公とハーディガン様です。
森から現れたその姿を、目に止めた瞬間体が動いていた。
「ステラ!!」
木を支えに歩いてきたのか、血にまみれた彼女の姿に驚いた。倒れるようにこちらに飛び込んできたその体を、ギリギリで受け止めることが出来たとき、思わずホッと息を吐いてしまった。
「エリーが、エリーが・・・」
「誰か、救護を!」
「ちっ」
遅れてやってきたウィリアムが、彼女の言葉に舌を打つ。
その頬は土に汚れ、擦り傷もできている。大きな傷は右肩と右足。右足には、おそらく矢だろう、刺さったままになっている。そのほかにも、腕や足にかすり傷が無数にある。
すぐに行動に移ったウィリアムの姿に安堵したのか、腕の中の体が一気に重くなる。
「ステラ!!」
気を失った途端、傷口から血が溢れだした。
「ちっ!!」
とりあえず手元にあった布で抑える。救護の者が来るのを待つ間、とにかくこれ以上彼女の体から血が溢れることのないよう必死に。
その左手が、不自然に血に染まっていることに気づいたが、なぜか分からなかった。
こんな体になるまで、彼女は抵抗したのだろう。おそらく、攫われこそすれ、王女様の体にはほとんど傷がないだろうと、なぜか確信が持てた。
「王と王妃は先に王宮に戻した」
「おそらく、狙いは初めからエリー様かと」
「そうだな。あわよくば、という考えすらないな。俺たちに差し向けられたのは、捨て駒だ」
先ほどまであんなに暖かい空気に包まれていた花畑は、今無数の死体と、流された血で汚れていた。
こちらで自分たちの足を止め、本体は王女様の元に向かう。
王女様達につけた護衛の騎士たちが、一人も戻ってきていないのが不自然ではあるが。
彼らとて騎士の一員。十分に訓練を受けた精鋭だ。いくら不意打ちとはいえ、全滅とは考えにくい。なにより、彼女と王女様だけ逃がすなんてありえない。
やっと来た救護の者に彼女を預け、ウィリアムと向かい合う。
「少し、おかしい気がする」
「ああ、俺も」
彼女もただの侍女ではない。魔法士団長が認めるほどの魔法の使い手だ。その彼女があれほどの傷を負うとは。
眉間にしわが寄る。
ちゃんとした設備のないこの場では、簡易的な治療しかできない。消毒と包帯で一時的に傷は覆われ、視界からは見えなくなるが、消えたわけではない。下手をすれば、あとが残るかもしれない。
「右肩と、右のふくらはぎが一番深いですね。矢が貫通しています」
「右肩も?」
「はい。おそらく、右肩は矢を抜いたのでしょう」
「ああ、なんとなくわかった。侍女殿がやりそうなことだ」
物凄く嫌そうに顔をしかめるウィリアム。同じくらい、自分の眉間にもしわが寄っているだろう。それに、救護の者が怯えた様に肩を震わす。
「おい、さっさとこのバカ女連れて帰れ」
「いいのか?」
「どうせここにいても大したことは分からないさ。バカ女にさっさと目を覚ましてもらわなければ、な」
「わかった」
右の肩と、ふくらはぎに触れぬよう注意しながら抱き上げる。傷のせいで熱が出ているのか、その額には汗が浮かび、心なしか体も熱い気がした。
なぜ、彼女をこんな目に合せてしまったのか。
ひどく黒い感情が胸に宿るのを感じた。
あの時、自分かウィリアムが同行すべきだったのだ。そうすれば、彼女がこんな目に遭うこともなかったのに。
自分がいれば、彼女を守ったのに。
「・・・・くそっ」
腕の中で荒くでも息をしてくれればいいのに、こんな状況でも、彼女は控えるように静かな呼吸しかしない。
何に憤ればいいのか、何に憤っているのか、自分の中で感情が暴れる。
揺らさぬよう部下の手を借りて愛馬に跨る。
全力で駆け出したいのに、早く彼女を王宮へ連れていきたいのに、傷を考えて慎重に飛ばす。
「・・・・・くそっ」
何にぶつければいいのか分からぬ怒りを持て余して、王宮へと走るのだった。
怪我人を馬で運ぶことはないと思いますが、馬車より早いと思うので。




