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チート能力があっても、生かせない主人公。
ああ、王族との遠足が、ただで終わるはずもなかった――――。
「エリー、早く平原のほうへ・・・」
「でも、ステラ一人置いていけない!!」
小鳥に誘われ、森の中に入ったのがまずかった。まさか賊がそんな機会をうかがっていたとは。当時の自分の迂闊さに腹が立つ。
けれど、今は過去を後悔している暇はない。
「舞え、氷の花弁よ」
「ステラ?」
エリーと自分のまわりに氷の花弁が浮かんだことを確認し、エリーの手を取り走る。本当はエリー一人の方が早いのだが、どこから賊が来るか分からない。おそらく、平原の騎士たちは国王夫妻を守るために必死だろう。私たちについてきてくれた騎士数人は、今も賊と切りあっている。エリーのために。
「行くわよ」
「うん」
ああ、この時ぐらい自分の足の遅さを呪ったことはない。横から飛んできた矢を、氷の花弁が防いだことで、足を止めざるをえなかった。
「囲め、石の壁よ」
「ステラ!!」
ドーム型にエリーを包む石の壁を作り、エリーの前に立つ。氷より頑丈だし、何よりエリーに血を見せずに済む。
どこからくる?
ある程度の攻撃は、今周りに漂う自動の防御魔法が防ぐ。石の方が完璧だが、視界が遮られるのはまずい。
周囲に目を走らせる私の元に、予想できない攻撃がきた。
「なっ」
正面から来る無数の矢。
それを避けるほどの身体能力がわたしにあるわけもなく、そのすべてを花弁たちが防ぐこともできない。
「うっ!!」
とっさに顔だけ腕でかばう。防がれた矢がはじかれる音、外れて地面に刺さる音と、背後の石の壁にぶつかる音。そして、私の体に刺さる音と、痛みが体中に走る。
右肩と、右のふくらはぎか!!
「覆え、氷の膜よ!!」
とっさに氷の膜を作り、傷を覆う。矢はそのままに。ちょっと端だけ折らせてもらった。長いままだと邪魔だし。
「ステラ!!お願い、出して!!」
「・・・・思い通りにさせないわよ」
矢が来る方向は分かった。ならば、その方向に全力でぶち込むだけ。
「切り裂け、刃の嵐!!吹き飛ばせ、火炎の槍!!噛みくだけ、石の牙!!舞え、氷の花弁!!」
ありったけの魔法をぶち込む。
やったか。
「!!」
そこには、矢を放つために作られた仕掛けが無残に転がるだけだった。
嵌められた!!
と、その瞬間、首に衝撃を受ける。
「なっ!!」
気を失う寸前に見えたのは、騎士の姿をした何者か。
スパイとか、あり得ないでしょ!!
私が意識を失えば、エリーを守るための魔法もその効力を失ってしまう!!
咄嗟に傷の氷の膜を解除し、右肩に刺さっていた矢を引っこ抜く。
「っ!!」
作法のレッスンの時以来だわ、走馬燈が見えそうになったのは。おかげで目が覚めたけど。
再び起き上がろうとした私のお腹を、騎士姿の賊は容赦なく蹴り飛ばす。
「くっ!!」
「ステラ、ステラ!!」
おい、食べたもの出ちゃうじゃない。せっかく、エリーと作ったのに。
再びエリーの元へ向かおうとする賊の足を、なんとか捕まえる。
「捕らえよ、砂の鞭よ・・・」
砂の鞭が、賊の体に巻き付こうと伸びる。
「っあああああ!!」
が、肩の傷を思いっきり踏まれて、声にならない悲鳴が上がる。
ヤバい、目が、意識が。
ついでとばかりにもう一度お腹を蹴られ、私の体は面白いように吹っ飛んだ。その瞬間、私の精神が限界に達したのか、意識を失ってないのに、エリーを守っていた石の壁が、砂になって崩れた。
エリー!!
手を伸ばすが、届くはずもなく、私の姿を見て悲鳴を上げたエリーは、賊の腕の中に囚われる。
「え、エリー・・・・」
それでも伸ばした手に巻かれた包帯が、目に飛び込んできた。
『その手の手当てをしてからだ』
なぜか浮かんだその言葉に、その言葉の主に、涙がこぼれそうになった。
助けて、助けて、エリーを助けて!!
「待って・・・・・」
行ってしまう、エリーが行ってしまう。
動け、動け、動け私の体。
誰か、誰か、誰か!!
縋りつきたい誰かは、現実にはいないのだということを、こんな時に突き付けなくてもいいじゃないか。神様は、私に恨みでもあるのか。
「くっ」
自分の情けなさになのか、痛みになのか、両方かもしれない、ほほを涙が伝う。
肩も足もお腹も、全身が痛い。もう、エリーを捕らえた賊の姿もない。
私は何をしているのだろう?
あの子を守らなくちゃいけないのに、むざむざ連れ去られ。
何が転生チートだ。こんな時に役に立たない身体では、魔力なんて力の持ち腐れだ。あのうさぎさんに、のしをつけてあげなければ、意味がないじゃないか。
違う。まだだ。
「報告を、しなければ・・・・」
騎士の姿の賊がいた。それに、あの矢は、私が魔法を使えることを知ってのことだ。もしかしたら、あの小鳥すら、賊の策のうちかもしれない。
考えれば考えるほど、己の迂闊さに自分を殺したくなる。いや、殺すのはもう少しあとだ。今は、エリーを助け出すことを考えばければ。
「動け、動け私の体!!」
そばにあった木を支えに体を起こす。体重を乗せただけで悲鳴を上げそうになるくらい、右足は今なお血を流し、右肩はその先の感覚がない。
「・・・・覆え、氷の膜、よ」
とりあえず、血はこれ以上流れない。痛みは我慢だ。
幸い、密集した木のおかげで、支えはいっぱいある。平原まで出れば、味方はいる。
動け、一歩ずつでいい。
途中、お腹を蹴られたせいか、こみ上げてくる吐き気に胃の中のものを全部吐き出す。
結ってあった髪は、いつの間にかほどけていた。エリーがきれいだと褒めるから、伸ばした黒髪だ。
もう少し、もう少し。
かすむ視界に、森の終わりが見える。森とは違う明るさに、目が一瞬眩む。
「ステラ!!」
聞こえてきた声に、どれだけ安堵したか、自分でもびっくりするくらい。思わず体から力が抜けるくらい。
地面とご対面する前に、さっと差し出された腕に抱きとめられた。
「エリーが、エリーが・・・」
「誰か、救護を!」
「ちっ」
抱きとめてくれた腕と、駆け寄ってきた足音の主に、必死で紡げたのはそれだけだった。
漂う血の臭いは自分の物か、それとも彼らが切り捨てた賊のものなのか。
分からないまま、私は今度こそ気を失ったのだった――――――。
傷だらけにしたかったのです。




