13
主人公は、魔法チートですが、運動神経がなさすぎて戦闘力は低いです。
「なんで相手があなたなのかしら?」
「それは、俺が慣れてるからさ」
「・・・・・・」
「そんなしかめっ面しても無駄だ。ハーディより、俺の方がうまいんだ」
そう、今目の前には、しかめっ面のエリーと満面の笑みというか、ちょっと意地の悪い笑みを浮かべたウィリアム様が、まるで恋人のような距離で向かい合っている。
「じゃあ、始めるぞ」
その言葉に、エリーが息を飲んだのが分かる。
「まあ、初めはワルツからだな」
「ワルツ・・・・」
エリーの左手をとり、腰に手を回す。いけない、殺気を飛ばしてはいけない。これは練習。あくまでもダンスの練習。
ウィリアム様の声に合わせ、足を動かすエリー。ワルツなので、わりとゆっくりと動いている。
そう、ついにやってくるのだ。何が、と問われれば、王宮と言えばというくらい王道の行事が、である。
それは、舞踏会。武闘会ではない。まあ、ある意味武闘かもしれないけど。
そろそろエリーが王宮に戻って一か月。ある程度作法も身に付き、社交の練習としてお茶会にも出席し始めている。まあ、身内のなので、社交に入れていいのか分からないけど。おかげでなぜか国王夫妻にも名前を覚えられてしまった。
当然、そこがエリーのお披露目の場となる。行方不明だった王女の無事の帰還を祝ってなのだ、主役が出ないわけにいかない。
そこで問題になるのが舞踏である。
下町のお祭りのダンスは踊れても、高貴な方々が舞うダンスは踊れない。
そこで名乗りを上げたのが目の前の男。曰く、ダンスは俺に任せろ。
運動神経のよいエリーのことだ、すぐに身につくだろう。ウィリアム様には悪いが、すぐにお役目ごめんになるだろう。
さて、そうとなれば、私はエリーのためにお茶を準備しよう。いや、水の方がいいかな?適度に火照った体には、熱い紅茶より冷たい水の方が気持ちいいだろう。ついでにレモンの輪切りをいれれば、さわやかなレモンウォーターの出来上がりだ。残念ながら氷が常備できない異世界事情。まあ、常温でも十分おいしくいただけるだろう。
そう思って一度部屋を辞し、再び戻ってきたときには、二人の雰囲気は一変していた。
おい、エリーの笑顔に何見惚れてんだ護衛騎士ども・・・・。
ワルツからもう少しアップテンポなものにレベルアップしていたエリー。もう音楽にも合わせられるらしい。楽師がピアノで伴奏しながら、それに合わせてくるくるとエリーが回る。その表情は、さっきまでのしかめっ面から笑顔に変わっていた。
それをまた笑顔でみつめるウィリアム様。ついでに楽師も。おい、伴奏間違えるな、今ミスタッチしたでしょ。
「・・・・・・」
わきのテーブルに水を載せ、エリーの様子を見守る。
体を動かすのが好きなエリーだ。きっとダンスに夢中になるとは思っていたけれど。
知らず、私も笑顔になっていた。
数分後に、それが崩れることになるとは・・・・・。
「エリー・・・・・」
「どうして!!ステラも一緒じゃないの!!」
私の服を掴み、さっきまでの笑顔はどこへやら、ちょっと怒ったような顔をするエリー。
事の発端はつい先ほど。
『じゃあ、今度はステラの番ね』
『はっ?』
『だって、ステラも踊れないと、素敵な殿方に誘われたりして!!』
私が認めた人しかダメだけど、そう言うエリーの言葉を、噛みしめるのに数秒有したのは仕方がないと思う。
「エリー、私はあなたの侍女よ。侍女が舞踏会に出るなんて・・・」
それこそ武闘しに来たご令嬢たちにボコボコにされる。
「そんな!!私一人なんて・・・・」
心細いのは分かる。けれど、ここで頷くこともできない。こっそり給仕役に組み込んでもらおうとは思っていたが、そろそろお互い離れるべきだと思うのだ。
「わがまま言うな。その侍女の言う通りだ」
珍しい、私の意見に賛同するなんて。明日は槍が降るだろう。
「・・・・・・・」
「エリー、大丈夫。大丈夫よ、今のあなたなら」
ぐっと服の裾を握りしめるエリーごと抱きしめる。そんな様子を、茶化すことなく見つめるウィリアム様。
エリーの手が、服から離れゆっくりと私の背に回る。よし、もう大丈夫だ。
「じゃあ、今日は付き合って!!」
「はっ?」
「ステラも踊るの!!」
ナニイッテルンデスカ。
思わず片言になる。
ええ、実はわたくし、運動神経を母のお腹に忘れてきたんです。はい。あなた、それを知らないわけじゃないでしょう?
「かけっことは違うし、きっと大丈夫よ!!」
イエ、ゼンゼンダイジョウブジャアリマセンヨ。
きっと、私の顔は引きつっていただろう。
「おい、俺は相手しないぞ」
私も同感です。あなたと見つめあったら石化させる呪いが発動しそうだ。それに、この人に無様な姿を見せたくない。
「誰があなたに頼むもんですか!!」
そうなると、相手がいませんけど?
「ハーディガン様を呼んでください」
「エリー!!」
「今日は王子の護衛に外に出ている」
よし、これで踊りは回避だ。
心の中でガッツポーズをした次の日、なぜか予定を調整して時間を作っていたエリーに、一緒にダンスという任務を遂行させられ、ハーディガン様の足を踏みまくったのは、いい思い出にはならなかった。
鬼ごっこはやりません。かくれんぼで鬼は得意。
なので、子どもと遊ぶ時はかくれんぼしかしない主人公です。




