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主人公、情緒不安定気味です。
明日は久しぶりの休み。
もちろん、エリーもお休み。ということは、
「孤児院に帰りたい!!」
言うと思いました。
「それは、難しいんじゃないかしら?」
「うん、分かってる」
エリーも馬鹿ではない。分かっていても、言いたいのだ。
寂しそうに笑うエリーを、私は抱きしめることしかできない。
「でも、城下町に遊びに行くのはいいでしょ?」
縋るように見つめられれば、
「・・・・ウィリアム様が許したらね」
折れるしかないのだ。
「駄目です」
「どうして!!孤児院には寄らないわ!!城下町を歩くだけよ!!」
「命を狙われている自覚はおありですか?」
「分かってるわ!!でも・・・」
息が詰まるの・・・・、その言葉は、エリーの口の中に吸い込まれ、発せられることはなかった。
正直、エリーはよくやっているのだ。弱音も言わず、笑顔でいつもいる。
「・・・・護衛をつけていただけないでしょうか?」
「何?」
エリーに向けるのとは違う、鋭い視線が私を射抜く。
「護衛騎士と、私が付き添います」
「駄目だ。万が一ということもある」
「少しの時間で構いません。午前中のまだ人通りが少ない時間帯に、お昼までに戻ります」
「・・・・・」
「・・・・・」
にらみ合うこと数秒。
折れたのは、ウィリアム様だった。
「・・・・わかった」
「本当!!」
「ただし、俺とハーディとそこの侍女が付いていくことが条件だ」
ん?猫が逃げてない?
「ステラはもちろん一緒に行くのよ!!誰があなたなんか・・・」
「いいのか?護衛がいなきゃ、城下町には行けないぞ?」
「あ、あなた以外の騎士様に・・」
「俺がエリー様の護衛騎士であり、近衛騎士団の団長だ」
俺様、何様、騎士団長様。人事権を握っているのは彼だ。あきらめた方がいいよ、エリー。
こうして、休みの日の息抜きが決まったのだった。
「わぁ、久しぶり!!」
「そうね・・・・」
次の日の朝、私たちは城下町にいた。
久しぶりに町娘の恰好をした私たちに、騎士服ではない騎士二人。
ラフな格好をしていても、醸し出される貴族臭がテンプレだろうに、二人はなんとなく馴染んでいるように見えた。結構お忍びで出かけたりするのかな?
いつもは結っている髪をおろし、左右の耳の上の髪を編み込む。それを後ろで一つにまとめ、上品なハーフアップスタイルの私。エリーは、左上から編み込んで右の耳下までつづけ、そこからさきは三つ編みにする。それを軽くほぐして毛先をリボンでまとめれば、貴族スタイルとは違う髪型に変身だ。昔よく着た生成りのブラウスに、足首までのスカート。編み上げブーツ。ちょっと前までは当たり前に着ていたのに、ひどく昔のことに感じるのは何故だろうか?
私の左手を、エリーが右手で握る。私の右隣にハーディガン様。エリーの左隣にウィリアム様。4人で並んで歩く姿は、果たしてどのように他の人の目にうつるのか?
「おや、エリーちゃんにステラちゃん。どうしたんだい?いい男を二人もつれて?もしかして彼氏かい?」
「まさか!!おばさん、冗談でも言っていいことと悪いことがあるわ!!」
笑顔なのに心底嫌そうなのは気のせい?というか、笑顔が引きつりそうよ、エリー。
「私の彼氏だなんて思われたら、彼に申し訳ないわ」
ふふふっ、と無難に笑っておく。
「そうだ、今日のおススメは何?」
「今日はねぇ、リンゴが安いよ」
「じゃあ、2・・・・4つちょうだい!!」
「はいよ」
「ありがとう!!」
おばさんからリンゴを4つ受け取り、2つを私に、1つを微妙に躊躇いながら自分の左隣の人物へ。
「王女様自らわたくしに贈り物をくださるなど・・・・」
「じゃあ、あげない!!」
「冗談だ」
なんだろう、二人の雰囲気が、やっぱり変わった気がする。
けれど、それを理解するのもなんだか嫌な気がして、私は自分の右隣にたつハーディガン様に手の物を差し出す。
「お口に合うかどうかわかりませんが・・・」
「いや、いただこう・・・」
そういってリンゴを受け取り、ガブリと齧り付く姿にホッとする。
上品なお貴族様が立ち食いなんて、そう思ったが杞憂に終わったらしい。見れば、ウィリアム様も豪快に齧り付いていた。
と、いつもの調子に戻ったのか、エリーはあっちにふらふら、こっちにふらふら、時に躓き、道連れになりそうのところをハーディガン様に支えられ、エリーはウィリアム様に助けられては何か言っていた。
それにしても、今日は天気がいい。日差しも強くなりそうだ。午前中の外出にして正解だったかも。熱中症も日射病も、馬鹿にはできないから。
と、古い本の並んだ露店を見つけ、つっと視線をそちらに向けてしまった。
「本、がお好きなのか?」
「えっ!!」
ハーディガン様に問われ、思わず口ごもってしまった。
そう、私は本の虫なのだ。孤児院では、お小遣いを貯めてはいろいろな本を買いあさっていた。今でも、私の部屋には本がたくさん残っているだろう。
その時、私は本当に一瞬他に気を向けてしまった。
「・・・・・エリー?」
助けを求めるように振り返って、自分の左手にあるはずのぬくもりがないことに気づく。
「・・・・エリー?」
周囲を見回しても、見慣れたはずの金髪が見えない。
このとき、もう一人の金髪も見えなかったのだが、そのことに気が付かないほど、私は動揺していた。
どこ?どこ?どこ?
「ステラ?」
ハーディガン様の声も聞こえない。
どうしよう、エリーは命を狙われているのに!!
ああ、一瞬でも目を離した私が馬鹿だった。
「エリー、どこ?」
思った以上に弱弱しい自分の声に、ハッとする。
「ステラ?」
「ああ、ハーディガン様。エリーが、エリーが・・・」
思わずしがみついた私に、驚いたようにハーディガン様の目が見開かれる。
「落ち着け。大丈夫だ・・・」
「大丈夫じゃないわ!!エリーが、エリーが・・・」
どうしてこんな時に落ち着いてられるのか。違う、こういう時こそ落ち着かなければいけないのよ。落ち着け、私。
そう言い聞かせれば言い聞かせるほど、言いようのない不安が私を押しつぶす。
目を離しちゃダメ。目を離したら、取り返しのつかないことになる。だって、あの時も・・・・
「ステラ!!見て見て!!」
「エリー!!」
その時、聞こえた声が、私を覆い尽くそうとしていた闇を一瞬で追い払った。
振り返れば、そこには何かの入った紙袋を持つエリーと、ウィリアム様の姿が。
ああ、よかった。
「エリー・・・」
「えっ、どうしたの?」
思わず抱き着いた私を、エリーが驚いたように、けれど抱きしめ返したくれた。
依存しているのはどっちだろう。
エリーの肩に顔をうずめながら、私は自嘲した。
ホント、いやになるくらい、私は変わってない。生まれ変わったのに、ね。
「・・・・ダメなお姉ちゃんで、ごめんね」
「えっ、何?なんて言ったの?」
「ううん、勝手にいなくなって心配したって言ったのよ」
そのあとは、何事もなかったように、二人でいろいろなところを回った。
懐かしくて、でももう戻れない場所を懐かしむように、目に焼き付けるように必死できょろきょろ目を動かすエリーが健気で、私も一緒にたくさん歩いた。
次の日に二人で筋肉痛になったのは、まあいい思い出になったかな。
ハーディさんの活躍の場を作りたいです。




