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無言になった部屋に、ひどく大きく時計の秒針が動く音が響く。こんなに秒針はうるさかっただろうかと紗愛は思った。
日は高く昇り切り、少しずつ傾き始める。窓辺に下げた風鈴がない風に吹かれ、ごく小さく高い澄んだ音を鳴らした。
「……京君は、生きていたいと思わないの? 京君の言う汚い世界でも、生きていけない?」
京は答えない。京が答えることを期待していないのか、紗愛は言葉を続けた。その言葉を届けたいのか、紗愛にも判らない。紗愛はただ、自分の内側からせりあがってくる想いを、言葉にするだけだ。
「あたしも、よく色々考えて出ない答えは一杯あるけど、それでもいつか見つかると思うよ。この世界に永遠はないから」
紗愛が庭に咲く花へ目を向けた。この家の以前の主が大切に育てていた花だ。今は紗愛がその世話を引き継いでいる。初夏に咲き始めたその花は、今となっては時期を過ぎて花弁を幾つか落としていた。
「命も、時代も、何もかもが永遠なものはなくて未来へ未来へと進んでいく。だからきっと、永遠の謎もない筈だよ」
京は紗愛に背を向けた。紗愛は花を見つめたまま喋り続ける。
「京君には見つけられなくても、きっと誰かが見つけてくれる。あたしが探せなくても、きっと誰かが探してくれる。今の時代じゃ無理でも、生まれ変わったあたし達がその答えを手にするかもしれない」
そっと、紗愛は瞳を閉じる。暗闇の中にも、光は射す。闇の中に太陽ができたように。光は必ず生まれる。だから。
「今は汚い世界も、この先変化するよ。永遠じゃないから。この汚さは、永遠には続かない」
「……そんなの、綺麗事だよ。嘘や偽りと何も変わらない。綺麗事は、欲しくない」
背を向けたまま京が言う。紗愛は、でも、と目を開けた。京が見ていないと知りながらも京を向いて微笑を浮かべる。
「現実だけじゃ、つらいでしょう?」
京は怒りに任せて立ち上がり、襖をぴしゃりと閉めて京に与えられた部屋に閉じこもった。
目の前で閉められた襖に紗愛は深い息をつく。
京は両手で閉めた襖にもたれかかり、両手で自分の顔を覆った。
現実だけじゃ、つらいでしょう?
それはつまり、紗愛もこの世界には穢れしかないと知っていて、認めていることだと、京は気づいたから。