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 少年の言葉は率直だった。紗愛はこれにも答えられない。そんな紗愛の様子を見て少年は息をつく。それは、溜息だった。


「――生きる意味なんて誰も知らない。死ぬ理由は沢山あるのに」


「生きる意味が欲しいの?」


 紗愛の疑問に少年は驚いたように紗愛を見た。初めてやっと見せた感情らしい感情に、紗愛は彼が人間であることを確かめる。

 少年はぶんぶんと頭を振った。


「そ、そんなんじゃないよ。そんなんじゃ……」


 目を伏せる少年の表情は何所か悲しく、何所か大人びて紗愛には見えた。


「ねぇ、きみ、名前は? 何処から来たの? 何年生?」


 少年が人らしい反応を返したことに安心した紗愛は質問を浴びせた。少年が眉根を寄せて露骨に迷惑そうな表情を浮かべたため、紗愛は、あ、と言ってしまったという顔をした。


「ごめんごめん。人に質問するときは自分から、だよね」


 少年の、そういうことじゃない、という言葉は無視に近いほど聞こえなかった紗愛はえへんと咳払いをする。その紗愛を無表情に戻って見つめる少年はそれ以上の反応を見せなかった。


「あたしは倉林紗愛。この浜の近くに家があるんだ。訳あって今はひとりで住んでるの。えっと、あたしは今高校生だよ」


 きみは? と尋ねる紗愛のキラキラした目に負けたか、少年は仕方がなさそうに口を開く。


 「……京。中学生」


「うっそー! 高校生くらいだと思ってた! 大人っぽいねー!」


 純粋に驚いた表情を浮かべる紗愛に、京は困ったように視線を彷徨わせる。まだまだ子どもな反応に、紗愛は表情を緩めて京を見つめた。


「ねぇ、どうして死にたいなんて思ったの? 京君はまだ中学生なんだから、将来はこれからだよ」


 京の表情が消えた。大人になんてなりたくない、とその唇が言う。波が寄せる音と風の音に阻まれてほとんど消えそうな声だった。


「大人の世界は汚い。そんな世界には入りたくないよ」


 京の本音がちらりと見えて、紗愛は悲しそうに微笑んだ。海風が紗愛の潮で茶色くなった髪の毛を弄ぶ。

 紗愛は静かに言葉を紡いだ。


「だから、死んじゃうの?」


「……そうだよ。僕は大人にはなりたくない。でも、もう子どもじゃない。中途半端な場所にいる」


 京の伏せられた瞳から光が消える。冷たい輝きさえも鳴りを潜め、昏い瞳が京の抱えきれない想いを映した。


「子どもの頃は良かった。何も知らなくて、ただ夢ばかり見てれば良かったのに……今はどうして」


 京はまた崖に躰を向けた。慌てて紗愛が京を抱きしめるようにして止める。京は頽れるように膝をついた。


 まだ充分子どもなのに、と紗愛は胸の内で呟くが京の姿を見てそう伝える気にはなれなかった。京は確かに大人になろうとしている。だからこんなに、苦しんでいるのだろう。


 大人になりたくないと藻掻く時、人は既に子どもを卒業している。子どもであったことを、知っているからだ。子どもだった自分を少し離れた場所から見ることができることは、もう、子どもではないことの証明になる。

 だがまだ大人になりきってもいない。京は知っているのだ。だから、中途半端な場所と表現した。


 だがだからと言ってみすみす京を崖の上から跳ばせて良いわけはない。紗愛は項垂れる京に、そっと言った。


「どうしてもきみは、死ねないよ。あたしが絶対、止めるから。だから、もう諦めて此処から離れよう?」



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