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紗愛の家の前では背広姿の男が、二人が帰ってくるのを待っていた。訝しむ紗愛と京に男は黒い手帳を見せた。ドラマでしか見たことがない、警察手帳とやらだった。
紗愛は京の顔を見る。京はショックと怯えに似た表情を浮かべていた。
指切りをした後そのまま手を繋いでいた二人はもう一度、お互いの手を握り直した。
「冬橋京君、だね?」
やる気のなさそうな表情の男が京を見て尋ねる。京は微かに頷き、掠れる声で肯定を返した。
「ご両親から捜索願いが出てる。倉林は向こうで話を聞かせてもらう」
やる気のなさそうな顔をした刑事の男が顎をしゃくった方には警官が立っていた。簡単な話を聞くだけだ、と男は言うが、未成年に話を聞くということはないだろう。親も呼ばれることになる。
たかだか一日二日姿が見えなかっただけで、警察がこんなに動くだろうか。紗愛は納得できなくて刑事の男に食って掛かった。
「ちょっと待ってください、ちゃんとどういうことか説明してください!」
「紗愛」
京が小さく静止の声をかける。刑事の男は面倒臭そうに紗愛を見、京をちらと見やった。
「どんな理由があるにせよ、あんたがこの少年を軟禁状態にしていた状況に違いはないだろ」
「な、んですかそれ!」
一体何がどうしてそうなるのか紗愛には理解できない。大人はいつも、子どもには解らない理由を大人に都合が良くなるように持ってくる。
京は小さく震えていたが、それに気づく者はひとりもいなかった。
「良いから、あっちだ」
刑事の男が部下だろう人物に合図をすると、制服を着た警官が紗愛を連れて行こうと腕を掴んだ。紗愛はやめて! と大声を出し、離れようと藻掻いた。
「やめてください! やだ!」
だが大人の力に紗愛の力が敵う筈もなく、紗愛は引きずられるようにしてその場を離れた。紗愛が掴まれていない方の手で京に手を伸ばす。
「京君っ!」
紗愛の声に弾かれたようにして京がハッとする。
「紗愛……っ」
京も手を伸ばすが紗愛の手に触れるには遠かった。もう二度と触れられないかもしれない。
京の頬が何かを決意したようにぴくりと引き攣るのを、紗愛は見た。
「……待って! 待ってください! 彼女は悪くない! 僕が脅したんです!」
ぴた、と空気が止まる。全ての視線が京に集まった。
紗愛の目が見開かれる。京は何を言おうとしているのだろう。それは、嘘であってと願う言葉の序章。
「どういうことだ?」
刑事の男に尋ねられ、紗愛は首を振る。声が、緊張で出ない。京が何を言おうとしているのかも、判らない。
「僕は……僕は逃げてたんです。警察から、必死で逃げて此処へ来た。初めは死のうと思った。でも其処に彼女が現れて僕を死なせなかったんです」
刑事の男は眉根を寄せた。それから肩凝りを解すかのように首を回すと、京を真っ直ぐに見つめる。
「何故逃げる必要がある」
それはとても中学生相手に話す態度ではなかった。紗愛はこの刑事の男が何かを知っていて、それを引き出そうとしているのだと直感した。
「生きたかったから。捕まったら終わり。どうせ終わるなら、僕のことを誰も知らない場所で、死にたかった。
でも、彼女を見た時、僕はまだ生きられる可能性を知って、彼女を脅して、ずっと此処にいました」
事実ではない。京は、何を言っているのだ。紗愛は想いを言葉にできず、ただ否定するようにかぶりを振ることしかできない。
「僕が生きていたかった理由は、逃げていた理由は、過ちを犯したから」
刑事の男が目を細めた。
「過ち?」
刑事の男が誘導していることに気付きながら、そう、と京は頷いた。
紗愛は京が何を言うつもりなのか、皆目見当がつかない。
「誰も見てくれない僕に気付いて欲しくて、僕を見て欲しくて、僕は、僕は……小学生を、殺した」
その言葉に紗愛の体に戦慄が走った。こんな中学生が使う言葉ではない。まして、小学生を、殺しただなど。
「僕は、意味がないから。僕の、存在を認めて欲しいから。
意味なんて、ありません」
紗愛の耳に、昨日京が言った言葉が蘇って響いた。
――意味も、目的もない。でも、こんな汚い世界で育って汚い大人になるよりは、殺された方が救いになる時もあるよ。
あのテレビで報道されていた事件は、京が犯したものだったというのか。
紗愛は立っていられなくなってズルズルと頽れた。警察は紗愛を支えない。だが呆けているのではない、最初から京がそうである可能性を考えていたかのように、油断なく様子を伺っている。
警察が紗愛を連れていこうとしたのは、殺人犯である京から遠ざけるため。強引な手段に出たのは、紗愛と京が手を繋いでいたからだろう。京が紗愛に心を許したことを見抜いて、京が自白するように仕向けたのだ。
だがそれが警察なりの優しさであることも、紗愛は解るようになってしまった。少年を守る必要がある。少年が自分から罪を認めるのならば、更生の余地があると判断される可能性はなくはないのだろう。
「あの子は僕自身だった。昔の、僕自身。だから僕の目に留まって、汚い世界を知る前に、死なせたんです」
「嘘、そんなの嘘だよ、京君!」
やっと絞り出すようにして出た紗愛の叫び声に見向きもせず、京は初めて会った時のような表情のなさと氷の声で、紗愛の否定を否定した。
「本当だよ。偽りだと思うなら僕の指紋を採れば良い。それで凶器のナイフの指紋と照合してみれば良い。
真実だから」




