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「あたしもね、自殺しようとしたことがあるんだ」


 あの後、帰ろう、と言った紗愛の言葉に京は従い、二人で浜辺を家路を辿っていた。砂に足が埋まる感触を確かめて歩きながら、紗愛が何でもないことのように言う。隣で、えっと京が驚いた声をあげた。


「心を病んで、此処に来たの。あたしのお母さんが連れてきてくれた。あのおうちはね、お祖母ちゃんが住んでたんだ。もう死んでしまったけど、あたしにはこの環境が合ってるから、そのままあの家に住んでるの」


 さくりさくりと砂を踏みながら紗愛が語る。京は黙って紗愛の言葉に耳を傾けた。


「此処に来る前は、でっかい街に住んでて、毎日今の現代っ子の生活をしてたんだよ」


 白い砂浜に、二人分の足跡が点々と続く。


「毎日学校行って、毎日友達とクダラナイこと喋って、夜遅くまで街で遊んで、あるのかどうかさえ、意味さえ解らなくなった家に帰って、そして朝、また友達に会うために学校に行く」


 紗愛は視線を遠くに向け、何処かを見つめた。それは京も見ていた過去の時間だったかもしれない。


「京君が嫌う汚い世界で、あたしは汚い大人になろうとしてた。

 でも、あたしは心を病んだ」


 紗愛は立ち止まり、足元の砂を片手で掬って指の間からさらさらと零した。熱された砂はだが、今の紗愛にはその熱を伝えない。


「まだ中学生だったあたしの目には、毎日のようにR指定物が目に入っていたから」


 さらさらと砂は零れる。


「京君がこの世界を汚いって言ったように、あたしもそんな風に思った。毎日のように起きる盗み、恐喝、殺し……。何処の国でも争いは続いて、絶えない」


 さらさら、さらさら。


「何処の国も平和を望んでると主張しながら、実際に起きてるのは恐怖。それを報道機関は躊躇なく報道して、あたしの心にずかずか入り込んできた。それに関心を見せないこの国も、それをおかしいと思わないのが普通なこの国も、全部があたしの心を壊していったの。

 R指定物ばかりでね」


 さらさら、さらさらさら。


「でもそれもそのうち慣れちゃった。これが現実、これが日常。もう夢は見ていられない。もう、何所へも行けない。この世界で、ただ果てるだけ。

 R指定に汚染されたあたしは、手首(つばさ)()った――」


 さらさら、さらさら。


「向かい風ばかりの世界で、片翼になったあたしは迷子だった。大人でもない、子どもでもない半端な場所で道に迷った。それでも歩いて行けると、周りの人は言った」


 さらさら、さらさ……。


「待ってるって、言ってくれた。足があれば歩いて行けると。だから、思う存分迷って来れば良い。飽きたら大人の世界へ歩いておいでと」


 紗愛は立ち上がり、砂っぽくなった手を叩いて払うとまた歩き出す。


「この世界に永遠はないから、あたしはまだ歩ける。片翼でも、いつか飛べるようになる。

 ねえ、京君」


 京は紗愛へ目を向ける。京の視線の先で紗愛がキラキラと輝いていた。


「京君、あたしは永遠はないと思うけど、京君は永遠を信じる?」


「……うん」


 紗愛は立ち止まる。京も足を止めた。


「ねえ、変わらないものがあるなら教えて。この目に見せて」


 紗愛の言葉に、京は笑った。紗愛の言葉と、纏う雰囲気にすっかり毒気を抜かれてしまったことに気付いたからだ。


「いいよ」


「約束ね」


 京は紗愛が差し出した右手の小指に、自分の小指を絡ませ|約束(指切り)をした。



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