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「理由なんてない。でも、一度休んだらその後ずっと休み続けてる。もう連絡も来ない。義務教育だから黙ってても学年は上がるんだ。だから誰も気にしない」
京は唇に微かな笑みを浮かべて自暴自棄に喋った。
「みんな訊いてきた。何故休んだの? どうして来ないの? 何か悩んでる?
理由なんて解んないよ。僕だって客観的に訊けたらどんなにか楽だろうね? みんなは仮令僕に理由があったとしても『へえ、そうなのか。大変だろうけど頑張ってね』しか言わないのに」
京が段々と不気味な笑顔を浮かべる。狂ってしまったのではないかと紗愛が心配になるような笑顔だった。
「『頑張れ頑張れ』って、何を頑張るの? 〝頑張れ〟って言われる度に螺子を巻かれている気分だ。これ以上巻かれたら螺子が切れちゃうのに、痛くて叫んでるのに、それでも誰も止めようとしない」
京の目は此処ではない何処かを見ていた。それは恐らく、過去。京が体験してきた京の中に流れる時間。
「みんな何かの呪文みたいに呟くんだよ。〝頑張れ〟って。そうすれば全部解決するみたいに」
京は膝に益々顔を埋めた。そうして吐き出す言葉を、それでも尚、自分が抱えようとするように。落とさないように。
「ずっと、ずっと頑張れって言われ続けてきた。負けるな、乗り越えろ、頑張れって。頑張った先には何があるの? 汚い世界で頑張って、生きて、死を迎える時、何が得られてるの?」
誰も教えられる答えはない筈だ。それでも人は言い続ける。頑張れ、頑張って生きろ。
京は顔を見上げると紗愛を見た。しかしそれは紗愛を通り抜けているような視線だ。紗愛を通して京は、誰を見ているのだろう。
「広い世界で、そんなちっぽけで、きみは何を手に入れたと言うの? 僕は何を手に入れられるの?」
紗愛は答えない。言葉が出ない。
「何も、ないんだよ。今の僕と同じ。どうせ何もないなら、二度と覚めない夢を見続けよう?
誰だって、そう思うよ」
広がるのは、ただ暗闇だけ。両手に抱くのは虚無だけ。何を手に入れてきただろう? この両手には何もないのに、何を手にしたと言えるのだろう? 何かを手にしても、倍に何かが捨てられている。
何かを捨てなければ何も得ることはできないのに、何を得たと言うのだろう。ずっと与えられてきたのは、痛みと、気の遠くなるような時間と、絶望だけ。
この空っぽの体に何が満たされると思っているのだろう。
そんなことは、有り得ない。
「京君は……みんなの心を無下にしたんだね。だから、連絡も来なくなっちゃったんだよ」
紗愛の言葉に、京がキッと睨むような視線を向けた。その敵意のこもった眼差しに紗愛は少し臆する。
「心配してる相手から返事も反応もなかったら誰も連絡なんてしないよ。また無視されるだけだと思うから。
つらいのは、京君だけじゃないんだよ」
京は紗愛の言葉を聞いてとても傷ついたような表情を浮かべた。紗愛は京のその表情に胸が痛む。京にしてみれば、自分を受け入れてくれるような優しい言葉をくれた人が突き放したように感じただろう。
優しさは、全てを受け入れることだけではない。だが今の京に、それが伝わるかは紗愛には判らない。
ピシッと自分の心に罅が入る音が京の耳に響いた。このまま、壊れてしまうのだろうか。もう二度と、誰にも受け入れてもらうことなく。
「……そんなの、解ってるよ。僕がただ甘えてることくらい、ただ逃げてることくらい。
それでも……自分で自分を可哀想だと思ってあげなきゃ苦しいんだよ! 誰も僕が欲しい言葉をくれないなら、僕が僕にあげるしかないじゃないか!」
京は目を伏せた。自分の心が氷のように脆く、割れようとしているのが判る。ピシピシと心が壊れ行く高い音を響かせながら、今か今かと待ち構えている。
「紗愛にはこの気持ち、解んないよ……」




