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波が寄せては返していく。太古の昔から続くその運動は、いつか止まる時がくるのだろうか。巻かれた螺子は未だ休むことを知らずにいる。
夜明けの浜辺に漂うひんやりとした冷気が心地良い。
秋分を迎え、幾分か冷えるようになったが、まだまだ日中は暑かった。
白い砂浜に足跡を残しながら紗愛は歩く。人気のない浜を朝に散歩するのが紗愛の日課だった。
体が、眠りから覚めていく。紗愛は浜に突き出している崖の下まで歩き、戻ろうとUターンしかけ、崖の上に立つ少年に目を留めてぎくりとした。
朝靄の中、吹き付ける風に髪を遊ばせながら崖ギリギリに立つその少年は、細い体躯も相俟って、今すぐにでも消えてしまいそうなほど儚かった。
思わず足が動く。気が付けば紗愛は走っていた。
紗愛が崖に辿り着いた時、少年の体が浮くのが見えた。羽根があるように少年の足は地を離れた。
「駄目……っ」
必死に手を伸ばし、紗愛は少年の手首を掴んだ。少年は驚いた様子も見せず、紗愛を見ることもなく、重力に従って崖の下で宙ぶらりん状態になったまま動かない。
「も、少し……手、握っててよ」
紗愛は自分自身が引っ張られそうになりながら少年を引き上げる。少年は触れる紗愛の手を掴むこともなく、自ら上がってくることもなかった。
気絶しているわけではない。震えているわけでもない。まだ何が起こったのか理解できていないのかもしれない。
自ら地面と離れたように見えたことは考えないようにして、紗愛は少年を引き上げることに集中する。
気絶していないのは助かる。この状態で脱力されたら紗愛だけでは助けられず、折角掴んだ手を放して少年を見殺しにするか、紗愛もろとも落ちていく未来しかなかっただろう。
「ふ……っ、う……!」
紗愛は少年を崖から引き上げた。ぜえぜえと荒い息をする紗愛を少年は無表情に、無感動に、ただ見る。
「もう大丈夫だよ。良かったね、ホントに」
微笑んだ紗愛を、氷の言葉が貫いた。
「……何で助けるの?」
えっ、と紗愛は尋ね返す。
「僕を助けてどうするのさ」
微笑みが強張る。唇が引きつる。紗愛の瞳に映ったのは、命を取り留めながら、それを迷惑だと思う少年の姿だった。
「どうするって……」
紗愛は返事に詰まる。紗愛にとって人を助けるのは当然のことで理由なんてなかった。考える暇もなかった。そんなことを考えていたらこの少年は今、そんなことさえ口にできていない筈だ。
「……僕は死にたかった。それを止める権利なんて誰にもない」
昏い少年の瞳は絶望か、それでも冷たく輝いていた。
「そんな」
紗愛は絶句した。今まで〝死にたかった〟なんて言われたことはなかった。故に紗愛には少年にかける言葉が見つからない。
「どうして死にたいなんて思うの?」
「……それじゃあ、どうして君は生きてるの?」