2人の日常
エピローグです
莉奈の家に隣接する道場からは朝にもかかわらず大きな音が聞こえてくる。
「うりゃぁ」
莉奈の叫び声と祐介が壁に叩きつけられる音が同時に道場内に響き渡った。
莉奈が立っている位置から壁まで2mぐらい離れているが、彼女はその距離をものともせず祐介を投げたことになる。
魔法で莉奈は自分の体を強化しているとは言え、ここまで飛ばされると祐介は思わなかった。
「莉奈、もうちょっと手加減できない?」
「何言ってるのよ。この前あんなにボロボロに負けておいて」
あの不良との喧嘩から2週間が経過した。
その間祐介は学校から1週間の自宅謹慎を言い渡され、その間莉奈の道場に行く以外は自宅でおとなしく過ごしていた。
あの事件は結局最初に殴りかかった祐介だけが処分されたので、そのことに怒った莉奈や恵梨香が先生達に猛抗議しにいくのを則之達が必死に止めた話を謹慎明けに吹雪達から聞かされている。
それに対して祐介は2人に謝罪をした。
それからは毎朝莉奈と一緒にトレーニングをしている。
朝の練習メニューはランニング6kmに筋力トレーニング、最後に組み手というメニューである。
やり始めた最初の1週間はランニング開始1kmで走れなくなることもあったが現在はこの距離を走るのにも慣れた。
ただ、今でも毎日のように練習の途中に吐いてしまう。
それぐらい莉奈が課したトレーニングは祐介にとってハードなものだった。
「今度はあんなことがないように徹底的にやるんだから。ほらもう1本かかってきなさい」
祐介はため息をつくと莉奈に再び襲い掛かり、再び壁へと投げ飛ばされた。
こうして祐介の生傷は日に日に増えていくこととなる。
朝のトレーニング後、祐介は一旦家に戻り学校へと向かう。
現在神山家の玄関にはせかすように待つ莉奈の姿が垣間見える。
「祐介、早くしないと遅刻するよ」
「もう少しだけ待って」
祐介は慌てて鞄の中に2人分の弁当箱を入れると、すぐさま玄関へと向かった。
そして莉奈と合流すると慌てて玄関を飛びだし、2人で学校へと走る。
「もう、殆ど時間がないじゃない。祐介が朝のランニングでとろとろと走ってるから」
「いきなり運動もろくにしていない人を6km走らせるなんておかしいよ。完走しただけでもほめるべきでしょ」
「うるさい。男ならあれぐらい30分で完走しなさい」
「横暴だ」
そんな会話をしつついつもと同じ予鈴ギリギリのタイミングで教室の中に滑り込んだ。
「また夫婦揃ってのご出勤ですか。もうすぐ夏になるんですからあまり暑くなるようなことはしないで下さい」
2人の席で待ち構えていた則之に祐介は突っ込みを入れる元気はない。
莉奈が何やら反論をしているが祐介はかまわず机に突っ伏していた。
そうでもしないと吐いてしまいそうになるからだ。
「大丈夫か?」
「吹雪か‥‥俺は大丈夫じゃない」
祐介の様子を見に来たのは吹雪である。
吹雪は祐介の様子を心配そうに見つめている。
「莉奈から朝練習のメニューをこの前聞いたが、中々ハードだな」
「あぁ、それに放課後は魔法を使った実践練習だぞ。俺の体が持たないよ」
祐介の放課後の特訓は魔法を使用しての実践組み手である。
魔法の使用は莉奈に一日の長があるためここでも祐介はボコボコにやられている。
何がきついかというと莉奈の機嫌によってはこの魔法使用可の組み手で痛い目を見る。
機嫌の悪い日は床にはいつくばったまま気絶するまで攻撃をされるので油断ができない。
「まぁ、お前が選んだ道なんだからしょうがない」
「俺こんな険しい道を選んだ覚えはないよ」
「さすがへたれな祐介さん。捨てセリフもへたれそのものですね」
嘲笑交じりの聞き覚えがある声。
弱っている祐介の横に現れたのは女神である。
彼女はどこか下げずんだ目で祐介を挑発するように見下ろしていた。
「このくそやろう」
「この神のごとき美貌をもつ超絶美少女の女神ちゃん相手に喧嘩を売るなんて祐介さんも偉くなりましたね」
鼻高々に話す女神を殴りたい衝動に駆られるが、祐介は動くと吐きそうになるので動けない。
「クスクス、今の祐介さんの姿を見たら莉奈さんもきっと幻滅しますね。無様な祐介さんを見るのはいつ見ても楽しいです」
「てめぇ」
「私は幻滅しないよ」
祐介が女神の後ろの方を見やると莉奈がこちらを向いていた。
女神を見つめる莉奈の目は真剣そのものである。
「がんばっている人のことを幻滅するはずないじゃん。女神ちゃんでも祐介のがんばりを悪く言うのは許さないよ」
「いや、これは言葉のあやというもので‥‥」
莉奈の言葉に女神は慌てふためいていて、祐介にしてみればいい気味である。
多分女神も悪気があって言ったわけではなく、ただ祐介をコケにしたくて言った言葉だと思うので祐介はそれほど気にしていない。
「ただ、あまりにも祐介さんのへたれ発言が多いのでちょっと発破をかけようと‥‥‥‥すいません」
ついには女神は素直に謝っていた。
その行動はいつもの女神らしくはないが、言いすぎたと多分自分でも自覚しているから起こした行動だろう。
ただそれは莉奈の方を向いて謝ったため、祐介への謝罪ではない所が女神らしい。
「別にいいわよ。祐介がへたれなのは私も知ってるし」
「莉奈、そこはフォローしてよ‥‥」
莉奈がそっぽを向いたとと同時に先生が教室に入ってくる。
先生が教室に来ると同時に吹雪達も席へと戻っていった。
祐介と莉奈の席に残ったのは女神だけである。
「祐介さん、祐介さん」
女神は祐介に小声で問いかけてきた。
「何だよ?」
「莉奈さん前みたいに元気になりましたね」
「あぁ、この莉奈は昔見たことがある」
祐介の脳裏によぎるのは中学3年生の時の莉奈の姿だ。
あの時と同じ様などこか吹っ切れた表情をしている。
それは引きこもっていた祐介を外に連れ出してくれた莉奈だった。
「どうしたの? 祐介も女神ちゃんも私のことを見て」
「いえ、何でもありませんよ。私も席に戻りますね」
そういうと女神も自分の席へと戻っていった。
「祐介も‥‥‥‥‥‥‥‥そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど」
莉奈が恥ずかしがった表情を見せた。
以前と同じような表情を見せる莉奈がみれて祐介としてはよかった。
「いや、莉奈が元気になってよかったなって」
「私はいつでも元気です」
恥ずかしそうに頬を染める莉奈が祐介には可愛く見えた。
祐介にとっても莉奈が元気になって心の底からほっとしている。
「そうか、それはよかっ‥‥おぇ」
「ちょっと祐介。吐くならトイレに行って吐きなさいよ」
「わかって‥‥」
「ちょっと出てる出てる。先生、ビニール袋下さい。祐介が、祐介が」
この後クラスではゲロ騒動が起きることとなり、祐介はしばらくゲロ介と呼ばれることとなったのは別の話である。
ご覧いただきありがとうございます。
1章のエピローグとなります。
こちらの作品はまだまだ続きますのでこれからもご一読下さればうれしいです。




