吹雪と莉奈と祐介の出会い
「定期交流会?」
「そうだ。お前もそろそろ魔法師社会のことを知っておいた方がいいと思うからな」
幼い子供特有のハスキーボイスを響かせながら、吹雪は父の提案に疑問を呈した。
吹雪が5歳の誕生日を迎えた日の夜、吹雪は父の書斎に呼び出された。
吹雪の父親の話とは関東の魔法師達が集まる定期交流会に吹雪も出席するようにとの要請である。
父は関東所属の魔法師達が集まる大きな会合の場を吹雪の社交界デビューの場に選んでいた。
「俺が出るのか?」
「そうだ」
自分の父親の言葉に吹雪は困惑をしている。
5歳の自分が大人しかいないような社交界に行っていいのかという疑念が吹雪の頭には渦巻いていた。
「わかった」
「相変わらず、お前は聞き分けがよくて助かる」
豪快に笑う父を前に吹雪は諦観してみていた。
元々三枝家当主である父の意向に吹雪は逆う気はない。
幼くして三枝家の仕来りに従ってきた吹雪にとって、その話自体なんでもないようなことであった。
「それで、いつ行くんだ?」
「明日の昼頃、家の車で出発する」
「わかった」
吹雪は話し合いが終わるとその場で立ち上がり、書斎の戸を開ける。
「反論はないんだな」
「それが三枝家の意向なら、俺は従うだけだ」
吹雪は無機質にその言葉を言い残し、明日の準備のため父の書斎を去った。
そして翌日社交界用の服に着替え準備を整えると、吹雪は父と一緒に交流会の会場となる場所へと出向く。
15分ほど車に乗って連れて行かれたホテルは意外と近いなという印象しか吹雪には与えなかった。
「ここが会場だ」
車を降りて父に案内されたホテル内にある会場の中には、既に大量の魔法師達であふれかえっていた。
自分の身長よりも高いテーブルにホール内を覆うほどのきれいな絨毯。
何より正面に設置された大きなステージが幼い吹雪には印象的だった。
「お前はいつも通りにしていればいい。とりあえず気負わず楽しんどけ」
「わかった」
吹雪が返事をすると同時に、前から見た目30代前半と思われる女性が吹雪達の方へと歩いてくる。
透き通るほど真っ白な長い髪に整った美しい容姿と真っ白なきれいなドレス姿は、幼い吹雪にとってとても幻想的に見えた。
「三枝さんも来てらしたんですか?」
「これはこれは、四条さん。お久しぶりです」
目の前に来た女性と吹雪の父はそのまま話し込んでしまう。
いつもは雑な口調で話す父が敬語を話しているだけでも、吹雪は違和感を感じると共にこの場所が別次元だということを痛感させられた。
「あら、そちらのお坊ちゃんは?」
「息子の吹雪だ」
「初めまして、三枝吹雪と申します」
「こんなに幼いのに出来たお坊ちゃんでいらっしゃる。うちの息子にも見習ってもらいわ」
女性の笑顔を見て自分の対応が正しいことにほっとする。
その後も女性への質問に対して吹雪はそつなく対応していく。
なるべく当たり障りのない回答をしていくことで、吹雪は社交界での処世術をこの短時間で会得していた。
「それでは私はこの後スピーチがあるので」
「はい、また後で」
「三枝家のお坊ちゃんも頑張ってね」
「はい」
その言葉だけを言い残すと先程までの女性はステージの方へと歩いていく。
自分達から離れていく女性の姿を見ながら、吹雪は安堵し無意識に自分の胸をさすった。
「初めてにしては中々上出来じゃないか」
「ありがとう」
父の褒め言葉にも吹雪は憮然とした表情で接する。
普段三枝家に挨拶に来る人達と同じように接していただけで、こんなに褒められるとは吹雪も思ってはいなかった。
そして一息ついた後、今度は別の女性が吹雪達の前に現れた。
「三枝さん」
「これは、九条さん。お久しぶりです」
息を切らし慌てた様子で、吹雪達のことを着物を着た女性は見ていた。
その姿は膝に手をつき、先程の女性とは違い優雅さのかけらもない姿だった。
「こんな無礼なご挨拶で‥‥‥‥はぁ、はぁ‥‥‥‥申し訳ありません」
「お構いなく。それよりもどうしたんですか? そんなに焦って?」
「実は‥‥‥‥」
吹雪の父と目の前の女性が話している時に吹雪は別の所から視線を感じた。
その視線がどこから来るのかわからず、吹雪はあたりを見回す。
『(ビクッ)』
「あれか」
吹雪の視線の先には着飾った少女がテーブルの下から顔だけを出しこちらを覗きこんでいる。
不満そうな表情をする少女は吹雪と目が合うと、再びテーブルの下に隠れてしまう。
そのことを不審に思いつつ、吹雪は先程少女が出てきたテーブルをずっと見つめていた。
「それは大変だ。それでいなくなったご息女の特長とかはわかりませんか?」
「そうですね。莉奈の服装はいなくなっても見つかりやすいようにと真っ赤なドレスを着させています」
再びテーブルの下から不機嫌そうに顔を出している少女に目を向ける。
その少女の肩から出ている服は真っ赤なドレスであった。
「後は最近友人に貰った髪飾りをつけています。確か熊のキャラクターがかかれているものです」
吹雪を見つめるその少女の頭には熊の髪飾りをつけているように吹雪には見えた。
あそこにいる少女が目の前の女性が探している子なんではないかと思うが吹雪は躊躇する。
心配する親の気持ちもわかるが、あの女の子が逃げ出した理由もなんとなくわかるため、吹雪としてもどうすればいいか困っていた。
「全く、あの子は一体どこにいるのか。本当に手の掛かる子で困ります」
「子供は元気に遊んでいるぐらいの方が可愛げがありますよ。なぁ、吹雪?」
「えっ、あっ」
突然父から話を振られて、吹雪は慌ててしまう。
目の前の不機嫌そうな少女に目を取られていたため、対応が遅れた。
「どうした吹雪? あっちのテーブルばかり見て?」
「いや、別に、何でも‥‥‥‥」
吹雪が戸惑っている姿を父達が注視する。
やがて2人の視線は目の前の吹雪から、吹雪が見ていたテーブルに視線を移した。
「まさか」
着物の女性は吹雪が見ていたテーブルに近づくと勢いよく、テーブルクロスをめくる。
テーブルクロスをめくると真っ赤なドレスを着た不機嫌な少女が、姿を現した。
「きゃっ」
「莉奈、そんな所にいたの」
逃げようとする女の子の首根っこを掴むとそのままテーブルの外へと引っ張り出す。
抵抗する女の子を引きずりながら、再び吹雪達の目の前に現れた。
「これが噂のお嬢さんですか」
「はい。おてんば娘なものでいつもこんな感じで勝手にどこかに行くんですよ」
「元気な証拠ですよ。うちの吹雪もこれぐらいの元気がほしいものです」
この時吹雪は自分が自己紹介をしていないということに気づく。
慌てて吹雪は目の前の女性達に頭を下げた。
「申し送れました。俺は三枝吹雪といいます」
「まぁ、自分から名のるなんてえらいわね。莉奈とは大違い」
吹雪が顔を上げると目の前の女の子の機嫌が先程よりも悪くなるのを感じた。
今も眉間に皺をよせ、ぶすっとした顔で吹雪を見る。
「私はこの子の母親で九条家の当主をしてるの。吹雪君宜しくね」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
再び吹雪は頭を下げると、目の前の女性は礼儀正しい吹雪に感心しっぱなしである。
「三枝さんの所の息子さんは本当に礼儀正しいんですね」
「まだまだですよ。それにこれでもこいつは人見知りなんです」
「このおてんば娘にも見習ってもらいたいんですけどね。ほら、莉奈も挨拶しなさい」
首根っこをもたれた少女は間近で見ると、髪が長く顔が整っていてすごく美人に見える。
ただそれも不機嫌な顔で台無しであった。
「九条莉奈、5歳」
端的に答える莉奈だったが、吹雪はとしては衝撃的だった。
自分と同年齢の魔法師の子供がわかりやすい反抗をしていることに驚きつつも同時に強い興味を持った。
「驚いた。うちの子と同じ年齢だったとは」
「三枝さんの息子さんもですか?」
「そうです」
吹雪の父親は何か浮かんだようにぽんと手を叩く。
「九条さん。もし宜しければこの交流会中だけでいいので、莉奈ちゃんと吹雪を2人っきりにして見たらどうですか?」
「しかし、莉奈が吹雪君にどのような迷惑をかけるかわかりませんから」
「いえ、意外と若いもの同士なら気があっておとなしくなるかもしれませんよ」
莉奈の母親は始めは迷惑だからと拒絶した態度を取るが、徐々に吹雪の父親の口車に乗せられていく。
やがて吹雪の父親に説得され、莉奈の母親も渋々首を縦に振った。
「そうですね。三枝さんが言うならそうしましょうか。莉奈、ちゃんと大人しくているのよ」
「それじゃあ吹雪、莉奈ちゃんのこと宜しく頼むぞ」
「ちょっと、父さん」
そのように話すと父と莉奈の母親は2人から離れていってしまう。
その場に残されたのは莉奈と吹雪の2人だけとなる。
目の前で不機嫌そうな表情をする莉奈に対して、どのような対応を取ればいいか間でわかるほど吹雪は経験豊富ではない。
そうなると必然的に2人の間の会話はなくなり、2人の間には重苦しい雰囲気になる。
「つまらなそうだね」
咄嗟に吹雪が莉奈の顔を見てついた言葉がそれであった。
莉奈はグリンと首を吹雪の方へ顔を向ける。
「そんなにこのパーティーはつまらないか?」
「つまらないわよ。だって私このパーティーに来たくなかったし」
「何かわけがあるのか?」
「ある。むしろおおあり」
莉奈はそれからまくし立てるように吹雪に話をする。
「本当は今日祐介の家で遊ぶ予定だったのに」
「祐介ってのは莉奈さんの友達?」
「違うわよ。燈子ちゃんが私の友達で、祐介は弟みたいなもの。もしくは舎弟」
「へぇ」
この時吹雪の中では祐介は自分よりも年下の男の子だと思っていた。
そして燈子に関しても同様に莉奈の同級生ぐらいにしか感じていない。
「祐介は引っ込み思案だから、私が外に連れ出さないといつも家にばっかりいるの」
「そうなんだ」
「気が弱くて、いつもびくびくしてて。見てていつも不安になる」
祐介という男の子のことを語る莉奈の姿は、先程よりも楽しそうに見えた。
その様子は吹雪だけがわかるようで、とうの本人も気づいていないように見える。
「それにいつも何かあると私の腕を掴んで離さないんだから。だから祐介には私がついていてあげないとダメなの」
「その子のこと良く知ってるんだね」
「そうよ。だって祐介は私の弟みたいなものだもん」
誇らしげに祐介のことを語る莉奈は先程とは違い、表情は明るい。
テーブルクロスの下で吹雪を見ていた時とは大違いであった。
「それに比べて、こういうパーティーに来る人って本当嫌。全然楽しくない」
「それはしょうがないんじゃないか? 魔法師達の交流会なんてそんなものだと思う」
実際に社交の場に出たことがない吹雪にとって、父の姿だけが指標となっていた。
いつもこのような社交の場から帰ってくる父親は疲れた表情をしている。
それを見た吹雪も交流会は人に気を使う場だと割り切っていた。
「でも来る人来る人みんなして言うことが、『あの九条家のご息女』だよ。私は『九条家のご息女』じゃなくて九条莉奈なの。みんな本当にむかつく」
「だが、それでも俺達は受け入れないといけない。それが魔法師社会に生まれた者たち宿命なのだから」
莉奈が怒る理由も吹雪にはわかる。
自分も先程三枝家のお坊ちゃんと言われていい気はしなかった。
だが自分達魔法師は将来家を背負って行く身なのだから、このようなことは受け入れないといけないと吹雪は割り切っていた。
「そんなつまらない運命なんか絶対変えてやるんだから」
「そうか。もしそうなら、俺も応援するよ」
この吹雪の発言はいわゆる社交辞令的なものでもあった。
無理だとは思うが、相手の機嫌を損ねないために吹雪がした精一杯の笑顔でもある。
吹雪の笑顔に満足したのか、莉奈も俄然やる気を出したかのように見えた。
「よし、それならまずは吹雪を面白いところに案内するからついてきて」
「えっと、どこへ?」
「いいから。あんたは黙ってついてきなさい」
有無を言わせない莉奈はやがて吹雪の手を掴むと吹雪を会場の外へと引きずっていく。
この後引きずられながら吹雪が連れて行かれたのはタクシー乗り場。
行き先は神山邸でこの数時間後、神山邸で遊んでいた祐介を含めた3人はそれぞれの両親にこっぴどく怒られる羽目となった。
次の話は再び現在の時間軸に戻ります。
明日の投稿を予定していますので、もう少しお待ち下さい。




