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転生前 全てを失った男

転生前の祐介の話になります

 6月上旬、じめじめとした湿気が気になる季節に神山祐介はゆっくりと体を起こし布団を出た。

 現在の時刻はお昼の時間を少し過ぎた頃、学校は既に始まっているが、今の祐介には何にも関係ない。

 重い頭を揺らしながらゆっくりと階段を降りリビングに顔を出すと、そこには燈子が1人でテーブルに座りコーヒーをすすっていた。

 

「おはよう、祐介」


「もうおはようの時間じゃないよ」


 そう言うと、祐介も台所から自分のマグカップを手に取りコーヒーを入れる準備を始める。

 祐介が作ったコーヒーはミルクも砂糖も入れない完全無糖のブラックである。

 できたコーヒーをマグカップに入れ、祐介も姉と同じテーブルに座った。

 

「そういえば、お前はこれからどうするんだ?」


「どういう意味?」


「高校辞めたんだろ? やることないなら私の仕事を手伝えよ」


 祐介は俯きながら無糖のコーヒーをすすり、一方的に話す燈子の話に耳を傾けるだけである。

 先日祐介は関東魔法高等学校に退学届けを提出した。

 それは、関東魔法高等学校で行われている派閥争いになじめず、周りの生徒から苛烈にいじめられたせいでもある。

 何よりも祐介がいじめられることで1番責任を感じていたのが莉奈であった。

 自分がどれだけ痛めつけられても祐介は平気だが、莉奈には迷惑をかけたくない。

 何よりいじめに参加していない莉奈が悲しい顔で祐介に必死に謝る姿を見たくなくて、祐介は退学を決断した。

 

「別に高校辞めようが何をしようがお前の勝手だ。だが、自分の食いぶちだけは自分で稼いでくれ。それ以外は私は何も言わない」


「わかってる」


 そう言うと燈子は手に持っていたカップのコーヒーを飲み干し、祐介に向き合う。

 

「退学した理由は莉奈ちゃんか? って、おいおい。そんなに私を睨むなよ」


 祐介は燈子の言葉に目をむいた。

 莉奈の話だけは今の祐介にはされたくない話題である。

 実の姉に牙をむく祐介に対し、燈子は困惑した表情を浮かべていた。

 

「お前がいじめられていたことは私も知ってる。そのことは莉奈ちゃんから聞いていた」


「‥‥‥‥‥‥‥‥」


 祐介は燈子の話を黙って聞く。

 沈んだ顔をする祐介の顔を一瞥し、燈子は話の続きを進める。


「元々お前には無理だったんだよ。魔法の素質もないお前が工学科じゃなくて魔法科を受けること自体無謀だったんだ」


 関東魔法学校には魔法科と工学科の2つの学科がある。

 それぞれの学科ごとに特色が違っていて、工学科を卒業すると魔法工学技師の2種免許が貰え、魔法科は魔法師ライセンスのE級が貰えるシステムになっている。

 この時の祐介は莉奈と一緒にいたいという理由から工学科ではなく魔法科の方を先行していた。


「とりあえず今は休め。これからのことはゆっくり考えればいい」


 そういうと燈子は自分のマグカップに入っているコーヒーを飲み干し、リビングを後にする。

 リビングに残されたのは祐介ただ1人となった。

 自分1人にしてくれる姉の優しさがわかってしまい、祐介を余計に心苦しい思いをする。

 転生後の祐介なら高校退学という判断は間違っていると断言できたが、今の祐介にはこの判断が正しかったと思うしかなかった。

 祐介の唯一心残りがあるとすれば、それは残された莉奈のことである。

 学園に1人残された莉奈のことを考えるだけで祐介の心は苦しくなる。

 莉奈には祐介と関わりがない友人がたくさんいるが、莉奈には心から信頼できる友人が少ないと祐介は思っていた。

 則之と吹雪は男子ということもあり、あまり莉奈と話している姿を見たことはない。

 唯一莉奈と本音で話せる恵梨香は一般高校に通っているため、莉奈とはそうそう会う機会がなかった。

 退学前に則之と吹雪とは莉奈のことについて話してあるが、それでも祐介の不安は尽きない。

 莉奈が見た目や発言とは裏腹に弱弱しく嫉妬深い一面があることを祐介は知っている。

 そんな莉奈を置いて自分1人が高校を辞めてよかったのだろうかと祐介は悩んでしまう。

 この日はしばらくテーブルに座ったまま時が進む。

 1日中テーブルの上で今までの自分の行動に対して自問自答するが、祐介が悩んでいることの答えは出てこなかった。

 それから1ヶ月たっても祐介の自問自答は続く。

 家で燈子の仕事を手伝っていても祐介は莉奈のことばかり考えてしまう。

 特に退学届けを出した後、学校で見送りをしてくれた莉奈の悲しそうな顔がいまだに祐介の頭から離れることがない。

 夢には先輩達が自分をいじめるシーンやそれを助ける莉奈の姿、そして1人トイレでめそめそとなくみっともなくて惨めな自分の姿が克明に映し出される。

 そんな悪夢を祐介は学校を辞めてから毎日のように見続けてきた。

 そんな祐介にも転機が訪れる。

 それは7月上旬、祐介が燈子と夕食を食べている時の出来事であった。

 

「祐介、来週のことなんだが」


「知ってるよ。姉さん来週からボストンに1週間出張だよね」


 燈子は仕事柄よくアメリカや欧州のほうへと出張することが多かった。

 これは元々燈子が設立したMTエムティー作成やメンテナンス専門の会社が日本よりも海外の方からの仕事の方が多いからである。

 姉の燈子が2年前に設立した会社の名前はトラストライオネットという会社で、自作MT(エムティー)を製造、販売する会社である。

 アメリカのイエロートラストの社長が燈子のことを気に入り設立した会社で燈子はそこの社長をしていた。

 設立して日が浅いため、日本ではまだあまり知られていないが、イエロートラストから下ろしてくる海外からの仕事でなんとか持っていた。

 

「家のことは任せて。俺が全部やっておくから」


「いや、お前も行くんだよ」


「はい?」


 唐突な燈子の話に祐介はついていけない。

 

「何で俺も行くの?」


「あぁ、今回会議とかが山盛りでな。スケジュール管理できる秘書みたいな奴がほしいんだよ」


 最近の燈子のスケジュール管理や書類整理は祐介が管理していたため、話自体は確かに筋は通っている。

 だが、そんなことですんなりと納得する祐介ではない。

 

「でもそれって、姉さんの会社の事務の人を連れていけばいい話じゃないの?」


「あいにく会社の事務の人は日本のことで手一杯なんだ」


「でも、俺は英語なんて全然できないよ」


「それなら心配要らない。あっちには日本語を使える奴もいるし、まぁ最悪ボディーランゲージで切り抜けられる」


「それに、英語の書類とか見せられても俺全然わからないから。それにパスポートも持ってないし‥‥‥‥」


「うるさい。パスポートならもう私が取ってあるし英語の書類は翻訳辞書持って行けば何とかなる。これ以上私に口答えをすると家から追い出すぞ」


 不機嫌な表情を浮かべそっけなく言い放つ燈子に対して祐介は萎縮してしまう。

 結局この後反論することなく祐介のボストン行きはあっさりと決定してしまった。

 眉間に青筋を浮かべる燈子の顔を見ながら食べた夕食の味を祐介はよく覚えていない。

 ボストン行きが決まった後の1週間はあっという間に過ぎていく。

 祐介はボストンというよりは海外がどのような所か全くわからなかったため、とりあえずカップ麺等の非常食を買い込んだ。

 海外の味は日本人には会わないという先入観から起こした小心者の祐介らしい行動である。

 1週間後燈子と祐介がキャリーバックを受け取ってボストンの空港に降り立つと、そこには大勢の外国人が辺りにはいた。

 

「祐介、こっちだ」


「姉さん、待ってよ」


 キャリーバックを引っ張る燈子の後ろを祐介は慌てて追いかける。

 燈子から離れれば自分が完全に迷子になるのが目に見えているので必死に燈子の後ろを祐介はついていく。

 

「ちょっとどこまで行くの? そっち出口じゃないよね?」


「面倒くさい奴だな。いいから黙ってついて来い」


 姉の進む方へと歩いていくと、どんどん辺りから人がいなくなっていく。

 あまりの人の少なさに祐介は不安になってくる。

 

「姉さん本当に大丈夫なの? この道であってるの?」


「お前はさっきからうるさいぞ。いいからきりきり歩け」

 

 イライラする燈子に一抹の不安を抱きながら祐介は奥の方へ歩いていくと、非常口の様な小さい扉が見えてくる。

 扉の前には人間らしき2人の男女の姿が見える。

 1人は茶髪の高身長のスーツを着た男性で、もう1人の女性は腰まで伸びるブロンド髪が印象的な女性だった。

 女性の方もスーツを着ているが男性に比べて幾分幼く見え、男性の面影を感じさせる顔の作りだった。

 

「燈子」


「トーマス」


 男の方は燈子の方へとかけよると燈子のことを力一杯抱きしめる。

 燈子の方もまんざらではなさそうに男の顔を見ていた。

 浮いた話1つない燈子が取った行動に祐介は口をあけて唖然とするほかない。

 男性をいたぶる燈子の姿は見てきたが、女性らしい異性らしい笑顔を見せる燈子を見るのは初めてだった。

 

「姉さん‥‥‥‥その人」


「あ~~、紹介が遅れたな。こいつは‥‥」


「~~~~~~」


 燈子が何か言おうとする前にブロンド髪の少女が何か言葉を発すると茶髪の男の股間をを蹴り上げる。

 悶絶しながら跪く男を見て祐介にも戦慄が走る。

 祐介には聞き取れなかったが、ブロンド髪の女性が話した言葉は異国の言語のように聞こえた。

 

「とうこ‥‥」


「‥‥‥‥」


 燈子とブロンド髪の少女は何やら話し合いをしている。

 この時英語がわからない祐介は2人がどんな会話をしているのか全くわからない。

 やがてブロンド髪の女性が祐介の方へと歩いていき、目の前で立ち止まる。

 祐介から見て目の前のブロンド髪の少女の身長は自分の胸ぐらいしかないその女性は、祐介のことを興味深く観察している様に見えた。

 

「とうこ。ほんとうににこいつはとうこのおとうとなのか?」


「日本語しゃべった」


 祐介が日本語を話した目の前の女性に対して驚いていると、その女性が不機嫌な様子で祐介のことを見る。

 

「わたしがにほんごをはなすのはそんなにまずいことですか?」


「いや、まずくはないけど」


「リリィ、その辺にしてくれ。君の言う通り、この冴えない男が私の愚弟だ」


 燈子はリリィと呼ばれたブロンド髪の女性の横に立つ。

 その女性の肩に手を置く燈子は笑顔だった。

 

「リリィ、紹介しよう。こいつが私の弟の神山祐介だ。今は私の秘書をしている」


「神山祐介です」


 慌てて祐介も頭を下げる。

 その時直感で先程の外人2人が燈子の仕事のクライアントだってことがようやく理解できた。


「かおをあげてください。わたしとあなたはたいとうなのですから、そんなふうにされるとこまります」


「はい」


 祐介が慌てて顔を上げると困惑した表情を浮かべる女性と必死に笑いをこらえている燈子の姿があった。

 

「わたしのなまえはリリィ・ワトソンといいます。みすたーゆうすけ。かんげいします」


 リリィが右手を差し出したのを見て祐介も右手を出し握手をする。

 ボストンで出会ったリリィ・ワトソンとの出会い。

 この出会いは後の神山祐介の人生を大きく変える出来事になるとはこの時の祐介は思っても見なかった。


次話も番外編になります。

こちらは転生後の祐介の話になりますので今回ほどシリアスな話にはならないと思います。

出来れば今日の夜までには投稿できるようにしますので楽しみに待っていていただければ幸いです。

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