過去に転生した男
祐介は自分が揺すられていることに気づいて目を開けると、そこは市民ホールのような広い場所だった。
耳障りなマイクの音が耳元まで届き、その音で祐介は覚醒し辺りを見回す。
壁には紅白の布がかけられ、床には赤い絨毯が敷き詰められている。
また、窮屈に配置されたパイプ椅子の上には大勢の中学生ぐらいの子供が座っており、大人達は立ち上がってステージのマイクを持った中年男性の話に耳を傾けていた。
「ここは‥‥?」
「気がつきましたか」
横にいる人間の顔に祐介は見覚えがあった。
黒縁の眼鏡にゆるくかけられたパーマ、何より外国人のような人より少し高い鼻が特徴な色白の少年。
祐介の旧友、日笠則之がそこにはいた。
「全く、入学式早々から居眠りをするなんてさすがですね。あきれてものも言えないですよ」
眼鏡の位置をずらし、首を左右に振る様は祐介の行動にどこかあきれているように思えた。
「入学式‥‥‥‥」
「それすらも覚えていないなんて‥‥祐介はどこまで馬鹿なんですか? 今は中学校の入学式だから、少しぐらいは集中して下さい。祐介が目立つと隣の僕まで先生方に目をつけられるので困るんです」
どこか人を見下し、興味がないような振りをする態度。
則之の一言一句が祐介にとっては非常に懐かしかった。
「(そうか‥‥俺は本当に戻ってきたのか)」
自分が死んだということがいまいち理解できていなかったが、こうして過去に戻ってきたことで自分が転生したということを改めて祐介は自覚する。
女神が話していた過去改変の話。
そのことが現実を帯びてきたことを祐介は改めて感じていた。
「校長先生、ありがとうございました。では新入生は退場してください」
壇上から中年の男性が一礼したのと同時に、マイクからそのような声が届き祐介達は移動を開始する。
体育館を出て校舎の3階まで上がった所にある教室が祐介達の教室らしい。
中には机と椅子が所せましと並べられていた。
「それじゃあ出席番号順に座ってください」
前にいた女の先生がそのように話すとクラスの中にいる生徒が一斉に自分の席に座ろうとする。
祐介はといえば自分の席の場所が分からないので困り果てていた。
周りが落ち着いて座る中、1人だけあたふたしていて祐介の姿は周りからは1人浮いていた。
そのことを見越してかどこからか細い腕が伸びてきて、祐介の袖を掴むとそのまま席の方へ誘導していく。
腕を掴む黒髪ロングの少女の後ろ姿を見て、自分が誰に腕を捕まれたがわかった。
「何やってるのよ。あんたは私の隣の席でしょ」
祐介のことをしかるのは幼馴染である九条莉奈。
双方の瞳が漆黒の色で肌がきれいな女性である。
「悪い、席の場所を忘れてて」
「別にいいわよ。祐介にとってはいつものことでしょ」
そうぶっきらぼうに言い放つ九条莉奈は祐介から見てどことなく照れているように思えた。
思えば九条莉奈という人物は口では文句しか言わないが、何かと面倒見がよい。
それは転生前の引きこもった祐介を無理矢理中学校に連れて行ったことからもうかがえる。
「何がおかしいのよ? 人の顔見てニヤニヤして気持ちが悪い」
「ごめん、なんか昔のことを思い出したから」
不思議そうにこちらを見る莉奈を尻目に、祐介はクスクスと笑う。
昔と変わらぬ彼女に祐介はうれしくなる。
「変な祐介」
そうつぶやくと彼女は前方を向き、先生の話しに耳を傾けた。
その後壇上に立つ教諭の話しは他の中学校で話すような一般的なことばかりだった。
中学生だから自覚を持てとか学外での過ごし方とか当たり前のことしか言わない。
魔法の使用制限もその生活の中には含まれている。
中学では魔法の基礎理論と魔法の教養の勉強はするが、魔法の実技は教育課程には含まれていない。
そのため、魔法学校に進学させたい親達は、塾で行っている魔法師専用のコースに通わないといけない羽目になる。
現在中学の教育課程にも魔法の実技を入れるか教育委員会の方でも検討をしているが、教育に必要な魔法師の数が絶対的に足りないため実現は困難を極めていた。
「______祐介。祐介ったら」
隣の莉奈の声で我にかえると、周りの生徒の視線が祐介に向いていた。
彼は不思議そうに周りを見渡すが、何故自分のほうに視線を向けているのか祐介は理解ができない。
「自己紹介、祐介の番」
「あぁ、自己紹介ね。大丈夫、大丈夫」
本当はいまだに状況が飲み込めていないのだが、祐介はとりあえずその場に立つ。
周りの「なんだ、こいつは?」という視線が祐介に向けられているが、彼は動じる気配がない。
過去に転生する前の祐介ならおどおどして何も話せず終わってしまったと思うが今は違う。
営業先で様々なお客さんを相手にし、プレゼンスキルを身につけた祐介にとってはこの程度の自己紹介は造作もないことである。
「神山祐介と申します。趣味はもの作りです。色々いたらない所はあると思いますが仲良くしてください。これから1年間よろしくお願いします」
自己紹介が終わり、祐介が椅子に座ると拍手が巻き起こるが一部の反応は違う。
殆どの人は拍手をしているが祐介のことを知っている人間は口をあけてポカンとしている。
その代表的な人物が隣に座る莉奈で、祐介があまりにも流暢に自己紹介をしたので声が出ないようだ。
次の人の自己紹介が始まると莉奈は我に返り、祐介の近くにより小声で話しかけてくる。
「あんた本当に祐介なの?」
「俺は正真正銘神山祐介だ。莉奈もこの顔に見覚えはあるだろう?」
「う~~ん。確かに見覚えはあるけど‥‥‥‥もしかして整形して祐介の顔に似せた人じゃない?」
「どこから整形って発想が出るんだ? そこはせめてそっくりさんだろうが」
「ごめん、ごめん。確かに祐介の顔になりたくて整形する人なんていないもんね」
「‥‥‥‥お前、俺に喧嘩を売っているだろう?」
「神山君、九条さん」
名前を呼ばれ2人が前を向くと、再び祐介がクラス中の視線を集めていた。
ただ、今度は祐介だけではなく莉奈のほうにも視線が向いていて、当の本人は顔を赤くして俯いたままだ。
壇上に上がる先生はそんな2人を微笑ましい視線で見つめているだけでありこれでは公開処刑である。
この空気を換えようといい案がないか考えるが、いい案が浮かばない
「2人でいちゃいちゃするのもいいけど、それはホームルームが終わった後にしてね。じゃあ次の人自己紹介をして」
「は~~い」
顔を真っ赤にし、唇をプルプルと震わす莉奈のことを微笑ましく思いながらも、祐介はふと声をする方の席に目を向ける。
それは単なる気まぐれではなかった。
現に祐介もどこか聞いたことがあるような声でなければ振り返ることはなかったのかも知れない。
祐介は席を立った少女の方を見て唖然とするしかなかった。
「姫神ララといいます。ちょっとこの近くじゃない遠くの中学からきました」
見たことのある美しい金髪と北欧系の美しい顔。
祐介が転生する直前、一緒に真っ白な部屋からいなくなった人物。
その人物がクラス中を見回し自己紹介をしていた。
「小学校では姫神の『ひ』の部分だけ抜き取って『女神ちゃん』と呼ばれていました。皆さんもそう呼んで下さい。宜しくお願いします」
祐介が視線を向ける先、そこには生と死の境目で高みの見物を決め込んでいると思っていた女神がそこにはいた。
忌々しいことに祐介の姿を見つけると誰にもわからないようにウインクをしてくる。
どこか抜けている女神に対して、祐介は頭痛を覚えた。
「今あの子、あんたにウインクしなかった?」
「それは気のせいじゃないか? 俺はあんな金髪の美人の知り合いはいない」
「それもそうか。いれば私もわかるはずよね」
莉奈は祐介から目線をそらし、次の人の自己紹介に目を向ける。
その表情はどこか安堵しているように見えた。
それよりも祐介にとってはどこか頭のネジがゆるそうな女神の対処方法を考えなくてはならない。
これから先のことを考えるだけで、祐介の頭は破裂しそうだった。
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