明かされる歴史
今回はいつもより長いです
2人が廃工場に着く頃には太陽は既に沈んでいた。
廃工場の周りは人が見当たらず不気味な雰囲気が漂っている。
「着きましたね」
「あぁ、そうだな」
女神と2人で廃工場を見上げる。
廃工場のあちらこちらガタがきていて今にも崩れそうに見える。
「本当にこの中に則之さんがいるのでしょうか?」
「いるに決まってる。この前もここに入っていったんだから」
力強く断言する祐介に対して、横にいる女神は落ち着かない様子であちらこちら視線をさまよわせている。
「どうしたんだ? まさかここに来て怖気づいたのか?」
「そんなわけないじゃないですか。与太者の祐介さんと一緒にしないで下さい」
「お前、喧嘩売ってるだろ?」
女神と祐介はひとしきり睨みあう。
そこからいつものように喧嘩に発展しないのは以前ここで不良達に見つかって追いかけられたからである。
「ぐだぐだ行ってないで早く入るぞ」
「わっ、待ってくださいよ~~」
うじうじ悩む女神を尻目に祐介は廃工場の中に入っていく。
廃工場の中は薄汚れていてどこか不気味な様相をかもし出していた。
辺りには錆びた鉄の塊が点々と落ちていて、それが廃工場の不気味さをより一層際立たせている。
また、工場のいくつかのドアはドアノブが壊されており、中に入れない場所もいくつかあった。
「薄暗い場所ですね」
「そうだな。本当にこんな所で則之は何をしてるんだか」
ぶつくさとつぶやきながら祐介と女神は薄暗い廊下を歩いていく。
隣にいる女神のいつもは取らない不思議な行動を祐介はずっと疑問に思っていた。
「ところで、さっきから掴んでる袖なんだけど、離してくれないか?」
廃工場に入ってから女神は祐介の袖を掴んだまま、あちらこちらを忙しなく見回している。
祐介から見た女神の不思議な行動は何かに怯えているようにも見えた。
「べっ、別に。掴みたくて掴んでるわけじゃありませんから」
「じゃあ、今お前が掴んでる俺の袖を離せよ」
いつものように強気で気丈に振舞う女神のことを祐介は疎ましく思う。
何故女神が祐介の袖を掴んでいるのかが全く理解できなかった。
「別に。この美人で清楚で天才肌の天界のプリセンスモンローこと女神ちゃんがお化けとか妖怪とかが怖いわけないじゃないですか」
「お化けが怖いのか‥‥」
祐介は嘆息しながらも女神の方に視線を向ける。
その表情は確かに得体の知れないものに覚えているように見えた。
「まさか女神とか言う得体のしれないお前にも、怖いものがあるなんてな」
「しょうがないじゃないですか。怖いものは怖いんですよ」
そう言うと女神は祐介からそっぽを向く。
祐介は無言で女神と廊下を歩いていった。
「離せとは言わないんですか?」
「‥‥‥‥勝手にしろ」
そう言うと祐介は廊下を数メートル歩くたびにポケットから1cmぐらいの鉄の塊を取り出し、壁のほうに向かって投げていく。
女神は祐介の袖を掴みながらも不思議そうにその光景を眺めていた。
「祐介さん? ゴミを捨てるのはよくありませんよ」
「これはゴミじゃないんだが‥‥まぁ理由は後で話す」
「えぇ~~、今話してくださいよ」
「やかましい。時間がないんだからさっさと行くぞ」
女神のことをほっぽり、スタスタと祐介は歩を進める。
その時に鉄の塊を壁に向かって投げるのを忘れない。
「待ってくださいよ~~。おいて行かないで下さい」
祐介に女神は追いつくと慌てて祐介の袖を掴む。
女神のほっとして安心した顔が、祐介には可愛く見えた。
「それで、祐介さんは則之さんがどこにいるかわかってるんですか?」
「知らない」
「知らないんですか? 全く、こんな無計画のことをしているから莉奈さんを他の男に奪われるんですよ」
「何でそこで莉奈の名前が出て来るんだよ?」
「ふんだ。自分の胸に聞けばいいじゃないですか。これだからダメ介さんって呼ばれるんですよ」
「ダメ介ってお前しか呼んでないだろうが。そう言うお前だって性根が腐ってる屑女神じゃないか」
「屑女神ですって? 私が天界が誇る才色兼備のスーパーアイドル女神ちゃんと知って‥‥」
その後2人の言い争いは工場中に響き渡り、不良達に見つかるまで続けられることとなった。
☆★☆★
「なんか外がやけにうるさいなぁ。ちょっと君達、外の様子見てきてくれない」
「わかりました」
廃工場の奥の一室で数十人の男達が、縄で縛られている1人の男のことを尋問していた。
その内数人の男はドアの外に飛び出したが、それでもこの一室にはまだ複数人の男達が残っている。
「それでさ、則之君は僕の言っていることわかる? 君が一言お父様に進言するだけでいいんだよ」
床に転がされている眼鏡の少年、日笠則之は中央で座り込む髪が長い少年のことを睨む。
則之の顔は痣もなくきれいな状態だが、来ている衣服はボロボロであった。
「何度も言っていますが、それは僕がどうこう言った所で変わるわけがありません」
「てめぇ、日笠さんになんて口聞いてるんだ」
次の瞬間、1人の男が則之のお腹に蹴りを入れる。
同時に則之の体が九の字に折れ曲がり、何度目かわからない汚物を床に撒き散らした。
戻したものには黄色い液体が混じっており、胃には何もないことが伺いしれる。
「こいつ汚ねぇなぁ」
「確かに。本当にこんなひ弱な奴が日笠さんの弟なのか?」
周りの男達が則之のことを見て嘲笑を浮かべていた。
先程まで中央にいた髪の長い男が改めて則之の側による。
中世的な顔立ちでありながら制服はホックまで閉めているため、はたから見た感じは優等生に見えなくもない。
「だから君から説得してって言ってるでしょ。お父様も君の意見なら聞いてくれると思うから」
「こんなことで本当にお父様の意見が変わると思ってるんですか? 義信兄さん」
則之の次兄である義信は則之の顔を見てにやりと笑う。
その顔に張り付いているにやつく笑みを則之に向けている。
「変わるよ。お父様は君の事を買っているから」
則之は自分の髪を掴む義信のことを睨む。
「僕自身、第8研究所の地位などほしくもありません」
「だ・か・ら・さぁ、そういうことはお父様の前で言ってほしいんだよね」
そう言うと義信は右足で則之の顔を思いっきり蹴る。
蹴った衝撃で則之の眼鏡が宙を舞い、部屋の隅へと飛んでいく。
部屋の隅へと飛んでいく眼鏡はフレームが真っ二つに折れ、レンズは粉々に割れていた。
「日笠さん、顔はやばいですよ。顔は」
「おっと、僕としたことが。とんでもないことをしてしまいましたね」
口では殊勝なことを言いつつも、則之のことを蹴るのを義信はやめない。
顔を蹴ることはやめたが、お腹の辺りを連続で蹴り続けている。
「第8研究所は僕のものなんですよ。それを何で突然現れたあなたが‥‥」
義信の慟哭は室内だけでなく、工場中に響き渡る。
そこには義信の恨みや妬み様々な感情が混じっていた。
則之の気が遠くなりかけた時、扉が外れたけたたましい音と共にドアから1人の少年が頭から滑り込むように中へと入ってくる。
その少年はどこかあどけなく冴えない姿で頼りなさそうに見える則之もよく知る少年だった。
「なんとか間に合って‥‥‥‥ないよな」
「祐介‥‥」
則之の顔を見た祐介は罰の悪そうな顔をする。
「すまない則之。少し遅れた」
「いや、そうじゃありません。何故あなたがここにいるんですか?」
則之は驚いた様子で申し訳なさそうに謝っている祐介の方を見る。
祐介はといえばゆっくり落ち着いた様子でその場に立ち、体についたほこりを払う。
「則之と親しげに話してるってことは‥‥‥‥君ってもしかして則之君の友達?」
義信達は怪訝な視線を祐介に送る。
その様子を見て祐介は優雅に一礼をして見せた。
「はい。申し遅れました。私は神山祐介と申します」
「神山君か。初対面の相手に敬意を払えてるのは非常に好感が持てるよ」
祐介は笑顔を貼り付けたまま、義信と向き合う。
「ありがとうございます。それもこれも、日笠家次期当主候補の前ですので」
『日笠家次期当主候補』という言葉に義信の顔が歪む。
義信に『日笠家次期当主候補』という言葉が深く突き刺さったことが祐介には手に取るようにわかった。
「それともこういえばいいですか?」
次の瞬間、祐介の口角がつりあがる。
この時自分が憎らしい笑みを浮かべていたことなど、祐介は知らない。
「国立魔法研究所第8機関所長の座を掠め取ろうとする泥棒猫、とでも言い換えた方がよろしいでしょうか? 日笠義信さん」
祐介がその言葉を発した瞬間、義信の顔が一層不機嫌になる。
それは義信の心をえぐる確信にも満ちた言葉であった。
「お前‥‥どこでそのことを‥‥」
「どこでもいいじゃないですか。そんなこと。なんなら1から説明してあげましょうか?」
「やめろ‥‥‥‥」
睨む義信の言葉に惚けたふりをする祐介。
義信の言葉を聞かずに、祐介は話を始める。
それは祐介が佳代から聞いた日笠家の歴史。
泥沼の様相を呈した日笠家の後継者を決める話である。
「則之の母親である棗佳代‥‥‥‥いや、今は日笠佳代さんですか。あの人はあなたのお父様とは愛人関係だったようですね」
佳代の話では元々日笠家の当主と佳代は愛人の関係にあった。
日笠家当主は棗の家が実質支配していた第8研究所を手に入れるため佳代に近づくが、いつしか日笠の本妻よりも佳代にはまっていった。
「そしていつしかその愛情は度を越えていく。本気で佳代さんを愛してしまった日笠家の当主は当初の予定とは別に、日笠の家の人達の反対を押し切ってまで佳代さんを養子縁組で日笠家に入れてしまいました。その時は大変だったでしょうね。本妻がいるのに愛人まで入れることになってしまって」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
実際一時は当主を破門する話も出ていたことを祐介は佳代から聞いていた。
ただ、その問題は日笠家前代の当主が反対意見を全て握りつぶしたと聞く。
そのおかげで佳代は養子として日笠家に入った。
祐介は佳代から聞いた真実を淡々と義信や則之に伝えていく。
その結末が残酷なものでも祐介は2人に真実を伝えなければならない。
「そしてしばらくした後、本妻との間にできた2人の息子さんがいるにも関わらず、佳代さんは1人の子供を身ごもりました。それが則之です」
日笠家に入った佳代さんは養子になった後、お腹の中に子供を宿した。
佳代が日笠家に入ったことで第8研究所は実質日笠家の支配化におかれることとなったが、唯一佳代が子供を身篭ったのが問題であった。
「それからは3人で正統後継者の争いをしてきました。あなたのお兄様は関東魔法高等学校に入学して、素晴らしい成績を上げていましたね。1年時から生徒会役員に任命され、交流戦では複数種目の競技で優勝を果たして団体の優勝に貢献し、学術コンクールでは最優秀賞。まさに完璧といっていいほどの超人です」
義信はその話を聞いて唇をかむ。
自分の兄の活躍を妬む悔しそうな表情が祐介には滑稽に思えた。
「それに比べてあなたも人並みの成績を上げていた。だが、それでは勝てなかった。完璧超人の兄には」
「黙れ‥‥」
義信の静かにくぐもった声が当たりにこだまする。
しかしそれでも祐介は話す事をやめない。
佳代に頼まれた手前、最後まで告げないといけない義務がある。
「気分を悪くされていたら申し訳ありません。もう少しで終わりますので」
祐介が則之の方を見ると目を見開いて、その様子は祐介の話に驚いているようにも見えた。
ここで話すいくつかの事柄は則之ですら知らされていないことだと祐介は佳代から聞いていた。
なので内心は驚くのも無理はないと祐介は思う。
ただ、佳代さんにはこの話の内容を聞かせてもらう代わりに、この話を則之にすることを義務付けられていた。
だからどんな辛い内容でも話さなければいけない使命が祐介にはある。
「日笠家正統後継者の椅子がなくなるのがわかるとあなたはもう1つの座を狙いました。それは日笠家が実質支配する第8研究所所長の椅子です。しかし、その椅子もあなたの手に入ることはなかった」
祐介はそこで大きく息をつく。
辺りは静寂に包まれていて誰も話そうとしない。
ただ1人、祐介を除いては。
「そこからはあなたも知っているんじゃないですか? 日笠家当主は次期所長候補として則之を選んだことを」
それはある日突然発表されたらしい。
日笠家全員を集めた会議で当主の口から発表されたと聞く。
「あなたはさぞかし悔しかったでしょう。自分よりも劣っていると思っていた則之が、所長候補に選ばれたことについて」
養子縁組で日笠家に入ってきた女の息子が、第8研究所の所長になる。
そのことは義信にしても信じられないようなことだったに違いない。
「ここからは俺の想像です。それからあなたは自分を慕う魔法高校の生徒を使って則之にちょっかいを出したんじゃないんですか?」
いつから始めたのかは祐介には分からない。
それは中学に入ってからすぐなのか、定期的に行われていたのかは定かではない。
「それがエスカレートしてこんな廃工場に則之を呼び出し、第8研究所の所長を辞退することを強要したんじゃないですか?」
そして今日のように廃工場に則之を呼び出し、痛めつけていた。
第8研究所の所長を辞退するように。
「これがことの顛末です。どうですか? 俺の言っていること大体当たってたでしょ?」
「てめぇ‥‥」
にっこりと笑顔を見せる祐介と憎らしげな表情を崩さない義信。
2人の表情は正反対であった。
「何故、お前が知っている。日笠家の内情を。まさか‥‥」
義信は則之の方を咄嗟に見るが、当の本人は目を見開いたまま驚きの表情を崩していない。
その顔は今の話を以前から知っていたようには思えない。
「則之からは聞いていませんよ。あくまで風の噂です」
本当は佳代から全て聞いたのだが、そのことを祐介は語らない。
「祐介‥‥あなたは‥‥」
則之の顔に浮かぶのは悲しみかそれとも怒りの表情か。
真正面から則之の表情を見られない祐介にはそれがわからない。
「面白いな、祐介君といったかな。そこまでの仮説を立てるとは君は本当に面白い。将来小説家にでもなったらどうだい?」
「そうですね。後半は俺の仮説です。ただ、今の話には1つ間違いがありました」
そう言うと祐介は真剣な顔つきで義信に向き直った。
「則之はあなたよりも劣っていませんよ。こんな工場に人を使って呼び出して、複数人で則之に暴行を加える下劣なことをするあなたみたいに」
祐介が話し終えると、突拍子もなく義信は笑い出す。
義信の周りの取り巻き達もその様子に若干引いているように見えた。
「面白い。本当に面白い人間だよ君は。だが、1つ君に質問だ。君はどうしてこの話を則之に話す?」
義信は口角をあげ、祐介のことを見る。
実際この話は今すぐでなくてもいいと祐介は佳代から言われていた。
「この話は則之君も知らない事実がいくつかあったはずだ。それを何故躊躇なく話す? 都合の悪い、知りたくもない真実を? 君達は親友じゃないのか?」
それは義信にとっては不思議なことだった。
自分の友人に都合の悪い真実を告げる事がどんなに都合の悪いことなのか。
それだけのリスクを犯して祐介が都合の悪い真実を話すことが義信にはわからなかった。
「どんなに都合の悪い真実だって、いずれは乗り越えなくちゃいけないんですよ」
転生前に出会った則之はこの事実を乗り越えるのに2年かかった。
それは多分、誰の手も借りずに1人で乗り越えてきたものである。
「だからこそ俺は則之にこのことを言った。則之がこの事実を乗り越えるために。俺も手を貸したいから」
祐介は転生前、則之に自分が進むべき道を探すヒントを貰った。
だから今度は祐介の方が則之の進む道を探すのを手伝いたかった。
「則之君のため? ばかげてる。それは君のエゴじゃないのか? いきなり教えられた真実を乗り越えられる奴なんかいるものか」
「それでも俺は則之が前に進む手伝いがしたい。自分の道を探すのを手伝いたいんだ。あの時、俺にしてくれたように」
後半部分は誰にも聞こえない声で、ボソリと独り言のように祐介はつぶやく。
祐介の表情は言いにくそうで、それでいて妙に苦しそうな様子に則之も気づいていた。
「ほぅ、なるほど。君が殊勝な心がけをしていることはわかったよ」
義信は落ち着きを取り戻し、祐介のことを冷静に見ている。
その様子を見て祐介の背筋に寒気が走る。
「でも、君は忘れていないか? ここには僕を慕う関東魔法高校の生徒達が多数いることを」
義信が合図をすると周りの取り巻きが片手にMTを持つ。
全員がMTを掴むその光景に祐介はぞっとする。
「君が何でここまでたどり着いたかわからないが、君を力で屈服させることぐらい今の僕には難しくない」
祐介の顔がどんどん青ざめていくのが義信達には見て取れた。
それを見て義信は勝ち誇った顔をする。
「冥土の土産に聞いてあげようか。どうして君はここまでたどり着いたんだ?」
「それは‥‥‥‥」
『わ~~ん祐介さんどこにいるんですか~~。私を1人置いて勝手に逃げないで下さ~~い』
『いたぞ。あの女だ。さっさと始末しろ』
『うわ~~ん。こっちにも不細工な不良達が世界一可愛くて美しい学園のアイドルである私のことを追いかけてきます~~』
『不細工は余計だ。不細工は』
遠くから聞こえてくる女神の叫び声に祐介は冷や汗を流す。
「なるほど。君は仲間を犠牲にしてきたのか。先程の友愛精神はどこにいったんだろうね」
「うるさい。あいつが勝手に見つかって一人で逃げているだけだ」
実際に女神と祐介は不良達に見つかり、途中で2手に分かれて逃げた。
正しくは袖にしがみつく女神を自分が進む反対側の通路に追いやって、無理矢理分断させた。
その結果、祐介が不良達を撒いたのに対して女神はいまだに追われている。
現在は女神を捕まえるのに残りの不良達は全てのリソースを使っているようにも見えた。
「でも、その子が捕まるのも時間の問題だな。君も含めてね」
そう言うと義信の取り巻き達が祐介の方に近づいていく。
祐介はなすすべもないまま後ろの壁の方へと後ずさる他手段はなかった。
ご覧いただきありがとうございます。
2章も終盤戦です。
次話も今回ぐらい長くなりそうなのでご了承下さい。




