お騒がせな女神と苦労人
「ここはどこだ?」
神山祐介は見たこともない情景に戸惑っていた。
辺り一面真っ白な部屋で箪笥やテーブル等の家具が一切ない簡素な部屋。
窓もドアも見当たらないので、部屋というよりは箱といったほうがしっくり繰るようなそんな異様な場所である。
「俺は一体何をしていた?」
祐介は冷静に先程までの出来事を思い出す。
彼は先程まで自分の部屋の中で昼食であるカップラーメンを食べていた。
その直後、胸をバッドで強く叩かれたような衝撃が襲い、何もできぬまま地面に付したことまでは記憶にある。
「あなたは死んだのですよ」
「誰だ?」
祐介の目の前に現れたのは背中に羽を生やした金髪の女性だった。
白いワンピースに似た服を羽織、その美しい金髪は腰の付近まで伸びており、その髪はまるで金色のシルクの糸。
その上顔立ちは北欧で祭られている女神のようであり、その表情は柔和な笑みを浮かべている。
その美しさに祐介はただただ見とれていた。
「私は世界を統べる神です。そうですね‥‥『女神』といってくれても過言ではありません」
「女神‥‥」
「もしくは『女神ちゃん』と言ってくれてもかまいませんよ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
一瞬目の前の女神が何かおかしいことをつぶやいたような気がする。
死ぬ直前まで、体を壊して療養していた祐介は自分の耳までおかしくなっていると思い聞き流すことにした。
「女神、ここはどこなんだ?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「聞こえないのか? ここはどこだ? 説明してくれ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥女神ちゃん? ここはどこなんだ?」
「ここですか? 今あなたのいる場所は生と死の境目です」
「お前、女神ちゃんって呼び方気に入っているだろう?」
祐介は目の前にいる女神に対して頭痛を覚えた。
先ほど迄、聖母のような慈悲深い性格なのだと思っていた、がそれが幻想だと気づき女神のイメージがガラガラと音を立てて壊れていく。
「はい、気に入っていますよ。だってそっちの方が可愛いじゃないですか」
「そうか‥‥‥‥もういい、俺が間違っていた」
祐介は目の前の女神に頭を抱えつつも、今自分の置かれた立場を整理する。
自分はどうやら部屋で倒れて助けが来ないまま息絶えた。
そして現在、生と死の狭間で女神が天国へ連れて行ってくれようとしている。
想定より早いお迎えだが、現在の彼の状況を考えれば今回の件は好都合なのかもしれない。
「それよりも随分とあなたは落ち着いていますね。ここに来る人は大抵自分が死んだことなんて受け入れられなくて、怒り狂う人や命乞いをする人しかいないと思っていたんですが?」
「俺をそんな奴らと一緒にするな。死ぬ覚悟はいつだってできている」
「えぇ~~~~、つまんないですよ。私、人の嘆きや怒りを見るのが楽しみでここに来たんですから」
つまらなそうに語る女神に対して、祐介はあきれていた。
女神と言うのは慈悲深く母性にあふれた人だと考えていたが、実際はただの自己中の性格が曲がった存在だったからである。
女神が一言一言しゃべるたびに、想像と現実に大きな隔たりがあることに祐介は気付かされていく。
「ちょっと、待って下さい‥‥‥‥ふむふむ、死因は心臓発作‥‥‥‥でも、もう病状が末期だったんですね。あなたがすんなりと死を受け入れている理由がわかりました」
どこからともなく取り出した紙の束を一瞥すると、女神は納得したような表情を見せた。
祐介は元々不治の病に侵されていて、医者からは5年以上生きられる確率は30%という診断を受けている。
治療を施しても完治することがない病で、病名も不明。
彼が仕事を辞めるきっかけもその病が原因だった。
「俺のことなんかどうだっていいだろう。それよりも早く天国へ連れて行ってくれ」
「天国?」
目の前の女神は目を開きながら不思議そうに小首をかしげている。
「そうだ。俺は天国に行けるんだろ?」
「いえ、違いますよ。あなたは地獄行きが決定しています」
女神の言葉は祐介にとっては寝耳に水の回答である。
彼は現世で犯罪等悪いことをした覚えがない。
むしろ社会貢献をしてきたのに地獄行きという仕打ちはあんまりである。
祐介は何故彼女が地獄行きを通達したのかが理解できなかった。
「何故だ? 世界的な発明をして、社会に貢献してきた俺がなんで地獄行きなんだ?」
「確かにあなたの発明は素晴らしいものがありますが、それ以外のものをないがしろにしすぎなんです」
「何だって?」
「こちらを見て下さい」
女神が壁に1m四方の四角形を描くとその囲まれた部分から映像が見える。
「あなたのいた世界では、魔法という概念が存在しましたよね」
「あぁ。あの謎のテクノロジーが生み出されたからこの世界は潤っていたんだ」
祐介のいた世界ではある時、人間からある不思議なエネルギーが検出された。
それは魔力となずけられ、その力をを行使すると体の限界以上の力を引きだしたり、遠くのものを動かせることができた。
ただ、この世界の人間はその力を資源利用できないかと考える。
数々の学者が実験を重ねた結果、術式という魔力を他の物質に変換する装置を開発することに成功した。
人々は魔力の変換装置を"Magic tool"通称MTとなずける。
また、MTにつける術式を開発する端末のことを"Magic Assist Device"通称MADと呼んだ。
「『神山祐介はこの世界で、誰も考えたことのない様々な術式やMTを開発。その発明は世界の資本を根本から変えるぐらいの影響力を持つものであり、彼の実力は世界3指に入る』 報告書なんて見るもんじゃないですね。これには上辺で見繕ったものしか書いていません」
「上辺って‥‥‥‥俺はこれだけの発明をしてきたんだ。何が不満なんだ?」
女神は祐介のことを鼻で笑い、報告書のあるページの箇所を指をさす。
そこには祐介の中学時代と高校時代のことが詳細に書いてあった。
「この資料によると『中学3年生時、いじめを機に引きこもり。幼馴染の九条莉奈の手によって定期的に学校に出るようになり無事卒業』 と書いてありますが?」
「いい話じゃないか。誰にでも挫折の1つや2つはあるだろう?」
女神は祐介の方一瞥し次の部分を読み上げる。
彼女が彼を見る目は虫けらでも見下ろすような目つきだった。
「『国立魔法学校魔法学科進学。クラスメイトにいじめられた末、2年生の9月で高校中退』これについてはどう思いますか?」
「その後をよく見ろ。次の年に大学検定に合格。魔法大学の一般試験で唯一の外部進学者になっている。確かに中退は印象が悪いがこれも挫折のうちに入る。このことがなければ俺は優秀な魔法技師になっていなかったんじゃないか?」
「そういう問題じゃないんですよ。あなたは中学時代の仲良し4人組のことを覚えていますか?」
大声で怒鳴る、女神が言っているのは祐介の友達のことである。
九条莉奈、日笠則之、黛恵梨香、三枝吹雪の4人のことを指していると祐介は気づく。
この4人とは中学時代は一緒にいたが、祐介が引きこもったことをきっかけに疎遠となってしまった。
唯一九条莉奈とは連絡を取っていたが、それも高校中退まで。
高校中退後、祐介は彼らの進路を人伝でしか聞いたことがない。
「知ってるよ。人伝だが4人がどういう進路に進んだかは把握している」
4人全員が自分の思い通りの進路に進み、それぞれの舞台で活躍しているらしい。
莉奈と吹雪は魔法一族の当主、則之は国立魔法研究所のエリート技術員、恵梨香はお茶の間に大人気の国民的アイドルと人伝で聞いている。
祐介が営業先の人にその話を聞き、かつての友人が活躍しているのを誇らしく思っていた。
「ふ~~ん、じゃあその4人組が不幸な結末を送っていることも君は知っているんですね」
「不幸だと?」
祐介が聞いた話には4人組が不自由している話を聞いたことはない。
彼が営業先から聞いた話では、4人が幸せそうに暮らしているものだ。
目の前にいる女神は、どこから取り出したのかわからない紙束を手に取りあるページをつまらなそうに読み上げた。
「『三枝吹雪、大学卒業後三枝家当主として海外の魔法一族との外交に注力する』‥‥」
「そうだ。俺はその話を聞いて‥‥‥‥」
「まだ続きがあります。『2年後、三枝家の末弟の謀略により当主の地位を追放。以後日本の魔法一族を根絶やしにするためのレジスタンスを結成する』 これがあなたの言う幸せなのですか?」
「嘘だ。俺はそんなこと1度も聞いたことがない」
目の前の女神に祐介は掴みかかり、懇願するように彼女を揺するが女神の表情が崩れることはない。
ただ、淡々と祐介が知りたくもない事実を羅列していくだけだった。
「『日笠則之、大学卒業後、国際魔法研究所に所属。その後違法なMTを開発し、海外のテロ組織や国内のレジスタンスに横流しをし大金を稼ぐ』世界中からテロリストとして国際指名手配されていますね。『黛恵梨香、昼は国民的アイドルだが夜の方でも国民的アイドルに。毎晩テレビ局やレコード会社の社長を相手に夜のアイドル活動を‥‥』」
「頼む。それ以上はやめてくれ。聞きたくない」
祐介は女神の前で膝から崩れ落ちるように倒れた。
祐介は今告げた言葉が全て嘘だと信じたい。
この女神の言っていることは嘘なんだと。
しかし、この部屋には女神と祐介の2人しかいない。
祐介に目の前の女は嘘つきだとと言ってくれる人は誰もいなかった。
「最後に、九条莉奈です」
「莉奈‥‥」
中学時代、毎日祐介の世話を焼いてくれた莉奈。
朝から祐介の家まで向かいに行き、学校へ無理矢理連れて行かれたのは祐介にとってはいい思い出である。
高校を退学する時も、最後まで心配してくれたのが莉奈だった。
そんな莉奈のことが祐介は好きだったが、許嫁のこともありあきらめた経緯がある。
彼女の結婚式には行けなかったが、後に届いたウェディングフォトには許嫁と思われる男性と笑顔で笑いあう莉奈の姿が映っているのを見て感動したものだ。
「『九条莉奈、魔法大学卒業後、別の魔法一族の男と結婚。九条家の当主として幅広い分野で活躍』‥‥‥‥」
「ほら、莉奈はちゃんとした人生を歩んでいるじゃないか」
「続きがあるので黙って聞いていてください」
女神は不機嫌そうな表情を崩すことなく、ただ淡々と文面を読み進めた。
「『その後子供を身籠り、産休中夫に九条家の臨時当主を任せる。出産後、夫は愛人を九条家に連れ込み九条莉奈は別邸に幽閉される』‥‥もしかしたら彼女が1番不幸なのかもしれません」
「何で‥‥‥‥何で‥‥‥‥」
祐介には続きの言葉が出てこなかった。
責任感があり、面倒見のいい莉奈の人生の末路がこんなことになっていることを彼知りたくはなかった。
祐介の心境は後悔だけしか残っていない。
4人のがんばりを励みにして生きてきた祐介にとって、4人の人生の末路は自分の死という事実よりも辛い。
「最後に、これを見て下さい」
女神が指刺すのは先ほど女神が四角形で囲んだ所である。
そこにはある映像が移されていて、その光景に祐介は驚愕する。
「何だ‥‥‥‥これは‥‥‥‥」
「これが、あなたが死んだ後の世界です」
女神が見せた世界は祐介にとって驚愕のものだった。
魔法を使用し、近隣の村を燃やし尽くし逃げ伸びた人も抹殺する映像。
そして大量の死体の山を見て、笑顔で笑う兵隊達。
この世のものとは思えない映像がそこには映し出されていた。
「あの後、九条家は政府を煽り隣国との戦争に突入したのです。日本が起こした小さな戦争はやがて世界のあらゆる所に波及していきます。これが後の世界大戦となりこのような事態となりました」
淡々と語る女神は先程とは違う少し困った様な表情を浮かべていた」
先程祐介と出会った時のハイテンション具合とは大違いである。
「なお、この戦争の主犯は九条家です。九条家の当主は九条莉奈なので彼女はこの後極刑にさらされるでしょう」
「なんで莉奈がそんな目に合わないといけないんだよ」
「全部あなたがいけないのでしょう。莉奈の好意を踏みにじったあなたが」
莉奈の好意は祐介もうすうすではあるが気付いていた。
ただ、2人の間には身分という大きな壁が立ち塞がっている。
莉奈が名門魔法一族九条家の次期当主で祐介はただの魔工技師。
そんな身分違いの恋が成就するはずなどない。
「俺は‥‥‥‥‥‥‥‥間違ったことはしていない」
「あなたがどう思おうが私はかまわないです。ただ、あなたの所為で私はこの世界を統べる権利をなくしてこうして死者のお迎えなんかしているんです。もう、左遷ですよ。左遷。どうしてくれるんですか」
祐介の頭を女神はぽかぽか殴るが、女神の言葉は祐介の耳には届かなかった。
彼の顔は絶望に染まっていて、全てのことがどうでもよくなっている。
そんな絶望の淵にいる祐介は昔のことを振り返っていた。
中学時代の4人でバカしたこと、文化祭に体育祭、楽しかった思い出が走馬灯のようによみがえる。
「‥‥‥‥昔に‥‥‥‥戻りたい」
「昔‥‥‥‥」
祐介の何気ないつぶやきを聞いた女神は、考えこむしぐさを見せた。
そして手を一回叩くと『その手があったかと』とつぶやく。
「そうです。昔に戻ればいいんですよ。そこで世界を正常に戻せれば私の左遷もなくなる。妙案です」
女神はうれしそうに祐介の手を取る。
その顔には先程までの苦い表情は浮かんでいない。
「何を言っている? 他の世界への転生はファンタジーの世界で聞いたことはあるが、過去の世界に転生なんてできるのか?」
「できますよ。そこは必殺の女神ちゃんマジックに任して下さい」
上機嫌な女神は鼻歌を歌いながら祐介にウインクまでしている。
この女神のテンションについていく祐介は困惑していた。
「俺の処遇は? 地獄行きじゃなかったのか?」
「あれは私の腹いせ‥‥違った、一存で決めたので問題はないです」
「待て、今腹いせって言ったよな。それに言い直しても同じ意味‥‥」
「さっそくレッツゴー」
次の瞬間、女神と祐介の姿が真っ白な部屋から姿を消す。
部屋に残されたのは、床に散らばった大量の紙束だけだった。
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