ケダモノは生贄を手に入れる
このふたりはなんだかんだ言ってこんな感じです。しかしオチがない。
季節は春。庭園は、まさに絢爛と表現するがふさわしく花々で咲き誇っていた。大国と呼ばれるクロウシルヴァーである。その威光を如実に示す王城、しかも王族と特別に許可を得た貴族しか立ち入れない第一庭園ともなれば、東方から莫大な輸送費をかけられた花すらも見ることができる。
その片隅に置かれたベンチにも、美しく咲き始めた花が一輪―――。
「うふふふふふ……ようやくあなたをモノにできましたわ……」
綺麗な花には棘がある。
先人はうまいことを言った。己の膝の上にちょこんと腰かけつつほくそ笑む可憐な少女を見遣りつつ、エヴィシンス公爵アレクセイ・ロウランドはしみじみ思った。
可憐な少女はリーフィティア・エルシュナ=クロウシルヴァー。国の名を持つことからも判るように、れっきとした王族、国王の同母の妹という、この国で最も高貴な姫君である。
つい二時間前に国王陛下から半年後に公爵に嫁ぐよう勅命を受けたばかりだった。
いつものように待ち合わせをしていると、珍しく小走りに駆け寄ってきた王女が「陛下にお許しを戴きましたの。わたくしはもうあなたの婚約者です!」ときらきらしい眼差しで告げてきたので、ひとしきり抱きしめてキスをしたところだった。
妖精姫という愛称にふさわしくないいささか不穏な発言があったが、公爵は棘もふくめてこの花にべた惚れだったし、うつくしくはあるけど、それだけの王女はつまらないと思ってしまう程度には調教(え)されていたので、ぴるぴると脅えつつも膝の上の婚約者を抱きしめる腕の強さに変化はない。
大変恐ろしいけど、嬉しさのためか薄紅色に染まったほおを胸元にすりすりしてくるさまはありえないくらいかわいい。
かわいいので、先ほどさんざんにキスをして紅くなった唇に、もう一度口接ける。一回では足りなかった。もう一回。いや、あとじゅっか(以下略)
「ん、アレク。だめです、これではあなたの声が聞けません」
声を、聞かせて。息をかすかに荒げながら婚約者にねだられるけど、彼の脳みそに妖精姫が存在しない場所はない。唇からもれたのは結局目の前の姫君についてだ。
「ひめぎみ」
「名前を、呼んで」
「リーフィティアさま」
「違うわ」
「―――リーフィー」
腕の中の小さな身体がすりよる。ぴったりと、己の形に添う。
「リーフィー……リーフィー―――ああ、私のだ」
あふれる幸福感のままに抱き寄せると、彼女の唇から吐息がもれる。苦しそうではないか、と耳をすませるのはほとんど無意識だ。
ミルクティー色のふわふわとしたいい匂いのする髪に王家にしかない夢見るような湖水色の瞳。妖精姫と呼ばれるにふさわしいのは外見だけで、性格は腹黒いし実はしょっちゅう高笑いしていることは熟知してしまったが、それでも彼女が小柄で華奢な体格をしていることは事実だ。自分たちには大人と子供と表現しても追いつかないくらいの身長差があるのだ。壊しそうだ、とひやりとするのは、はじめて触れたときから変わらない。
「よく、陛下が婚約を許してくださいましたね」
いまさら疑問を感じて呟く。もし陛下がこの姫君の本性を知らないのなら、悪い噂が叩き売り状態の自分のもとにやるのは悪夢だろうし、本性を知っているなら自分の目の届く位置から離すのはものすごく不安だろう。
「許していただけるに決まっていますわ。兄上はわたくしの脅しに勝てるか、という意味ではそのような力はございませんもの」
「……」
どうやら自分は婚約に浮かれていたらしい、と公爵は気付いた。
膝の上でちんまりしている王女は可愛かったが、ぶっちゃけ今も可愛いとやっぱり思うが、さらっと大国の国王陛下を脅したとか仰せになった。これでこそ王女だ、とがたがた震えつつほっとしてしまう自分はひととしてなにか終わってしまったらしい。
にこにこと王女は笑っている。
公爵は背中を冷たい汗が伝うのを感じた。彼が犬だったら尻尾巻いて逃げ出している。すっげえ怖い。だけど今のうちに聞いておかないと変な想像をして悪夢にうなされそうだ。
「……………………な、なんとおっしゃったのですか?」
「うふふ。陛下がいまだに独身であることはご存知でしょう?」
「ええ、もちろん」
実はこの王女が原因の一つなのではないかと思っている。生半可な権力欲や愛情では、彼女が本性を出した場合太刀打ちできないだろう。なんだかんだいってブラコンだし。
「兄上はこの国の陛下でいらっしゃいますし、即位なさる前も皇太子殿下でいらっしゃいました。どちらにしろ、後継をもうけることは義務、という立場です。今まで兄上に来た縁談は百や二百ではありませんの。
つまり、それにもかかわらずいまだに独身でいらっしゃるのは、すべてふられてしまったからですわ」
ふったのもあるかもしれないが。どちらにしろ破談になったから現状がある。
「ですから」
にっこり、と王女の笑みが深くなる。最凶のロイヤルスマイル。
「陛下が十歳のみぎりの最初の縁談から、ひとつももらさず、女性のネットワークを駆使した、縁談相手の姫君の忌憚ない本音を教えてさしあげましたの」
うわあ。
畏れ多いことに、公爵は臣下の身分にありながら国王陛下に心の底から同情した。
王女はずっと笑顔だったに違いない。そう、たぶん今目の前にある感じの。
「そうしましたら、即位なされてからの縁談に辿りつく前にお許しをいただけましたのよ」
それだけでも心はへし折れて粉々に砕けておまけに風に散ってしまったに違いない。
公爵はちょっと泣いた。陛下はもちろん、根本のところで婚約を全然嫌がっていない自分にも。いつのまにここまで調教されたのだろうか。我ながらびっくりである。
する、と細い腕が首元に回される。
「うふふふふふ……ようやくあなたをモノにできましたわ……」
目を輝かせる王女はとんでもなく可愛い。
それは間違いはない。ないの、だが。
王様こんなのに負けるのかよ、とお考えかもしれませんが、実際はこれの百倍えげつない、とお考えください。妖精姫もおんなのこなので婚約者には一応猫かぶります。