海! その②
「ヒャッハアァ! 到着したぜ、やろうども! ……仕事は午後8時からなので……大体5時くらいには帰ってきてくださいね」
田中さんの荒い運転のせいもあり、あまり気持ちのいいドライブではなかった。窓から外を見渡すと一面海が広がっていた、波が光を反射しガラス越しに目に飛び込んでくる。
「ありがとうございました」
しかし不思議な人だ。性格もさることながら、これだけ荒い運転にもかかわらず誰一人車酔いを起こしていない。もしや新手の……。
「スタンド使いではないぞ」
「いや分かってるけどさ」
不思議な能力的なものを持っている人を見るとこう言いたくなるのは俺だけだろうか?
「おお、潮のにおい」
鼻を動かしながら腱が反応する。外に出てその匂いをしばし堪能しながら、周りの反応を見る。
「さてとりあえず旅館に行きましょう、荷物置いてから着替えて……そうね12時に現地集合で」
「了解」
唱の言葉に促され一同が旅館に向かう。距離はあまり遠くなく、徒歩3分ほどだそこで女子陣と別れ部屋へとやってくる。
「おお、広いな」
部屋に入ったときに出た言葉はそれだった。クーラーに大型テレビ、冷蔵庫、トイレと風呂も広い。とはいっても露天風呂があるからそっちに行くつもりだが。ベランダからは海が一望できる、今日の夜のイベントのためもあるのか、多くの人が集まっている。
「迷子にならなければいいがな」
「お前も早く着替えろよ」
「へ……、って早ッ!」
二人はすでに着替え終わっていた。そして二人にまじまじと見られながら俺も着替えを済ませた。まあ男だからいいんですけど、そんなに見ることはないだろ。
「海は~広いな~大きいな~♪」
パラソルを組み立て、日陰で男三人がまとまっているのは日光の当たっている外よりも熱い。
「お前歌下手だな」
「同感」
けろっとした顔で歌い続ける腱にその言葉は効かなかった。
「やあ、待ったかい?」
そしてようやく女子陣が到着した。
「あれ? スクミズじゃないのか?」
小雪はこの前のプールで着ていたスクミズではなくワンピースタイプのものになっていた。白を基調とし黒で花柄が描かれている。
「お前の反応がいまいちだったからな、どうだ?」
「いいんじゃないか?」
そんな無愛想な反応に不満なのか頬を膨らませる小雪。いつもと違う可愛らしい表情だ。
「鏡さん、どうかな?」
響は黒に縦の赤のラインがなぞるタンクトップ型の水着だ、おかげで露出が比較的抑えられている。ボーイッシュな響にはよく似合い、たいへん可愛らしいものだった。
「ああ、可愛いよ、どうしたんだ?」
「お姉ちゃんに選んでもらったんだ」
くるりといっ回転して腕を後ろで交差させ前傾になる響。そのとき何か気づいてはいけないことに気づいてしまった。
「ずいぶんと私とは反応が違うんだな」
「だめだ来ちゃいけない、お前にはこの現実は過酷すぎる……」
「なにが……はッ!」
その事実に気づき小雪はその場に崩れ落ちる。
「バカな……そんなことが……」
「現実ってのは残酷だな……」
意味が分からないらしく響はきょとんとしている。
「ああ、中学生に負けたんだからな」
ゼロは決して勝つことはできない、せいぜい引き分けることがやっとだ。その残酷な現実を神は彼女へと与えた。
「ん? 松……音色どうしたんだ?」
もじもじとパーカーに身を包んだ音色が少しはなれたところから見ている。コンタクトが使えないためか眼鏡をかけている、うんキュート。
「な、なんでもないよ」
さらに距離を置く音色、それを追いかけるように俺はパラソルから出た。
「なんでもなくないだろ? どうしたんだ?」
「なんでもないってばぁッ!」
なんでもないなら逃げないだろう、しかし俺に短距離走を挑むとはいい度胸だ。
「よーいドン」
全力疾走で追いかけるみるみるうちに距離は縮まり、音色を捕まえることに成功する。
「どうしたんだって」
「どうもしないから、離してよ」
ばたばたと暴れる音色、パーカーを着続けていることといいなんとなく気づいた。
「ところで、そのパーカー脱がないのか?」
「うッ……見たいの?」
人間というのは天邪鬼にできている。見るなといえば見たくなるし、見ろと言われると見た上で荒を探したくなる。うまくその心理をつかれたと心の中では気づいてはいたが、やはり俺も人間だ。
「見たい」
「そっか……せっかく海来たんだもね、……特別だからね」
人間特別だとか限定という言葉に弱い、これまた心理的なものだ。ついパーカーのファスナーを目で追ってしまう。
「どう……かな?」
パーカーを肩まで脱ぐ音色、中からは少し大胆にも思える紺のホルターネックタイプの水着。他の二人とは異質な雰囲気を放っている。
「なんつうか……すげー可愛い」
ついつい目をそらしてしまう、少し気を許せば自身見入ってしまうほどの色気的、否、色気を感じる。
「それとさ……」
「なに?」
「着痩せするタイプなんだな」
「それって……『この豚醜いんだよ』って解釈でいいの?」
少し息を荒げながら言う音色、この変態遠まわしな物言いが効かないのは分かっていたはずだったが。それを認めてしまう自分が怖かったため、言葉を濁した。
「違う、スゲースタイルがいいって言いたかったんだよ!」
一瞬きょとんとした顔を見せてからカーッと赤くなる音色。変態じゃなければさぞかし可愛いのだが、それがその可愛さを半減させてしまっていることは言うまでもないだろう。
「あああ、ありがとウサギィッ!」
腕を振りほどき再び逃げる音色、あのウサギちゃんを捕まえるのは後にしよう。
「さてと、そろそろ慰めてやるか」
パラソルに戻ると先ほどよりも小雪はグロッキィな状態になっていた。腱や如月先輩、響の姿はなかった。
「小雪! 誰にやられたんだ」
「きょ……う、あいつには……きを……」
こくりと意識を失う小雪、貧血なのかな?
「そこの下僕、サンオイルをぬらせて上げてもいいわよ?」
その声の元を追って視線を動かす。そこには松戸唱がいた、水着はビキニタイプで女子陣の中では一番大胆といえるだろう。サングラスをずらし上目で見てくる。
「誰が……」
「ふーん」
立ち上がるとサングラスを折りたたみ布地の間の紐に引っ掛ける。Oh、デカルチャー。なるほどこれが小雪が倒れた理由か、サングラスによって強調される胸がそれを物語っている。眼鏡でないのでは少し残念だがサングラスは妥協点といってもいい、サングラスがそれを強調しそれがサングラスを強調する。すばらしきこの相乗効果。いい、すごくいい。
「塗らせてください」
すんなり頭を下げてしまう、すると足をその上に置かれる。
「ふふっ、いいざまね」
「……」
黙って耐えよう、それが一番だ。
「ねえどんな気持ち? 頭に足置かれてさぞかし楽しいでしょ?」
無言を貫きその姿勢を維持する。しかしだんだんイライラしてきた。
「ねえ、なにか言ってみなさいよ、言葉も使えないの? 猿以下ね」
「……せぇ」
「はっ? 聞こえないんだけど、僕しゃべれますかー?」
「うっせぇって言ったんだよ、いい加減にしろよ」
頭を上げると体勢を崩し倒れる唱、この際だ徹底的にやってやろう。
「何するの……よ」
サンオイルをビチャビチャと手に絡ませる、さて反撃と行こうか。
「唱様、今から御塗りしますので覚悟しやがれです」
「ちょ……ちょっと」
ぺたりとへその上あたりに手形をつける、そしてそれを徐々に広げていく。
「やめッ、ひゃう……何するニョッリョ……はうッ! 前のほうはいい……やぁッ!」
「はぁ、なんといっているのか聞こえませんね、てか理解できません……猿以下なもんで」
鎖骨や首筋ににも伸ばしていく。
「ちょっと、なにッ! 止めなさあッ! ごめんぁっなさい……私が悪きゃったから許ひへ」
「ねぇ、どんな気持ち? さっきまで優勢だったのに立場が逆転してどんな気持ち?」
俺? 俺は最高に楽しい。やっば俺変態かもしれない。
「ううッ……何よ、謝ってりゅぎゃにゃいッ!」
「はぁ? その程度? 誠意が足んないんじゃないかな?」
「ごめんなさい、私がぁ悪かッ! ったです。みょうりゅりゅしてくだはい」
「よくできました、でも……やだ」
ふっ、まさに外道!
「しょしょんにゃ、いりゃッ、りゃみぇてぇ、いりゃぁぁぁあああぁぁぁああああッ!」
~数分後~
「こうゆうのも……悪く……ないかも……」
イエイ鏡君大勝利!
「テメェの敗因はたったひとつ、たった一つのシンプルな答えだ……テメェは俺を怒らせた」
「聞こえはいいですが、最悪ですよ鏡君」
どこかで聞き覚えのある声、誰だろうか……ああ考えたくない。
「ワタシキョウジャアリマセン」
「そうですか、ワタシの弟にとても似ていたので、これは失礼しました」
そこには姉さんに似ている人がいた、いやほんとに似てる。
「ソウデスヨ」
「ところで、ワタシの弟は趣味が悪く眼鏡なんて集めてるんですよ」
「へ、へぇ面白い趣味ですね」
「まったく眼鏡なんて、ホント趣味が悪い」
「いくら姉さんでもそれ以上はッ!」
気づいたときには天地がひっくり返り関節技を決められていた。
「あら、お久しぶりです鏡君」
「久しぶり、僕すごく姉さんと会いたかったよ」
愛しの姉との感動の再開、ははっ泣けてくる。
「千鶴! 来てくれたのね」
すると意識が飛んでいたはずの唱が反応する。
「ごめんなさいね、何回も誘ってくれてたのに」
「別に気にしてないわよ、そんなことより来てくれてうれしいわ!」
この会話から察するに二人は知人なのだろう。
「話があるみたいだし、俺は……」
「待ちなさい」
そういいながら首をつかまれる。すごい握力だ、ほんとロッククライミングとか始めればいいのに。
「首が折れそうだよ、姉さん」
「それはよかったですね、とりあえずそこに座りなさい」
座りなさいというわりには足払いをしてそこに座らせるんだから、さすがは姉さんだ。
「もしかしなくても、彼がよく話してた……」
「ええ、残念ながら私の弟です」
信じられないような、納得したようなあいまいな表情でこちらを眺める唱。
「なるほどね」
「何がだよ」
「そういうとこ」
満足そうに笑いながら再び唱は姉さんのほうに視線を向ける。
「そっか、今日はがんばらなくちゃね」
いつものピリピリした態度とは異なり、無邪気な微笑を浮かべる唱。っち、やればできるじゃねぇか……可愛い。
「楽しみにしてるわ」
さてお話も済んだし、お楽しみの鉄拳制裁タイムだぜ! ……ホント楽しみ。
「さて鏡君、好きな指を選んでください」
「どうせ選んだ指を曲がっちゃいけない方向に曲げるんでしょ?」
やれやれとこめかみを押さえ頭を振る姉さん。
「鏡君、姉さんがそんなことすると思いますか?」
姉さん、僕は姉さんのこと誤解してたよ。マジ天使、愛してる。
「そこ以外を全部折るんです」
姉さん、僕は姉さんのこと誤解してたよ。マジ悪魔、ヘルプミィ。
「許してください」
「それを決めるのは私じゃありません」
視線を唱に向ける姉さん、もう俺の指の結末は見えてるよ。
「別に私は構わないは、……千鶴の弟だし」
「だよね、右手の人差し指でお願いしま……え?」
照れながら明後日の方向を見てる。ワットハプン?
「ああ、もう私今日の準備してくる」
そう言い残して唱はその場から消えてしまう。
「姉さんとしょ……松戸さんは知り合いっぽいけど」
ふとそんな疑問がよぎる。
「ええ、高校のころ仲良くしてました」
「そうなんだ、意外」
姉さんといえば、あの悪魔の風紀委員というイメージしか。
「私だって普通の女の子だったんですよ」
「とてもじゃないけど、普通には……」
「何か言いました?」
「イイエ、オネエサマハフツウノジョシコウセイデシタ」
「そうですか」
「千鶴さん!」
腱が走ってくる。いや全力疾走というべきか、タイムはかったら県大会ぐらいいける速さではないだろうか……知らないけど。
「お久しぶりです」
「あら、お久しぶり」
確か姉さんの教育実習先は腱の教室だったけな。
「そういや、久美は一緒じゃないのか?」
「そういえば遅いですね、さっきジュース買いにいくって言ったきり戻ってこないし……」
「じゃあちょっと見てくる」
そう言いって、楽しそうに会話を繰り広げる腱と姉さんに背を向け歩き出す。
海か……
もう何年も行ってませんね
よろしかったらご感想ください^^




