鑢鏡の挑戦その⑨
こちらは誰一人として塁に出ないまま五回の表を終了。五回の裏、勢いついた相手はその回も2点を取りこちらの攻撃へと移る。
「まだ3点差どうにでもなる」
「すまない俺のせいで……」
「お前のせいじゃない、お前は十分やってるよ」
「……鏡」
「そこの君、今どうなってるんだ?」
おそらくかなり前からここにいたであろう下級生に声をかける。
「えっとですね……今鏡先輩たちのチームが攻めで相手が受けです」
「……」
どうやら尋ねる相手を間違えたようだと気づくのは遅すぎた。しかし鏡のことを名前で呼んだことに興味がわいた。
「1対4で負け気味ですけどまだまだ分かりませんね」
「そうか……」
目の前の少女の名前を自分の頭から引っ張り出してみようと模索する。たしか――――
「いい感じだな」
2アウト1、3塁そして打者は俺、ここで打てば同点まで持っていける。
「よっしゃ、やるぜ」
一球目を見送り感覚を戻す、カウントはボール。そして放たれた2球目を打ち抜く。
「ック、浅い」
相手のライトの頭上を通過したとこまではよかったが、いまいち伸びが悪いフェンスにぶつかりボールは弾き返される。そこからの対応は早くボールは二人目がホームを踏むのよりも早く戻ってくる。
「一点だけか……」
次の打者は打ち取られ攻守交替、点差は2点差だ。
「6回の裏、また点を取られたらさすがに……」
博も本調子ではない、ここをしのぎきれるかが勝敗を左右するといっても過言じゃない。
「ああ、もう俺があいつを信じてやんないでどうする」
博ならちゃんといやってくれるそう思う、何も心配することない。先頭打者は期待にこたえるように博が討ち取る、続く打者は軽いヒットで1塁へと進みそこから再び球が乱れる。
「落ち着け、博」
「そんなこと、分かってるッ!」
普段は物静かな博もさすがに苛立ちを隠せないらしい。
「……すまない、取り乱して」
続く打者は犠牲フライで一塁走者は三塁まで進む。
「ツーアウト三塁か……」
一球目相手はフルスイング、二球目も同様にバットを振りぬく当てられれば怖い。
「博いけるぞ!」
「……」
無言のまま小さく頷く博、しかし放たれたボールは下部を掠められ高く舞い上がる、位置的にはファールだったが俺は走り出した。
「届けッ!」
ダイビングキャッチで地面すれすれのところでボールを取る。
「鏡!」
「これでスリーアウト、チェンジだ」
「何も無茶して取ることは……」
確かにあのバッターの様子を見る限り十二分に討ち取ることは可能だった。だがこれを取ることには十分な意味があった。
「お前は一人でボールを投げてる、俺は見ることしかできないけど、こういうときには全力で協力したいと思ってる」
「鏡……」
「お前は一人で投げてるかもしれないが決して一人なんかじゃない、俺がいる。俺だって一人じゃない、お前や山本他の奴らに支えられてここまでやってきた。今までだってそうやって支えあってきたろ」
「そうだな……俺は一人じゃない」
「キマシッ!」
「君、大丈夫か鼻血が、保健室に連れて行こうか」
「いいえ、私にはこの光景をこの目に焼き付ける義務がありますから」
ティッシュを鼻につめながら彼女は鋭い目つきで試合に目をやる。
「9回の表……か」
互いに追加得点がないまま9回まで進む。9番の博から打順が始まり俺の番が回ってくるには最低2回以上仲間が塁に出なくてはいけない。
「心配するな、お前の番までまわすさ」
その言葉の通り博はボールを打ち出塁に成功する。そこから二人が討ち取られ3番の山本に番が回る。
「おお結構女子が見てるな」
当人はと言うとオーディエンスを眺め喜びをあらわにしている。
「なら打たなきゃな」
突然目つきが鋭くなり、いかにも打ちそうな気配を漂わせている。
「期待してるぜ」
「おぉ」
『フォアボール』
「……」
「何だよその目は、出塁したんだからいいだろ」
「せめてデットボールくらいにしとけよ」
「お前は俺を何だと思ってんだよ!」
「山……まあいい」
「よくねぇよ、山本だ」
ツーアウト1、2塁点差は2点ここに最高の舞台が出来上がった。
「行きますか」
一球目はいつものように見送る判定はストライク、二球目に手を出すが結果はファールこれでツーストライクいきなりピンチに陥る。
「ピンチか……でもここで打てれば最高じゃねぇか!」
3球目ボールはストライクゾーンを通過しようとするが、それをバットが遮る。ボールの中心を捕らえ高く舞い上げた。それはフェンスを越え俺たちは逆転に成功した。
「君、それ以上は危険だ」
先ほどからティシュが鮮血に染まり3回は取り変えている。
「止めません……たとえここで死んだとしても、私はここで死ねるならホモォーです」
5番打者が討ち取られ攻守交替相手の攻撃へと移る。
「ここで2点取られたら……」
「違うだろ? 一点も取られなければ俺たちの勝ちだ」
そこにはいつも通り強気な博が戻っていた。
「さあ、行こうか」
「我が生涯に一片の……悔い……なし」
「おい君! しっかりしろ」
ダムがっ決壊するようにティッシュが血で押し出され、彼女は地面へと崩れ落ちた。
「まったく、誰かこの子を保健室に運ぶのを手伝ってくれ」
結局私はこの試合の勝敗をこの目で確かめることはできなかった。
大変長らくお待たせしました
今回で球技は終了です
いやー長かった
さて次回はまとめとちょっとした話です
もし書きあがってれば2話同時投稿しますね




