鑢鏡の挑戦その⑤
一度データが吹っ飛んだときは泣きかけました
復元前の方が良かった気がします
あの後はどこによるわけでもなく疲れた体を癒すべく帰路についた。電車に乗り時電車を走らせそのまま家へと到着した。
「ただ今」
うんともすんとも返事が無い、恐らくまだ誰も帰ってきていないんだろう。ひとまずシャワーでも浴びよう、汗がうっとうしい。水を出すと20秒ほどでお湯に変わる。少し熱めのお湯が疲れきった体に染み込むように、その疲れを洗い流すようだった。
「ふう」
明日の競技は3つバレーボール、ソフトボール、卓球だ。前二つに関して言えば個人的には得意だ。しかし卓球に関して言えばまったくと言っていいほどできない。
「まあ、考えるのは頭脳派に任せて、俺はゆっくり休むとするかな」
ひとまず休息をとるために自室に向かう。扉を開け目に飛び込んできたものは……。
「何してんだよ、姉さんあと久美」
「あら」
きょとんといかにもそこにいるのが当然のように居座る姉さん。そしてその後ろには見慣れた幼馴染の姿があった。
「鏡くん、そんな哀れも無い姿で姉さんは悲しいです」
やれやれと米神を押さえ、首を振る姉さん。今の俺の装備といえば頭から被っているタオルと薄いシャツとトランクス、まあ中年スタイルといったところだ。しかしそこは問題ではない。
「そんな事を聞きたいんじゃない」
「答える必要はありません、しいて言うなら大事な事です」
「おい久美、後ろに何隠してる」
びくっと身をこわばらせる久美、姉さんの存在感の後ろに隠れているつもりだろうがそうは行かない。
「にゃ、なんでもない」
「にゃんでもなくねえよ、出してみろ」
視線を合わせないようにもじもじと後ろに隠していたものを出した久美。それはまあ健全な男子高校生の部屋になら大概ある本とだけ言っておこう。スッと血の気が引いたのを自身理解した。
「鏡君、この世界には知らないほうが幸せな事があるんですよ」
「ああ、姉さんが知らなくてもいいことを知って、俺は幸せじゃないよ」
「ですがまだ希望を捨てちゃいけません、私達はこれをただの絵本だと思って朗読を始めるかも知れませんよ」
「希望どころか絶望しかねえよ、いいからそれを返せ」
その本へと伸ばした手は綺麗に関節技をかけられ、ピクリとも動かなくなる。
「放せ、考え直すんだ姉さん」
「さあ久美ちゃん今のうちです、その禁書を読み上げなさい」
「え、えっ!? 無理です、そんなの……」
頬を赤く染め恥らう久美、説得するのなら今しかない。
「久美、それを渡すんだ。そんなもの読んだ所で誰一人として得をしない」
「いいえ久美ちゃん読むのよ、そんな事じゃ将来鏡君をサティスファイできないわ」
それぞれの言い分を述べる姉さんと俺。ところでサティスファイってなんだ?
「えっと……、じゃあ読みます!」
「なぜっ!? いったい何のためだ」
「しょ、将来の……」
そんな本を朗読していったい何になるというのか、保育しにでもなるのだろうかだとしたって子供に読むようなもんじゃねぇ。
「『生臭いほど密室した部屋で先生はささやいた「授業を始めましょう」そういって手を伸ばし……』」
「やめろおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおっ、読むなあああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!?」
「聞こえないで……しょッ」
力を込められ腕が引き締まり激痛が走る。吐き気すら覚える。
「いったい何の意味があるって言うんだ、……クソッ」
悔しさで目から液体がこみ上げてくるが出てくる、泣いてなんか無いんだからな。
「鏡君、……これは姉さんとしての義務なんですよ」
「わたしだって、……幼馴染としての義務」
「そんな義務聞いたことねぇ、どこの委員会だよ、ふざけるな」
「鏡君、将来久美ちゃんがお嫁さんに来たらこうしてお世話してもらうんですよ。……いろいろと」
「姉さん、まだそんな事言ってんのかよ。久美だって迷惑だろ」
「わ、私は……ご飯作ってくるッ!」
久美は顔を赤くしてどこかへ行ってしまった、怒っているのだろうか? それはさておきチャンスだ。生憎禁書は久美のいたところの足元に落とされている。
「とどけえええぇぇぇぇッ!」
その先に栄光はある。
「まったく、女の子の気持ちを少しは察しな……さいッ」
再びその場にねじ伏せられる。
「姉さん、いったい何の不満があるって言うんだよ」
「その態度と、趣味です」
「趣味? 何のことだよ」
「鏡君の禁書を見る限り、どこもかしこも眼鏡ばかり眼鏡眼鏡眼鏡、そんなに眼鏡が好きですか」
「好きだッ、文句あるかッ!」
「それだけじゃありません、その中に出てくる女性はたいてい年上しかも強気の人が多い……まるで」
背中から一気に汗が吹き出る。
「ね、姉さんそれ以上言わなくていいから」
「ふふっ、そんなに姉さんの事が好きなんですか? このシスコンが」
終わった、この結論にとうとうたどり着かれてしまった。
「好きじゃない……はずがないだろ。たった一人の兄弟なんだ」
「可愛いこと言ってくれますね。なるほど、だから眼鏡が好きなんですね」
姉さんはタンスの一番上の段を指差した。
「ああ、そうだよ」
そこには比類ないほど大事な宝物がある。
「そうですか、下に行きましょう。久美ちゃんが料理を作っています」
「そうだな」
やっと開放され自由になる。チャンスとばかりに手を伸ばし禁書を取ろうとするが、そこにはもうなかった。
「それとこれは没収します、他のもね」
「そりゃあんまりだ」
「ですが私も鬼ではありません、他のを用意しました」
俺の姉さんがこんなに優しいはずがない。
「私はセンスがいいので、期待してもらってけっこうですよ」
視線をたどるとそこには茶色の紙袋が置いてあった。テープをはがし中身を出す。
「いったい何を……」
ウホッ、いい男。
「おっと、それは姉さんのです。鏡君のはこっちでしたね」
「姉さん、……俺は姉さんが分からないよ」
姉さんはいったい何者になってしまったんだ。
「女性というのは少しミステリアスなくらいが魅力的なんですよ?」
「そんなミステリアスならいらない」
そんな会話をしながら再び紙袋を開封する。そこに入っていたのは『幼馴染との小さなヒ・ミ・ツ』という禁書だった、いや絶対小さくないだろその秘密。
「灯台本暮らしです、幸せって言うのは以外に近くにあるものですよ?」
姉さんが今何を言いたいのか俺には分からなかった。
「は?」
「ふふっ、灯台本暮らしです」
結局姉さんがそのことを教えてくれることはなかった。後の話になるがやはり秘密は小さくはなかった。
指定をかけるべきかかけないべきか……
セーフきっとセーフ
グレーゾーンだもんセーフに違いない
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