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彼女の眼鏡に恋をした  作者: 奈良都翼
松戸姉妹
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松戸音色


 夜の12時を回った時、その電話はかかってきた。


「鏡君どうしよう……」


 電話の相手は音色だった、声から察するにかなり動揺している、鼻をすする音からして泣いているのだろう。


「どうした?」


「響ちゃんが……帰ってこないの」


 悪い予想は当たってしまった。


「とりあえず探してみる」


「私は……」


「行くな、学生がしかも女がそんな遅くに出かけるもんじゃない」


「そんな……私だって」


「とりあえず任せろ、必ず見つけ出して家まで送っていく」




「……うそつき」


 いつもの公園、いつものベンチ、辺りは一面真っ暗で、何も見えない。


「……うそつき」


 見えない、何も見えない、見たくない、何も見たくない。


「……うそつき」


 聞えない、聞きたくない、感じない、何も感じたくない。


「お前は……」


 目の前に誰かいる、でも覚えていない、記憶にない。


「……」


「あの連れは……いないみたいだな」


 信じない、信じたくない。


「こっちに来いよ、この前の奴だ、連れはいないぜ」


「どこかに隠れてんじゃないのか」


「いないって」


 会えない、会いたくない。


「さて、どうしてやろうか」


「そうだな……」




「いったいどこに行ったんだ」


 この前の公園まで来た、人影はない。


「あれは……」


 彼女が前座っていたベンチの所にギターが置いてある、とうの本人の姿は見えない。


「まさか……な」


 それでも最悪の事態は考えなくてはいけない。


「くそっ」




「おい、こんなことして大丈夫かよ」


「構いやしねぇって、あとで脅すためにある程度用意をしておけばな」


「でも連れが来たらどうするんだよ」


「そのために用意ならしておいたさ」


「……」


「おいおい、なんか言ってみろよ、それとも怖くて声も出ねぇのか?」


「……うそつき」


「なんだよこいつ、こんなので大丈夫なのか?」


「顔だけで十分だろ」


「さて……」


「それ以上のことしたら、R15指定かけなくちゃいけねぇじゃねえかよ」


 愉快なお兄い(チンピラ)さんその②の顔面が余計面白い事になり、そのまま倒れこんだ。


「ん、今俺なんて言った?」


「ばかな、外には見張りだって」


「なんだよ、お前の見張りってのは、あのゴミのことなのか?」


「10人近くを一人で、化け物だ」


「10人? 足りねえな、後20人はいなきゃ、俺の気は治まらないぜ」


 更にもう一人を殴る、面白いほど弱い。


「くそっ」


 気でも狂ったのか最後の一人が殴りかかって(殴られれに)きた。


「歯食いしばれええええええ」




「いったいどうしたんだ?」


「……」


「話さなきゃ、分からないぞ」


「……うそつき」


「は?」


「鏡さんのうそつき、お姉ちゃんに言われたから私に近づいて、今だっておねえちゃんに言われたからここに来たんでしょ」


 この口ぶりから察するに俺と松戸が一緒にいるところを目撃されたらしい。


「確かに、あいつに言われたからここに来たし、お前にだって近づいた」


「やっぱりそうなんだ」


「でもな、それもこれも俺の意思だ」


「え?」


「断ることだって出来た、でもそれ以前に俺はお前のファンだ、ここに来たのだってただの追っかけ……かな?」


「それだって嘘なんでしょ」


「嘘じゃない、俺はお前のギターに心動かされたし、いいと思った、だからここにも来た」


「…………」


「今もこれからも俺はずっとお前のファンだ」


 無言のままそっと響は頷いた。


「じゃあ、帰るか」




「そういえばギター公園に置きっぱなしだったな」


「……うん」


 響が見せる表情はいつもの鋭い眼差しも、潤んで何の覇気も宿っていなかった。


「なら取りに行ってくる、もしなんかあったら叫べよ、絶対駆けつけるから」


「うん」


 前より少し明るく響は頷いた




「なんだよ……出るなって言っておいたのに」


 ベンチに向かう途中で俺に飛び込んできたのは、唱と音色の姿だった。唱の冷ややかな視線に比べ、音色は今にも泣き出しそうな表情だ。


「さて、どうしたものかな……」


俺の予想をいい方に裏切ってくれた二人の行動に、自分の頬が緩んでいることが分かる。




「やっぱり自分で取りにいけ」


 戻ってきて一番初めの言葉に、響きは目を丸くした。


「え……」


「いいから」


そっと響きの背中を押した、もう俺の出る幕はないだろう。




 響にとって鏡の行動は、ただただ不可解なものだった。


「音姉ちゃん! 唱姉ちゃん!」


 しかしその意図はすぐに汲むことができた。


「響ちゃん!」


「……」


 二人の姉の姿がそこにはあった。


「その……」


「いい加減にしなさい! 私たちがどれだけ心配したか分かっているの?」


 無言を貫き通していた唱が見せた表情はいつもの冷たいものではなく、親が子に見せるような愛情を含んでいた。


「……ごめんなさい」


「私もいいすぎたのかもしれない、あなたには才能がないって私は言ったわ」


「……」


「私はほめるのも上手くない、あなたにとって厳しいことを言ったかもしれない」


「ううん、私は唱姉ちゃんとか音姉ちゃんみたいに才能ないし、そういわれたってしょうがないと思う、だから……」


 と言いかかると唱はそっと人差し指を立て唇に押し当ててきた。


「説教は後よ、帰りましょ」


 その後、唱はそっと腕を伸ばしてくれた。その手は暖かくて、心地が良くて、懐かしいかった、三人で一緒に遊んだ頃のようなぬくもりを残していた。


「響、弦が傷んでいたわよ張り替えておきなさい、それと……頑張ったのね」


 唱はギターから、指から、行動から、響の全てを汲み取っていた。だからこそ、響を否定することはなかった。




「……なるほど仲直りしたんだ、あいつら」


 生徒会室に向かう途中の間にそのいきさつを聞いた。


「やっぱり凄いね、鏡君は」


「俺は何もしてないよ、お前等姉妹の問題さ」


 急に音色は歩みを止める。そこは音楽室の前。


「どうした」


「ちょっと寄ってこうよ」


そういうと突然、音楽室の扉を開ける。


「おいおい」


 入るとそこには誰一人としていなかった。休憩でもしているのだろうか。


「本日は松戸音色の演奏会にお越しいただき、ありがとうございます」


 軽く頭を下げるとピアノの方に向かっていく音色。


「どうしたんだよ急に」


「どうぞ、ごゆっくりお楽しみ下さい」


 ピアノに手をかけると演奏を始める、言葉を失うような、まるで自然の中にでもいるのではないかと思うほど心が落ち着かせる。曲の盛り上がりでは繊細でどこか楽しそうで見ているこちらまで楽しくなってしまう。


「……」


 あっという間に彼女の指から奏でられる音色に、意識を持っていかれていた。


「ありがとうございました」


 そしてもう一礼をすると顔を上げた。


「あ、えっと……」


「ねえ……鏡君」


 その一瞬自分でもなにが起こったのか分からなかった。


「…………」


 金縛りにあったように、体が動かなかった。思考も途切れ、視界に何が映っているのかも認識できず、何も聞えなくなり、呼吸すらも忘れてしまった。


『――――』


 音色が何を言っているかもわからない、ただ聞えも、認識もできない言葉を残し、その場を去ってしまった。


「……」


 息が苦しくなり、始めて自分が呼吸をしていないことに気付き、その苦しさで思考がぼんやりと戻ってきた。そして初めて自分に起こったことを理解した。


 俺は松戸音色にキスをされた。

大変長らくお待たせしました。

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