やっぱり鑢鏡は静かに暮らしたい
「っ」
満身創痍の体で倒れ、起きることは初めてじゃない、感じたのはデジャブ。
「やあ、起きたかい? ずいぶんとお寝坊さんだね、鏡」
しかし眼鏡の似合う女性が目の前に座っていたのは初めてだ。
「会長?」
「おっと今はプライベートだ、愛してるよ小雪で宜しく頼む」
彼女の寝間着姿はなかなか新鮮だ。
「愛してるよ小雪、どうしてここにいるんだ?」
「言われてみると恥ずかしいものだな……、それとそれはこっちの台詞だ」
少し頬を赤らめている、いつもからかわれている事に対する反撃の機会をようやく手に入れた。
「どういう意味だよ、愛してるよ小雪」
「なんか調子狂うな、風邪で寝ていたら急に侵入者が入ってきた、それが君だって聞いたときは驚いたよ」
「え……? 風邪? どういうことだよ、愛してるよ小雪」
「……それ止めてくれ、私が悪かったよ。昨日あの後熱が出てしまってね、仕方なく学校を休むことになったんだ」
「え、だって昨日あんな悲しそうな顔してただろ」
「楽しい時間が終わってしまうことを悲しまない人はいないだろ?」
「途中で連れて行かれたのはどうしたんだよ」
「実は昨日大事なお客様が来る予定だったのを黙って出てきてしまったからな、私に非があるよ」
「それにそれに……」
「誰かに何か言われたのかい?」
言われてない、誰にも、何も。
「まさしく骨折り損のくたびれもうけだ」
「なんだか分からんが、お疲れ」
「……まったく愛してるよ小雪」
最後に、最上級の愛を込めた皮肉を吐くのと同時に扉が開かれる。
「愛の告白中すまないな、いやここに殴りこみに来る奴も久々で少しわくわしているよ、さて突然だが俺の跡を継ぐ気はないか」
聞かれてるし、しかも小雪の父親に。
「いや今のは……」
「隠すことはないさ、小雪のことがすきなのだろ? なら結婚して後を継いでおくれ」
「話し飛びすぎだし、いったいどうしてそうなった?」
跡を継ぐだとか結婚だとかわけが分からない。
「男の子には恵まれなくてな、跡継ぎがいないんだよ、小雪は昔から体弱くてこんな危険な仕事継がせるわけにはいかない、そこに君が現れた」
「……」
「まさか小雪の見舞いをするだけのために、5人もうちの連中をやるとは、君ほどこの仕事に向いている人間はいないよ」
「いや、俺は」
「それにここにくるまでにも7人ほど倒しているとか」
紛れもない真実。
「えっとあの結婚できる年齢は男子が18歳以上、女子が16歳以上ですよ。俺まだ16ですし」
「そうか、気が早かったな、なら君が18になるまでまとう」
そういう問題じゃない。
「あー、私の意思はどこに?」
小雪が割って入る、ナイス。
「そうか、まだ小雪の返事はまだなのか」
「返事は……もちろん宜しくお願いしますで」
じゃない。
「ちょ、小雪」
「あら鏡、愛しの小雪って呼んでくれなきゃ嫌って言ったじゃない」
目がちっとも笑っていない、……相当怒ってる。
「何だ、二人はそういう中か」
「違う、違う、違う」
「……つまりそれはもっと濃密な関係ってことかい?」
「ああもう、違う、違あああああああああう」
一人の男の静かに暮らしたいという願いはやっぱり一人の女性によって壊された。
やっぱり鑢鏡は静かに暮らしたい。




