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第9話 古都への道程

「はい。これで契約の手続きは完了です」

「ありがとう。フィリア君、以前にも増して手際が良くなったね。君になら安心して任せられるよ」

「ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします」


 システィリア商会応接室、午後3時。大口顧客の社長へ契約書を手渡し、フィリアは微笑んだ。


「あ、そうそう。こんなものを取引先からもらったのだが、君は興味があるかね?」


 社長は鞄からチケットらしきものを2枚取り出すと、フィリアに渡した。

 フィリアはそれをじっと見て、社長に尋ねた。


「あの……これ、頂いてもよろしいのですか?」

「あぁ、構わないよ。私は興味が無いし、いつも世話になってるからね」

「あ、ありがとうございます!」


 フィリアの表情が一気に満面笑顔となった。


☆★


「こらー、待ちなさーい!」


 逃げ回るムアリスの群れを追いながら、リムルが叫ぶ。しかし、遊んでもらっているとでも思っているのか、ムアリス達は止まる気配が無い。右に左に駆け回る。そして、先に息が尽きたリムルが膝を着いた。


「はぁ、はぁ、ま、待って……」


 アルテはそれを遠くから眺めていた。


「楽しそうじゃないか、アルテ」


 背後から声がした。


「長老だって、わかるでしょ?」


 アルテは振り返った。そこにいたのは、リムルを診療所へ運んだ長老だった。


「あの子が来てから、アリスタはとても明るくなったわ。出来ることなら、ずっと居て欲しいくらいよ」


 長老は、戻ってきたムアリス達に顔を舐められるリムルを見た。見るからに楽しそうな表情だ。


「確かに、ここへ来た頃とは比べ物にならんくらい、元気になった。じゃがな、あの子には果たすべき使命があるのじゃよ」


 リムルの使命は、どこかの世界にいる姉、メルフィーを探し出すこと。ここに留まっていては決して果たせぬ使命である。


「そうじゃ、例の件、リムルに任せてはどうじゃ?」

「例の件……そうね、それもいいかも知れないわね」


 アルテは頷くと、大きな声でリムルを呼んだ。


「リムル、あんたに頼みたいことがあるんだけど」

「はい。いいですけど、何でしょう?」


 リムルは、背後に張り付くムアリスを左手で撫でながら尋ねた。


「ムアリスをレムリアの品評会へ連れて行きたいのだけど、いつもこんな感じで、歩かせるだけでも一苦労なのよ。リムルが一緒なら、おとなしくついて来てくれそうだからね」


 アルテがムアリスの尻を叩くと、ムアリスはおとなしく仲間達の方へと戻っていった。

 リムルは思った。レムリアはこの世界の中心。もしかしたら、何か手がかりが見つかるかもしれない。


「わかりました。私もご一緒させていただきます」


 リムルは笑顔で快諾した。

 そのとき、長老が手を叩いて言った。


「おぉ、そういえば、レムリアは間もなく『食の祭典』じゃ。ついでに楽しんでくるといい」


□■


「食の祭典、ですか?」


 カップを洗いながら、メルフィーが聞いた。


「レムリアで三年に一度、世界中から様々な食材が集まってくるお祭りがあるのよ。美味しい料理のテントが立ち並んで、まさに食一色! 更に、このツアーに参加すれば、何と食べ放題! ほーら、どうよ?」


 閉店直後のティールームに飛び込んで来たフィリアは、チケットを握りしめて熱弁した。どうやら、例の社長からもらったものは、食の祭典のツアーチケットだったようだ。

 しかし、チケットは二枚。フィリアの目論見は、メルフィーには留守番させて、マスターと二人きりで食べ歩くはずだった。ところが、マスターは既に別ルートから誘いを受けていたのだった。


「実は、食の祭典に仮設のティールームを出して欲しいという依頼があってね。例の件もあるし、ちょうどいいと受けてしまったんだ」


 申し訳なさそうにマスターは言った。


「メルフィーはどうするのですか?」

「彼女も私に同行……」

「ちょ、ちょっと待った!」


 思わず、フィリアは叫んだ。マスターだけでなく、メルフィーも別行動となると、ツアーに参加するのは自分だけ……。いくら何でも、それは侘しすぎる! こうなったら……! と言う訳で、フィリアはメルフィーを『道連れ』にすべく、必死に誘惑しているのであった。

 その魅惑的な言葉の数々に、メルフィーの心は完全に囚われていたいた。肉に魚に新鮮な野菜。三日間通っても食べきれない料理の数々。更に、それらが食べ放題!? 思わずよだれが滴れてくる。

 勝った! その姿を見て、フィリアは両手を握りしめた。それを思わず天に突き上げそうになったが、辛うじて押し止めた。


「マスター、いいですか?」


 マスターは上目づかいに尋ねるメルフィーに苦笑しながら頷いた。


「マスター、ありがとうございます!」


 第一関門クリア! 往復はメルフィーで我慢するとして、レムリアではメルフィーを適当にまいて、マスターとデート! 並んで歩いてたら、不意に手が当たったりして……。ど、どうしよう!

 思わず頬に手を当て、一人盛り上がるフィリアであった。


☆★


「それじゃ、行こうかね」


 アルテは荷物を背負うと、リムルに言った。


「祭典は三日後ですよね。そんなに早く出るの?」

「そりゃあ、遠いからねぇ」

「え?」

「ここからレムリアまで、ムアリスの足だと三日は必要だよ」


 アルテの答えに、リムルの表情が固まった。


「も、もしかして……」

「ムアリスに乗るのは嫌かい?」

「い、いえ、そういう訳ではないのですが……」


 リムルは、まだムアリスに乗ったことが無かった。恐る恐る背中にまたがる。かなり高くて怖い。


「さあ、行くよ!」


 アルテの掛け声とともに、ムアリスはゆっくりと歩き始めた。意外と乗り心地がよくて、リムルはほっとした。


「やはり、あんたはムアリスと相性がいいみたいだね」


 先を行くアルテが振り向いて言った。


「村の連中なんて、一年世話しても振り落とされてたよ。そいつにね!」

「えっ?」


 どうやら、自分が乗っているのが村一番の暴れムアリスだったようだ。


「あはは……」


 もう抗議する気力も無くなった。青空を見上げ、リムルは笑った。

 心地よい風が吹き抜けていく。こんなのんびりした気分って、いつ以来だろう。故郷では決して味わえない、この安らぎを姉は求めていたのだろうか?

 リムル達を乗せた二頭のムアリスは、レムリアへの道をゆっくりと歩いていった。


☆★


「おい、姉ちゃん、あんたも祭りで食いまくる口かい?」

「は、はい……」

「やっぱり祭りはいいよな。旨い料理に旨い酒! これに尽きるよ」

「とか言って、もう飲んでるじゃないか!」

「ハハハ!」

「な、なんで、こんなことに……」


 フィリアはバスの中でぼやいた。


「皆さーん、今日は『食の祭典三日間食い倒れツアー』にご参加いただき、ありがとうございます!」


 二十歳前後のバスガイドもハイテンションである。というか、きっとあの子も開き直ってるのよ! フィリアは心の中で叫んだ。バスの中は様々な酒の匂いが入り混じっている。マスターを誘わなくてよかったとしみじみ思う。

 フィリアとメルフィーは、ツアー客として観光バスに乗り込み、クロノ・ハイウェイを一路レムリアへと向かっていた。

 クロノ・ハイウェイとは、各世界を結ぶ時空エネルギーのビーム上に建設された高速道路である。五大都市の一つ、アスタリアが開発した耐久性の高い特殊なチューブを使用し、その中に道路が設置されている。内部はグレーで統一され、車が照明を点灯しなくてよい程度の明るさとなっている。あまりにも単調な景色のため、車窓を見ているだけで熟睡できると皮肉を言われるが、機能優先なので、どうしようもない。


「おや、姉ちゃん、しけた面してるじゃねえか。飲むかい?」


 退屈そうな表情をしていたフィリアに、既に真っ赤な顔をした男が酒瓶を差し出す。フィリアは無言でバッグに手を差し込むと、カップを取り出した。


「お、あんた、祭りの楽しみ方を知ってるね!」


 男は嬉しそうに酒を注いだ。フィリアはそれを一気に飲み干す。

 彼らにとって、食の祭典の目的はとにかく飲むこと食べることである。マイカップと皿の持参は、参加者達にとって、基本中の基本であった。


「弱い……」


 フィリアは呟くと、再びバッグに手を差し込む。引き出したのは酒のボトルだった。


「お、それは『アスタリアの炎』じゃねえか!」


 男の言葉には耳も貸さず、フィリアはボトルを開けると、そのまま口をつけ、一気に喉に流し込んだ。


「おぉ!」


 今度は歓声が上がる。


「ねえ、アスタリアの炎って、何?」


 酔っ払いから逃れ、奇跡的にいた『素面の女性客』の隣で、メルフィーは尋ねた。女性客はナミナと名乗った。一人旅らしい。こんなツアーによく一人でと思ったが、ナミナはこんなツアーだからこそ、一人でも安心できるのだと笑った。

 本を読んでいたナミナは、顔を上げ、おっとりとした声で言った。


「アスタリアの炎というのはこの世界で一、二を争う、強いお酒なの。あんなもの、割らずに飲んで大丈夫なのかしら?」


 フィリアは、愚痴を言ってた割には、しっかり旅を楽しんでいるようである。酒が飲めないメルフィーは、保温水筒に入れてきた紅茶をちびちびと飲みながら思った。暇だ……。

 こうして、酔っ払いバスは当然のようにあちこちの町でトイレ休憩を繰り返しながら、ハイウェイをゆっくりと走っていった。


 3時間後。バスは大きな森の傍のバスターミナルへ入った。


「ユーリア・バスターミナルに到着です。トイレの方はお早めに!」


 バスガイドはそう告げると、他の客と争うように、一目散にトイレへと走っていった。


「メルフィーさん、トイレは……」


 ナミナはメルフィーに声をかけようとして、言葉を止めた。メルフィーは窓にもたれ、ぐっすりと眠っていた。ミリアム以外の世界に初めて行く興奮からか、昨晩はなかなか寝付けなかったらしい。フィリアも酒瓶を抱き締め、ぐっすり眠っていた。ナミナは微笑むと、乗客達と共にバスを降りていった。


☆★


「リムルちゃん、あれがレムリアだよ」


 アルテが指差す先、遥か彼方に街が見えた。

 アリスタを出て三日目。さすがに飽きたなと思い始めたリムルは少し嬉しくなった。


「あと、どれ位で着きますか?」

「そうだねえ。バスで1時間位だから、ムアリスなら8時間位かねえ」

「は、8時間……」


 あまりにも長い道程に、リムルはムアリスの背に突っ伏してしまった。


「ハハハ、さすがに退屈かい?」


 アルテが笑った。


「後の楽しみのために、今は体力を温存するといいよ!」


 そんな二人を乗せ、ムアリスは変わらずゆっくりと歩いていった。


□■


「うー、頭が痛い……」


 座席のシートを倒してフィリアが呻く。騒々しかったバスも、飲み疲れた乗客が次々とダウンしていき、ようやく静かになった。ナミナはぼんやりと灰色の車窓を眺めている。そして、メルフィーは……。


「うふふふふ」


 何とも怪しげな声に、フィリアは起き上がり、席を覗き込んだ。メルフィーは一心不乱に本を読み、そして時折「うふふふふ」と笑うのである。不気味なこと、この上無い。フィリアは背後から手を伸ばし、その本を取り上げた。


「あー、取っちゃだめー!」


 猛烈に抗議するメルフィーを無視して、フィリアは本の表紙を見た。そこには大きな文字で『祝・50回! レムリア食の祭典食べ尽くしガイド』と書かれていた。どうやら本に書かれていた数多の料理に魅了されているようだ。


「あんた、本当に食べ物に目が無いわねぇ」


 茶化すフィリアにメルフィーはふくれた。


「いいじゃないですかぁ。世界中から美味しい料理が集まるんですよ! 今回を逃したら、三年も待たないといけないんですよ?」


 力説するメルフィー。完全に祭りに洗脳されているようだ。でも、今のフィリアにとって、それはただ頭痛の種になるだけであった。


「あ、頭が……。もう駄目! 美味しそうなやつ、適当に見繕っておいて!」


 そう言い残すと、フィリアは再び座席に倒れた。振り向きもせずに車窓を見ていたナミナが、人知れず苦笑していたのは言うまでもない。


☆★


 そして、午後六時。

 夕日が沈む直前に、リムル達はレムリアの西門に辿り着いた。


「お! アルテ、元気そうだな」


 顔見知りらしい、年配の門番が声をかける。


「あんたはたっぷり年取ったねぇ。白髪が増えてるよ」

「ハハハ、相変わらずきついなぁ。で、その子はお孫さんかい?」


 門番はリムルを見て言った。


「この子は、ちょっとした事情で預かってるのよ。とってもいい子だから、うちの子にしたいくらいよ」


 アルテはそう言って、リムルの頭を一つ叩いた。リムルはクスッと笑った。


「ムアリスは、品評会までいつもの小屋で預からせてもらうよ。ゆっくり祭りを楽しんでいってくれ」


 リムルとアルテは、笑顔で会話しながら門をくぐった。

 その脇を、メルフィー達を乗せた観光バスがゆっくりと通り過ぎていった。


□■


「ここが古都レムリアか……」


 乗用車の助手席で、サングラスの男が呟いた。サイラスだ。


「食の祭典では、五つの世界から多くの観光客がレムリアを訪れる。あんたの情報収集にはうってつけだろう」


 ハンドルを握るのは、先日、酒場で会話していた男だ。


「現地のエージェントにも話をつけている。何か手がかりがつかめるといいな」

「そうだな……」


 サイラスは、夕日に染まる外壁を眺めながら言った。

ティールーム第9話、やっとできました!\(^▽^)/

今回は、古都レムリアへの道中記ってところです。

遠く離れていた二人……いや、三人が徐々に接近してきました。

さてさて、これから、どのような展開になるのでしょうか?

相変わらずスローな更新ですが、気長にお待ちください!(^^)

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