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第5話 ラスタ

「おばちゃん、お店には冒険者ってよく来るの?」


 メルフィーは定食を食べる手を休め、女将に尋ねた。


 夕暮れの飯屋。

 人通りが少ないルシェの大通りで、唯一、賑わいを見せている。多少薄暗いが、柔らかなランプの明かりが、料理をより一層美味しく感じさせてくれる。

 メルフィーは仕事を終え、マスターより一足先に夕食に訪れていた。


「最近は増えたかねぇ。泉に飛ばされてくる人が増えたから……」


 先日助けた冒険者達を思い浮べながら、女将は言った。


「あんなに危ない遺蹟を渡り歩いて、怖くないのかなぁ」


 先日見た、滅びゆく世界を思い浮べながら、メルフィーは言った。


「怖くはないさ」


 隣で飲んでいた常連の男が言った。


「冒険は男のロマンだからな。危険も一つのスパイスだよ」

「本当にそうかねぇ」


 さらに別のテーブルの男が言った。こちらは十代後半の少年だ。大皿に山盛りにされた野菜にフォークを突き刺し、これまた大きく口を開けて食べている。テーブルの上には野菜と水以外は何も無かった。


「女将、お代わり! おい、少年。ここらで見かけない顔だな。冒険者か?」


 男は酒を注文して、少年に尋ねた。


「少年はやめてくれ。俺はラスタだ。それから、俺は冒険者じゃねぇ。ダイバーだ」


 ラスタはそう言うと、野菜にフォークを立てた。


「ダイバー?」


 メルフィーは首を傾げた。


「一言で言うと、一匹狼のマッパーだな」


 女将から酒を受け取りながら、男が言った。


「通常、マッパーはどこかのパーティーと組んで冒険の道案内をするのが普通だ。それに対して、ダイバーはパーティーから個別に依頼を受ける。腕のいい奴だと、結構な額をふっかけるらしいぜ」


 メルフィーはラスタをじっと見た。ちょっと小生意気な少年にしか見えない。


「私、ラスタに言いたいことがあるんだけど」

「何だよ」


 ラスタは無表情で野菜にフォークを突き刺し、口に入れる。


「お肉も食べないと、大きくなれないよ?」

「うぷっ……」


 今、口に入れたばかりの野菜を思い切り吹き出した。


「あー、ラスタ、きったなーい!」


 メルフィーに指差され、ラスタの顔は怒りで赤くなった。


「あ、あのなあ。初対面の奴にそんなことを言うか?」


 ラスタはメルフィーを見た。メルフィーの身長は160。ラスタはどうひいき目に見ても150前半だった。


「お、お前だって無いじゃねえか!」


 ラスタはメルフィーを指差して叫んだ。メルフィーは指差された先を見て、顔を引きつらせた。


「確かに無いわよねぇ」


 背後から聞こえたとどめの言葉に、メルフィーはテーブルに突っ伏してしまった。反撃してやりたいが、この手の話題では勝ち目が無い。


「おや、フィリア、こんな時間に来るなんて珍しいわね」

「急にここの特定が食べたくなったの!」

「嬉しいことを言ってくれるじゃない。ちょっと待ってね!」


 女将は厨房へ入っていった。


「あら、メルフィー。今日も無いわね」

「どういう意味よ!」

「さぁ?」


 フィリアはわざとらしく胸を張って言った。見て見ぬふりをするメルフィー。フィリアは勝利の笑みを見せると、隣のテーブル席に座った。


「特定って、何だ?」


 ラスタはメルフィーに尋ねた。


「見ればわかるわよ」


 メルフィーは突っ伏したまま言った。

 暫らくして、女将は大量の料理が乗せられたトレイを両手に持って厨房から現れた。


「はい、特定、お待ち!」

「ふふふ。これよ、このボリューム!」


 満面笑顔でフィリアが歓喜の声を上げる。全部で10皿。まるで大食い大会である。


「量が多すぎて、なかなか一人で食べようという人がいないんだよねぇ」


 女将が笑った。


「それじゃ、いっただっきまーす!」


 決してハイペースではないが、休むことなく黙々と食べる、食べる!


「私もたくさん食べるけど、フィリアさんには勝てないわ」


 呆れ顔でメルフィーが言った。


「ね、食べたら大きくなるでしょ?」


 唯一、勝てそうなラスタに欝憤をぶつける。ちなみにフィリアの身長は170である。


「た、食べりゃあいいってもんじゃないだろ!」


 反論する声も弱々しい。

 そう言っている間に、皿は一つ、また一つ空いていく。


「ところで、ラスタはお肉は食べないの?」

「食べれないわけじゃないんだけど、こっちの肉はどうも口に合わなくて……」


 ラスタは思い出したように野菜の山にフォークを突き刺した。


「こっちの肉? ラスタって、どこから来たの?」

「アリスタ」


 そう言って、野菜を食べる。


「アリスタ?」

「マッパーの里だよ」


 男が言った。


「実際、時空を飛ぶ能力を持っているのは、アリスタに縁のある奴等だけなんだ。きっと、よその世界から渡ってきて居ついたのだろうな」

「よその世界かぁ」


 男の言葉に、メルフィーは思いを馳せる。アリスタの人達は、どんな世界に住んでいたのだろう?


「アリスタは、ただの田舎だ」


ラスタはぶっきらぼうに言った。


「こんな力があるから、俺達の祖先は迫害され、この世界に移住するしかなかったんだ」


 何の能力も持ち合わせていないメルフィーにとっては、どんな能力でもうらやましく思えた。しかし、ラスタを見ていると、持てる者ゆえの悩みもあるようだ。どちらが幸せなんだろうとメルフィーは思った。


「ところで、この世界はどうなの? ラスタは好き?」


 メルフィーの問いに、ラスタは野菜を一口食べて考えた。


「正直言って、あまり好きじゃない」

「どうして?」

「本来、一緒にあるべきでない世界を、無理矢理繋ぎ止めているから……」


 メルフィーには、ラスタの言っている意味がわからなかった。


「それって、時空炉のことか?」


 男の問いに、ラスタは頷いた。時空炉とは、この世界を構成する五つの世界を繋ぎ止めるために作られた、エネルギー炉である。


「時空炉は大量の時空エネルギーを消費する。そのせいで、この世界に接する時空間の流れが複雑になって、周囲の小さな世界を巻き込んでいるんだ。遺蹟探険ができるのはその産物……いや、副作用だな」

「ねえ、ラスタ。時空炉って何?」


 会話が途切れ、全員の視線がメルフィーに集まった。時空炉の存在は、この世界では常識だったから……。


「お前、本当に知らないのか?」


 ラスタが尋ねた。


「うん」

「じゃあ、どこから来たんだよ?」

「それが……わからないの」


 メルフィーは寂しげな表情で言った。


「私は小さな町に住んでいたの。あるとき、嵐に巻き込まれて時空の狭間に落ちて……。流れ着いた遺蹟で倒れていたのを、マスターが助けてくれたの」

「それって、時空の迷子ってやつだな」

「時空の迷子?」


 ラスタの言葉に、メルフィーは首を傾げた。


「ああ。俺達ダイバーはこの世界のまわりの時空間をマッピングできる。だから迷子になることは無い。だが、そうでない人達は、一度迷うと帰る術が無い。お前のようにな。そんな人達を、俺達は時空の迷子って呼んでいるんだ」


 時空の迷子……。メルフィーは心の中で呟いた。だとすれば、もう元の世界へ帰ることは出来ないのだろうか?


「何とかして、メルフィーちゃんを元の世界に帰してあげることはできないのかい?」


 俯くメルフィーの代わりに、女将が尋ねた。


「メルフィー、何か手がかりになるようなキーワードは無いのか?」


 ラスタの問いに、メルフィーは腕組みをして考えた。


「覚えているのは……リムルという名前だけ」

「家族か?」

「わからない。大切な人だと思うんだけど」

「知らない世界に一人ぼっちは寂しいよねぇ」


 女将が哀れみの目で言った。


「寂しくないと言ったら嘘になるけど……今はこの生活が大好き! こんな私でも、ルシェの人達は温かく迎えてくれたから……」


 メルフィーは笑顔で答えた。


「あ、思い出した!」


 突然、男が手を打って言った。


「アリスタっていえば、ムアリスの産地だな」

「ム、ムアリス!?」


 男の言葉に、これまで沈黙を保っていたフィリアが敏感に反応した。


「ムアリスっていえば、ムアールの原種って言われる、幻の品種じゃない! あんた、そんなものを食べて育ったの? うらやましすぎる……」


 ちなみに、ムアールはレムリアを主産地とする大型動物。これまた、肉食派には大人気なのである。


「ム、ムアール……」


 ムアールはメルフィーの大好物であった。


「ちょ、ちょっと、メルフィー。よだれ!」

「あっ」


 フィリアの言葉で我に帰り、慌てて口を拭うメルフィー。ラスタはようやく勝ち誇った表情を見せた。傍から見ればどっちもどっちなのだが、当事者からすれば、形勢逆転である。


「ムアールもまあまあいけるが、ムアリスのとろけるような肉は格別だ。あれを食べ慣れたら、こっちの肉なんて、口に合わなくて当然だよな」

「ムアールよりも美味しいお肉……」


 メルフィーの頭の中では、ムアールとムアリスの大群が行進していた。再びよだれが落ちる。


「負けたな」


 男は酒をぐっとあおった。


「完敗ね」


 フィリアはフォークに刺した焼き魚を口に運んだ。


「そうそう、ムアリスといえば……」


 ラスタがさらに畳み掛けようとしたそのとき、バタンと扉の開く音がした。

 入ってきたのは、毛むくじゃらな大男だった。


「お、ラスタ、こんなところにいたのか」


 大男はラスタに用事があるようだ。ずかずかと中に入り、ラスタの前に立った。


「待たせたな。行けるか?」


 ラスタは皿を見た。先程まで山盛りだった野菜も、いつの間にかわずかになっていた。それを手早く食べると、代金を置いて席を立ち上がった。


「ごちそうさま」

「仕事かい?」


 女将の問い掛けにラスタは頷いた。


「じゃあな。何かヒントになるようなものを見かけたら教えてやるよ」


 ラスタはメルフィーにそう言うと、男の後に続いた。


「ありがと。ラスタも気をつけてね!」


 その言葉に、ラスタは振り向かずに右手を上げて応え、飯屋を後にした。


「さぁ、食べましょ! お腹ぺっこぺこ!」


 メルフィーは肉をフォークに刺した。ちなみに、ムアールではなく、ラフーという赤毛の小型獣の肉だ。脂身の少ない肉は、女性に人気の一品である。


「こら! それは私のお肉!」


 フィリアの抗議に、メルフィーは舌をペロリと出した。


「いっただっきまーす!」


☆★


「どこへ行きたい?」


 泉のほとりで、ラスタは無表情で尋ねた。


「もちろん、お宝が狙える遺蹟だ。その為にあんたを捜し当てたんだ」


 大男が言った。


「あんたが見つける遺蹟には、とびっきりの獲物が多いと聞いた」

「報酬は?」

「ああ、前金だそうだな」

「当たり前だ。あんたらが無事に帰る保証は無いからな」


 大男は苦笑すると、金が詰まった布袋をラスタに投げた。ラスタは受け取ると、中身を改めた。


「あんたの通り名が二つあることも知っている。一つは財宝への案内人、もう一つは……」

「地獄への案内人」


 ラスタは表情を変えずに言った。

 リスクを負う冒険は、常に死と背中合わせである。通り名は、まさにそんな危険な遺跡へのダイブが可能であることを示していた。


「それだけのリスクを負ってこそ、クロノ・ワンダラーってもんだ。俺は自分の運を信じている」


 大男は自分に言い聞かせるように言った。


「いいだろう。それじゃ、行くぞ」


 ラスタの言葉とともに、冒険者達はラスタを円形に囲んだ。それを確認すると、ラスタは右手を大きく上げ、宙に円を描いた。それは光を放ち、ラスタと冒険者達を包んでいく。そして、一つ指を鳴らしすと、一際明るい光が辺りを包み込み、彼らは時空間へと消えていった。

やっと第5話が投稿できました。

大変お待たせ……されたって思った人はいるでしょうか?


今回はラスタ君、登場の巻でした。

旧作とは違ったラスタを描こうと思って案を練ったらショートしてしまいました。

私は考えすぎない方がいいみたいですね。(笑)


それでは、次回、第6話でお会いしましょう!

え? いつ投稿するのかって?

すいません、もう眠くなったので寝ますね。

それでは、ごきげんよう……(笑)

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