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第4話 時空の冒険者(クロノ・ワンダラー)

 薄暗く、雷鳴が轟く丘。

 荒廃した大地を五人の男達が彷徨っていた。


「も、もう駄目だ……」


 若い男はそう呟くと、崩れ落ちるようにその場に倒れた。


「おい、しっかりしろ!」


 リーダー格の男が駆け寄り、抱き起す。


「くそ、何とかならねえのか?」


 そう呟き、辺りを見渡す。

 その荒野には一本の木すら生えていない。いや、正しくは生えていたが、世界の萎縮とともに消え去ったのだ。この世界は、まさに今、消滅しようとしていた。


「すいません。俺がミスジャンプしたせいで……」


 若い男は全身傷だらけで苦しげに言った。


「あれは事故だ。お前のせいじゃない」


 リーダーは迫り来る虚無を睨みながら言った。


「これが冒険者の宿命だ」


 この世界の冒険者は、遺蹟探索を生活の糧としていた。遺蹟は、彼らの住む世界とは切り離された世界。時空間に浮かぶ泡の一つである。

 冒険者たちは、遺跡を空間転移(ジャンプ)で渡り歩く。そんな彼らを、人々は『時空の冒険者(クロノ・ワンダラー)』と呼んでいた。

 しかし、ジャンプは誰にでも出来る訳ではない。それが出来るのは、『能力を持つ者』だけであった。それ以外の方法でも、理論的には転移が可能だと言われているが、成功例の報告はまだ無い。

 能力者は冒険者達から『マッパー』と呼ばれていた。彼らはジャンプだけでなく、世界の周囲に存在する泡の位置を正確に把握(マッピング)することができた。彼らがいるからこそ、クロノ・ワンダラーという職業は成り立つのだ。

 しかし、時空間は常に不安定であり、時折、ノイズのような振動波が時空間を走ることがある。不幸にもジャンプ経路で振動波の直撃を受けると、先導するマッパーが被害を被ることになる。マッパーの負傷はパーティーの運命を左右する。冒険者達は、常に元の世界に戻れなくなるリスクを背負って時空を渡り歩くのだ。


 そして彼らは、先程、不幸にもその直撃を受けてしまった。更に不幸なことに、運悪く滅びゆく世界に『軟着陸』してしまった彼らは、まさに全滅の危機に瀕していた。

 一人、また一人、仲間達が膝を突いていく。そして、先頭を行くリーダーの前に、大きな岩が立ちはだかった。

 もう駄目か……。リーダーもまた、膝を突いた。


「すごい景色ですねぇ」

「滅多に見れるものじゃないからね」

「あ、今日の紅茶も美味しいですぅ!」


 そのとき、あまりにも場違いで呑気な声が聞こえた。幻聴か……。とうとう俺もおしまいのようだな。

リーダーは苦笑した。


「でも……」

「何だい?」

「何で、こいつがついて来るんですか?」

「こいつって、私にはメルフィーって名前があります!」


 いや、幻聴じゃない。この岩の向こうに誰かがいる! リーダーは、渾身の力を込めて岩をよじ登った。


「わかったわよ。で、居候ちゃんが何で私の邪魔をするのよ!」

「だーかーらー、私はメルフィーですって! わかってて言ってるでしょ、フィリアさん!」

「当たり前でしょ?」


 そこには、ティーポットを囲んで座り、大きな声で談笑するメルフィー、フィリア、そしてマスターの姿があった。ご丁寧に敷物の上に座り、菓子まで用意されている。それは、まさにピクニックそのものであった。そして、この会話である。リーダーは茫然と会話を聞いていた。何なんだ、こいつら?


「でも、ここ、何でこんなに大きな声じゃないと聞こえないんですか?」

「消えかけている世界はノイズが激しいんだ」

「あ、それでクロノ・ワンダラーは皆声が大きいのか!」


 メルフィーはぽんっと手を打った。


「いや、そういう訳じゃないと思うんだけど……」

「あら?」


 岩の上からメルフィー達を覗くリーダーに気付いたのはフィリアだった。


「こんにちは。どうかしましたか?」


 あまりにも普通な会話に、リーダーは戸惑った。


「あんたら、こんなところで何をしてるんだ?」


 リーダーは疑問を口にした。


「商品開発です!」


 その問いに、フィリアはさらりと答える。


「商品……開発?」

「ほらぁ、やっぱり変なんですよ。だから言ったじゃないですか!」

「だって、普通のツアーじゃ、面白くも何ともないじゃない!」


 ツアー? 面白い? 何を言ってるんだ?

 リーダーには理解不能だった。


「そんなことは、どうでもいい。あんたらはどうやってここへ来て、どうやって帰るつもりだ?」

「それはですねぇ……」


 答えようとしたフィリアを、マスターが手で制した。


「それは、ひ・み・つ!」


 言いとどまったフィリアの代わりに、メルフィーはウインクして答えた。


「そろそろ時間だよ」

「はーい!」


 マスターの合図でメルフィーとフィリアは後片付けを始めた。


「あ、そうだ!」


 メルフィーは、クッキーの入った袋をリーダーに渡した。


「余ったからあげる! 美味しいよ!」

「あ、ありがとう……」


 リーダーは袋からクッキーを取り出すと、口に運んだ。程よい甘さが、疲れた体を癒してくれる。


「うまい!」


 その言葉に、メルフィーは満面笑顔になった。


「仲間達に分けてやってもいいか?」

「もちろん!」


 メルフィーは元気な声で答えた。


「それじゃあ、私達は先に帰るね! さよなら!」


 次の瞬間、三人はすぅっと消えた。それをリーダーは笑顔で見送った。


 今のは幻だったのか?

 しかし、彼の手にはクッキーの袋が残っていた。幻ではないようだ。

 リーダーは岩の上から仲間達を呼んだ。そして全員を引き上げると、クッキーを配った。


「うまい!」

「何だか元気が出てくるような……」


 男達の顔から疲労が消えていく。

 不思議なものだ。リーダーは思った。たかがクッキーなのに……。


「これ、どうしたのですか?」

「あぁ、これは……」


 そのとき、マッパーの男が呟いた。


「何だ、あれ?」


 全員の視線がマッパーに注がれる。


「おい、どうした?」

「時空間に道が出来ている……」


 マッパーは茫然とした顔で言った。


「こんなこと、自然では有り得ない!」


 そして、仲間達に言った。


「みんな、帰れるぞ!」


 その声には力強さがみなぎっていた。


「時間が無い。早く集まって!」


 男達はマッパーのまわりを囲むように手を繋ぐ。マッパーは目を閉じると精神の集中を始めた。

耐えがたい苦痛を懸命にこらえる。わずかな時間でいい。飛ばせてくれ!

 その願いに応えるように、マッパーのまわりに青い光が灯る。それは次第に大きくなり、やがてパーティーを包み込んだ。


「飛べ!」


 マッパーが叫んだ。

 次の瞬間、光が一際明るく輝いた。そして、彼らは時空間へと消えていった。


☆★


「あの人達、無事に帰れたかなぁ」


 紅茶が注がれたカップを手に、メルフィーは呟いた。


「あれだけきちんとした『道』があれば、マッパーは気付くよ。きっと大丈夫だろう」


 マスターはフィリアのカップに紅茶を注ぎながら言った。


「でも、あんなものを持ってるなんて、マスターって何者なんですか?」


 フィリアの突っ込みに、マスターは顔色一つ変えず、いつもの笑顔で答えた。


「遺蹟……いや、他の時空間に普通に飛ぼうとしたら、マッパーがいないと無理だろう。私にはそんな能力は無いからね。あれのおかげで、私の散歩も楽しくなったよ」


 どうやら、メルフィー達は、何らかの『装置』を使ってジャンプしたようだった。


「あの機械、見たこともない文字が書いてましたよ。本当に大丈夫なんですか?」


 フィリアが心配げに尋ねる。彼女としては、マスターが危険を冒すなんて、言語道断だった。


「偶然、飛ばされた世界で拾った物だからねぇ。実は私も詳しい使い方は知らないんだ。

壊れたら大変だね。ハハハ」


 どうやら、マスターは、その『装置』を適当に使っているらしい。


「そんな危険なものを使って、散歩なんてしないで下さい!」


 あまりにも無謀な発言に、フィリアは思わず叫んだ。


「散歩って、あの時もこれを使ってたの?」


 あの時とは、メルフィーがマスターに助けられた時のことである。マスターは無言で頷いた。フィリアと違い、メルフィーはありのままを受け入れているようだ。性格がおおらかなのか、それともおおまかなのか……。


「マスターって、謎が多いのよ」


 フィリアはマスターを見つめながら言った。


「どこからやってきたのか、以前は何をしていたのか、だれも知らないの。私には、そのミステリアスなところも素敵に感じるのよね!」


 そんな真っ正面からのフィリアのアプローチにも、マスターは笑顔を崩さず、ティーポットの手入れをしていた。

 や、やはり手強い! これも試練よ! 頑張れ、フィリア! フィリアは両手を握りしめ、心の中で叫んだ。


「あー、今日も紅茶が美味しい!」


 そんなやり取りを尻目に、メルフィーはカップを手に、幸せそうに言った。


☆★


「ここは、何処だ?」


 リーダーは呟いた。

 男達は小さな町の泉のそばに着地していた。どうやら無事に帰れたらしい。マッパーは気を失っていた。今のジャンプで力を使い果たしたのであろう。

 よくやったな! リーダーは優しい眼差しでマッパーを讃えた。


「おや、冒険者さんかい?」


 中年の恰幅のよい女がタンクに水を注ぎながら言った。


「ここは、何処だ?」


 リーダーは女に尋ねた。


「回廊の町、ルシェだよ」

「ルシェ……。あのルシェか……」


 その名前には聞き覚えがあった。遺蹟で遭難し、奇跡的に生還した冒険者達は、何故かこの地に飛ぶという。そして、共通するキーワードは、長身の男、そして紅茶……。そういえば、先程出会った男も……。


「おや、そこの人、大怪我をしてるじゃないか! 診療所まで案内するから、ついておいで!」


 女-飯屋の女将-はマッパーをひょいと背負うと、町の中へと歩いて行った。

 リーダーは上着のポケットに手を入れ、袋を取り出した。メルフィーから貰ったクッキーだ。口に入れると、甘味が一気に広がっていく。

 ここまで帰れたのは、こいつのおかげだな。ありがとう、メルフィー。

 リーダーは心の中で感謝の言葉を告げると、荷物を背負い直し、仲間たちへ言った。


「さぁ、行こう!」

お待たせしました!ティールーム第4話をお届けします。


冒険物のような刺激が少なく、好き嫌いがはっきり出る作品ですが、

メルフィー達のほんわかとした日々が伝わればいいなと思ってます。


更新のペースは…すいません、これ以上のハイペースは無理です!(笑)

それでは、次回、第5話でお会いしましょう。

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