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第13話 守護者の裏道

 食の祭典、二日目。

 この日の空もすっきりと晴れ渡っていた。


「さぁ、行きますよ!」

「あ、頭が痛い……。ちょっと無理かも」


 開場三十分前。メルフィーは未だベッドから起きようとしないフィリアに声をかけた。一晩休んで回復したメルフィーに対し、フィリアはムアラーズで飲み過ぎて二日酔いのようだ。きっとマスターと一緒に飲めて、テンションが上がってしまったのであろう。


「メルフィー、あんたは大丈夫なの?」


 呻くようにフィリアが尋ねる。


「エルカさんが胃によく効く薬を探してきてくれたんです。おかげで、もう元気一杯です! フィリアさんも分けてもらいますか?」

「今は何も受け付けないから……先に行ってて」


 弱々しく手を上げる。どうやら、起き上がることもできないようだ。


「それでは、行きますね!」


 メルフィーが部屋を出ると、廊下で制服姿のエルカが待っていた。


「おはようございます。お体、大丈夫ですか?」

「はい。おかげさまで、元気、元気です!」


その姿を見て、エルカは笑みを浮かべた。


「それはよかったです。フィリアさんは?」

「飲み過ぎ」


 メルフィーの答えに、今度は苦笑を浮かべるエルカであった。


「それでは、行きましょうか!」

「エルカさん、気合い入ってますね!」

「ええ。昨日、ナミナさんからたっぷり講習を受けましたから」


 そう言うと、エルカは手帳を見せた。丁寧な字でびっしりと書き込まれている。気合いの入り方はかなりのものだ。今日は祭典をゆっくり楽しめるかな? メルフィーは期待に胸を膨らませ、笑みを浮かべると、階段を下りて行った。その後を追いながら、エルカはふと昨日のことを思い出した。


「リムルさん……どうするのかしら?」


□■


 そのリムルは、緊張した面持ちで、とある建物の前に立っていた。昨日、帰り際にユッテが書いてくれた待ち合わせ場所。三階建てでかなり薄汚れた古い建物、そのアーチ状の入り口の上には『レムリア・ガーディアンズ本部』の大きなプレートが打ち付けられている。

 入り口からは、老若男女、様々な人々が出入りしている。しかし、昨日、リムルを追い回した黒ずくめ達は見当たらなかった。


「あ、来たわね!」

「キャッ」


 背後から声をかけられ、リムルは飛び上がりそうになった。振り向くと、そこには新鮮な野菜が詰め込まれた大きな袋を抱えたユッテが立っていた。


「な、何なんですか? それ……」

「あ、これ? 私の食糧!」


 笑顔で答えたユッテの顔を、リムルはじっと見つめた。


「あ、あのー、どうしたのかな?」


 リムルの行動にユッテは首を傾げた。


「それ、ご家族か仲間の方々と食べるのですよね?」

「いいえ、私だけよ」

「そうか、今週分の買いだめですね!」

「いいえ、今日一日分だけど……」


 ユッテは質問の意味が分からないようだ。リムルはユッテの腹部をじっと見つめた。小柄だがスラリとした体形からは、とても……。


「大食い女なんて、分からないよなぁ。うん、わかるわかる!」

「ですよね……」


 決して口に出せない、胸の内の言葉を突然解き放たれ、リムルは思わず相槌を打った。次の瞬間、凄まじい殺気を感じ、リムルは咄嗟に頭を抱えてしゃがみ込んだ。その上を黒い影が通り過ぎて行く。


「ぐあっ」


 その声の主は、その場にばたりと倒れた。長身の若い男。服装こそ黒ずくめではないが、リムルには見覚えのある顔だった。


「リ、リートさん、大丈夫?」


 しかし、反応は無い。完全にのびているようだ。


「さて、何か私にご質問?」


 相変わらずの笑顔でユッテは尋ねた。リムルは無言で首を横にぶんぶんと振った。


「そう、それじゃ、中に入りましょ?」

「あの、リートさんは……」

「放っておけば、じきに目が覚めるわよ」


 そう言うと、ユッテは上着のポケットを探った。中から取り出したのは鈍い光を放つ銅製の鍵。それを扉の鍵穴に差し込んだ。

 あれ? リムルは首を傾げた。先程から何人か出入りしているが、誰も鍵を使わなかった。どうして?

 そのとき、カチャリという音が響いた。ユッテは扉を開くと、振り返った。


「私から離れないでね」


 そして、二人は建物の中へと入っていった。


□■


 程なくして本部の前に現われたのは、エルカに先導されたツアー客の一行だった。


「『食べながら巡るレムリアの歴史』とは、よく考えたものだな」

「昨日は食べることしか考えてなかったから、こういうツアーもいいかも知れないわね」


 ツアー客の良好な反応に、エルカは満足げな笑みを浮かべた。

 ただ食べるだけでは三日間も持たない。そこで、エルカはレムリアの長い歴史に絡め、レムリアに所縁のある料理を食べるというツアーを提案したのであった。もちろん、情報源はナミナである。

 ナミナさん、頑張ります! エルカは手帳を胸に抱き、心の中で叫んだ。そして、ツアー客を本部の前に集めた。


「皆さん、こちらは千年の長きに渡り、レムリア王家を守り続けている、レムリア・ガーディアンズの本部でございます」

「守り続けた、でしょ?」


 ツアー客の老婦人に指摘され、エルカは少し考えるそぶりを見せた。


「そうですね。かつて王家を守り続けた、ですね」

「え?」


 理解できないメルフィーは首を傾げた。


「あなた、歴史に弱いのね。だから今時の子は……」


 ぶつぶつ言う老婦人を横目に、エルカはメルフィーとツアー客に丁寧に説明した。

 レムリアはニ百年前に五つの世界で同時に起きた反乱により、王族が支配する閉じられた世界から管理者達が支配する一つの世界へと変貌を遂げた。これにより、世界間の交流が活発化し、五つの世界は発展していった。しかし、その代償として、古き良き時代の記憶は忘却の彼方へと去りつつあった。


「そんな時代の中、レムリア・ガーディアンズは頑なに王家に忠誠を誓い、王族を守り続けているそうです。消えかけた燭台の蝋燭を見ているようで切ないですね」


 古き良き時代の記憶……。過去の記憶を失ったメルフィーは思った。自分はどんな過去を過ごしてきたのだろうか? それは、古き良き時代の記憶として語れるものなのだろうか?


「ま、それは置いといて……」


 エルカは、本部のはず向かいにある古びた食堂をびしっと指差した。


「あれこそが、ガーディアンズの力の源、知る人ぞ知るユイサン・ステーキの隠れ名店、カンフォア食堂です!」


 その食堂は、看板も無ければメニューも出ていない。窓から覗くと、労働者風のいかつい男ばかり。観光客なら二の足を踏みそうだ。ちなみに、ユイサンとはレムリア産の食用の鳥である。黒い毛に覆われ、鋭い爪を持っている。見た目に縁起の悪そうな姿であるが、その肉は精がつくとして古来から労働者達に好まれていた。

 何だか似てるな、マスターのティールームに……。

 メルフィーは思った。あの店も、メルフィーが来るまでは看板も無く、道を行く人も気付かないという有様だった。それでも、その紅茶の味は都市の名店にも引けを取らなかった。


「さぁ、皆さん、歴史を味わいに行きましょう!」


 エルカが扉を開くと、ツアー客はぞろぞろと中へ入っていった。


「お肉、おっにくー、美味しいおっにくが待っているー」


 メルフィーも、にこやかに口ずさみながら後に続いた。少しよだれが垂れていたが、本人は知る由もなかった。


□■


 まるで体から毒が抜けていくようだ。

 強烈な匂いと不気味な色彩のスープを顔をしかめて飲みながら、フィリアは思った。

 会場の隅の小さな屋台。その脇に屋台と釣り合いが取れない位、大きな鉄鍋が鎮座していた。アスタリアの薬草、ヤイザムのスープ。売り物はこれだけである。しかし、その周りには多くの人々が集まり、一様に顔をしかめてスープをすすっていた。


「昨日は閑古鳥が鳴いていたんだが、いつも二日目から繁盛するんだよ。祭りというだけで浮ついて、限界を越えて食べちまう奴らが多いのも、この祭典の特徴かも知れんな」


 長く白い口髭を撫でながら、屋台の主である老人は笑った。


 機械都市と呼ばれるアスタリアは、アルコールの強い酒の産地としても知られているが、医薬品の材料となる様々な薬草が採れることはあまり知られていない。一説によると、薬がよく効くので人々は更に強い酒を求め、結果として強い酒が名産品になったのだとか。

 中でも、ヤイザムは胃腸の特効薬として知られる薬草である。薬品に精製される過程で独特の苦みと香りを抑えているため、この薬草がそれだと分かる人など皆無に近かった。しかし、口づてに『胃腸によく効くスープがあるらしい』という噂が広がり、いつの間にか人だかりが出来ていたのであった。


「姉ちゃん、土地の者じゃないね。連れはいないのかい?」

「先に行っちゃったわ。今日は無理かしらと思ってたから……。でも、やっぱりヤイザムは最強よね。また食欲が湧いてきたわ!」


 フィリアの言葉に、周りから笑いが起きた。


「そうだな。俺も負けずに食わなきゃ」

「このために、遠路はるばる来たんだもの。食い倒してやるわよ!」


 そんな声を聞きながら、フィリアは両手を握り締め、心の中で叫んだ。

 私も、負けないわよ!


☆★


 リムル達が入ったのは大きな広間だった。中央では、中年の男の掛け声に合わせて若い男女が剣術の鍛練に励んでいる。部屋の周りにはいくつかの円形のテーブルがあり、男達が真剣な表情で論議している。ユッテの後ろについて歩くが、誰も彼女達に関心を持たないようだ。いや、この雰囲気はどこかで感じたような……。

 そのとき、女の剣に押された男がリムルの方へと倒れこんだ。避けられる距離ではない。リムルは目を強く瞑った。一秒、二秒、三秒……。あれ?

 リムルはそっと目を開けた。リムルの前にいたはずの男が、後ろに倒れていた。


「時空の……間隙?」


 ぽつりと呟いた。


「そうよ。あのときと同じ。ただ、ここの空間は安定してるから、安心していいわよ。さぁ、行きましょ!」


 ユッテに促され、リムルは再び歩き始めた。ユッテは広間の奥にある木の扉を擦り抜けていく。これも昨日と同じだ。仄かに明かりが灯っているように思えるが、明かりの元が見当たらない。きょろきょろするリムルにユッテが言った。


「天井に夜光石が埋め込まれているのよ」

「夜光石?」

「私もよく分からないんだけど、昔、異世界から持ち込まれたらしいわ。今は王宮とここにしか無いの。光る理由は未だに不明。不思議よね」


 リムルは天井を見上げた。目が慣れてくると、まるで星空のように見える。


 その部屋の奥には鉄の扉があった。


「どうする?」


 ユッテに尋ねられたリムルの脳裏に、先ほどの光景がよぎった。


「どうぞ」


 ユッテが脇によけると、リムルは駆け出した。


「あ、それは……」


 ユッテの慌てる声がした。そして、次の瞬間、ゴツッという鈍い音がした。


「うー」


 リムルはしゃがみ込み、両手で顔を抑えて呻いた。それは幻影ではなく、本物の鉄の扉であった。


「ごめん、ごめん。まさか、駆け抜けようとするなんて思わなかったから」


 謝ってはいるが、ユッテの声には笑いが混じっていた。リムルはふらりと立ち上がると、ユッテの手を握った。


「狙ってましたね」

「うん」

「鉄の扉って痛いですよね」

「うん」

「共感しましょう」

「え?」


 次の瞬間、リムルはユッテの両手を握ったまま、その場でくるりと一回転した。そして、ユッテを扉へと投げた。再び、ゴツッという音が響く。


「うっ」


 どうやら頭を打ったらしく、ユッテは頭を抱えてしゃがみ込んだ。涙目でリムルを見上げると、リムルは晴れ晴れとした笑顔に変わっていた。


「これで、おあいこですね!」


 さすがに、反論できないと悟ったのか、ユッテは無言で頷いた。

 ユッテは再びポケットを探ると、例の鍵を取り出した。鍵穴に差し込んで回すと、先程と同じくカチャリという音がした。そして、ドアの取っ手を掴むと、手前に引いた。


「あっ」


 リムルは呆然となった。

 そこには細くて長い木の橋があった。そして、その周囲は極彩色。これまた、どこかで見た光景だった。


「時空の狭間……」

「ちょっとした事情で、空間に細工がされているのよ。手すりはあるけど、あまり頼りすぎると狭間に落ちるから気をつけてね」


 狭間に落ちる。その言葉に、リムルはびくりとした。昨日、狭間に落ちて過去の記憶を失っていたから。今度落ちたら、いったいどうなるのか……。そう思うと、リムルは足がすくんだ。

 その様子を見て、ユッテはばつの悪い顔をした。もとはといえば、自分達が蒔いた種なのだ。


「リムルさん、ごめんね。私と手を繋いでいきましょう。それなら、絶対に大丈夫だから」


 そう言うと、リムルへ手を差し伸べた。リムルは暫くじっと橋を見つめていたが、やがて、ユッテの手を握った。その手が震えているのに気付いたユッテは、優しくリムルを抱きしめた。


「ごめんね。怖い思いをさせた上に、大切な記憶を奪ってしまって……。でも、きっと私達が何とかするから……。約束するから……」


 やがて、リムルの震えは止まった。そして、ユッテから離れると、笑顔を見せた。


「ありがとうございます。もう大丈夫です。さぁ、行きましょう!」


 そう言うと、橋へ向けて駆け出した。きっと、ゆっくり歩く余裕は無いのであろう。


「本当に、何とかしなきゃ……」


 ユッテは真剣な顔で呟くと、リムルの後を追った。

 その橋は三百メートル程あった。そして、まるでつり橋のように左右に揺れる。


「あわわ……」


 バランスを崩し、手摺りを乗り越えそうになったリムルの左手をユッテが掴んで引き戻す。


「周りを見ちゃ駄目。真っすぐ、終点だけを見て駆け抜けなさい。これはトラップよ!」

「トラップ?」

「そう。先入観だけで渡ろうとすると、この橋はとても不安定な橋に見えるの。でもね、この橋は決して揺れない」

「え? でも……」


 まさに落ちそうになったリムルには理解しがたかった。


「時空の狭間に落ちるのは誰でも怖い。クロノ・ジャンパー以外で狭間から生きて戻れる者は奇跡的な運を持ち合わせた者だけ。そして、不安定な木の吊り橋。先人の知恵とはいえ、よくこんな物を組み合わせたものよね。私が先に行くから、あなたは私の背中だけを見て走りなさい」


 リムルは無言で頷いた。

 そして、二人は駆け出した。極彩色の世界を。


大変遅くなりました! すいません、すいません、すいませーん!

<(T_T)>

投稿してないのにアクセスカウントだけが増えていき、すごいプレッシャーでした。


いやー、この四か月、いろんなことがありました。

仕事はドタバタするわ、インフルエンザにかかるわ、帯状疱疹にかかるわ……。

とどめは投稿前日、階段から落ちて救急車のお世話になってしまいました。

まさに、踏んだり蹴ったりな四か月でしたが、ついに13話を投稿できました!

今回はリムルが主役でした。しかし、ナミナの家に行くのに、何であんな場所を?(笑)


それでは、次回、できるだけ早く投稿しますので、忘れないで下さいね!

(>▽<)/

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