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第10話 祭りの始まり

「いい天気になりましたね」


 メルフィー達がレムリアに到着した翌朝。

 晴れ渡る空を見上げ、マスターは笑顔を見せた。


「まさに、食日和ですな! 『外』にいる我々は、午後からが勝負ですが」


 隣で開店の支度をしている中年の男も笑顔だ。

 メイン会場の外、物産品販売エリアに設けられたティールームは、小さいながらも木目調の落ち着いたものに仕上がっていた。


「さて、メルフィー達はどうしているかな?」


□■


「まずは、ここに行って、次は……」

「ここも外せないわよ!」


 レムリアの中心、パレス・レムリアの前に広がるメイン会場、市民広場のゲート前で、メルフィーとフィリアはガイドブックをチェックしていた。バスの中で読んでいた、あの本である。


「レムリアは千年の歴史を持つ古都として知られ、周囲は城壁に囲まれております。都市の中心には、古代王国時代の王宮である、パレス・レムリアが威容を誇っております。レムリアには昔ながらの石造りの住居も多く残されており、それらとの調和を重視して、建物は白を基調としたものとなっております。また、レムリアを中心とした世界『レスティアール』では牧畜が盛んで、最上級の肉として知られるムアール、そして幻の品種ムアリスの産地としても有名です」


 手帳を見ながらバスガイドが大声で読み上げるが、聞いているのはナミナただ一人。そもそも、ツアー客の目的は観光ではない。メルフィーと同様に、他の客達もパンフレットやガイドブックを片手に盛り上がっている。バスガイドの声が次第に小さくなっていく。少し涙目だ。


「ガイドさん、ちょっといいかしら?」


 ナミナはバスガイドに近付き、耳打ちした。バスガイドは一瞬、驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔になった。大きく深呼吸すると、頬を一つ叩いた。


「はーい、たくさん食べたい人は注目!」


 今までの倍以上の声で、バスガイドが叫んだ。この一言でツアー客の会話が途切れ、全員の視線がガイドに集中した。メルフィー達も例外では無かった。


「これから、皆さんにバッチをお渡しします! これが食べ放題の印なので、絶対に落とさないように!」


 そして、こっそりとナミナにウインクした。ナミナはそれに笑みを返した。


「一列に並んでくださーい! それから、会場の中で手に取った料理は必ず完食すること!」


□■


「これが食の祭典……」


 時計塔の上から広場を見下ろし、サイラスは呟いた。市民広場には無数の屋台が所狭しと並んでいる。これを三日間で全て制覇するなど不可能だろう。しかし、今回はそれが目的ではない。


「何としても、お嬢様方の情報を得なければ!」


 厳しい表情で呟くと、サイラスは階段を降りていった。腰のベルトにぶら下げた、カップと携行用の皿をカランカランと鳴らしながら……。


☆★


 午前九時。次々と打ち上げられる花火を合図に、食の祭典は幕を上げた。東西南北に設置されたゲートから、人々が雪崩を打って会場の中へと流れ込む。


「む、むぎゅー!」

「こ、こんなところで負けてなるものか!」


 人波に押し流されそうなメルフィーの手を強く握ると、フィリアは敢然と『第一目標』へと駆けていった。


□■


「開場前からこんなに焼いて、大丈夫ですか?」


 リムルは次々にムアリスのステーキを焼き上げるアルテに尋ねた。後追いで駆け付けた村の人達も加わり、屋台の裏に肉が次々と積まれていく。


「すぐに分かるわよ」


 アルテはニヤリと笑った。そのとき、花火の音が会場に響いた。

 間もなく、すさまじい地響きが聞こえてきた。それも一方からでは無い。まるで四方八方から押し寄せて来るような……。それは、幻のムアリスを食べたい人の群れであった。老若男女が入り乱れてこちらへ駆けてくる。それを見たリムルの表情が引きつった。


「怖いだろう? 最初は皆、あの迫力に負けちゃうのよ。私も初めての時は怖かったからねぇ」


 そう言ってアルテは笑った。そして、屋台の裏で下ごしらえをしている村人達へ声をかけた。


「さぁ、仕事開始! みんな、気合い入れていくよ!」

「おー!」


 村人たちとともに、リムルも笑顔で腕を上げた。


□■


 フィリアが第一目標に辿り着いたとき、屋台の前には既に百名近い行列が出来ていた。それは、リムル達の屋台だった。


「い、一体、どこからこんなに人が湧いてくるのよ!」


 先着争いに敗れたフィリアは思わず叫んだ。


「他のお店を先に回る?」

「だめよ!」


 メルフィーの提案をフィリアは一蹴した。


「後から来たら、本日完売になってるに決まってるじゃない! ムアリスよ! 三年に一度、食べれるかどうかっていう、幻のお肉なのよ! たかが百名くらい、余裕で待つわよ!」


□■


「三つちょうだい」

「俺は四つ」


 幻のムアリスのステーキということもあり、まとめ買いをする客が多い。積み上げられていた肉の山はあっと言う間に低くなり、やがて底をついた。屋台の表だけでは追いつかず、裏でも焼いている。リムルは売り子をしつつ、裏で焼けた肉の運びを手伝っていた。あまりの忙しさに、額に玉の汗が浮かぶ。


「ふぅ」


 リムルが座り込み、息を吐くと、隣で焼いていた村人が肉の入った皿を渡した。


「それ食べて頑張りな!」

「で、でも……」

「いいんだよ。あんたにはたくさん手伝ってもらってるんだから。熱いうちが美味しいぞ!」


 遠慮気味なリムルに、村人は笑って言った。


「あ、ありがとう」


 リムルは肉を口に運んだ。とろけるような柔らかさ、そして濃厚な肉汁。思わず笑顔が溢れる。


「美味しい!」

「当り前だ! ムアリスより美味い肉なんて、世界中探したって無いぜ」


 リムルの故郷にも、それなりに美味しいものはあった。でも、この世界で食べるものは、何もかもが美味しく感じた。アリスタの郷土料理も感動を覚えるほどに美味しかった。きっと、この世界が素敵だから、食べ物も美味しく感じるのだろう。リムルはそう思った。そんな中でも、ムアリスの肉は別格だった。


「さぁ、頑張るぞ!」


 元気をもらったリムルは、気合いを入れて売り子に戻っていった。


☆★


 開場から二時間後。


「や、やったぁ……やったわよぉ!」


 フィリアが高々と獲物の入った皿を掲げた。


「はーい、本日のムアリスは完売! 今日食べれなかった人は明日来ておくれ!」


 アルテの完売宣言に、メルフィーの背後でため息が洩れた。メルフィーは最後の最後、百番目の客であった。


「こ、これがムアリス!」


 アルテから受け取った焼きたての肉を見つめ、メルフィーはごくんと唾を飲み込んだ。そして、フォークを刺そうとしたそのときであった。


「よし、次行くわよ、次!」


 フィリアはメルフィーの手を掴むと、再び駆け出した。彼女はあっと言う間に平らげたようだ。どうやら、食の祭典では、食べるのをためらった時点で負けらしい。


「ま、まだ食べてな……」


 抗議するメルフィーの声が一気に遠ざかっていった。


「お疲れ様でした! 本当にすごかったです」


 入れ違いに、リムルが屋台裏から戻った。


「最後のお客さん、すごく嬉しそうだったよ。これだから、やりがいがあるのよね!」


 アルテは笑顔で屋台裏を振り返った。村人達は皆、疲れ果てていた。


「みんな、お疲れ様! 後始末はしておくから、祭典を楽しんできな!」


□■


「うむ、さすが、幻の肉というだけのことはあるな」


 ムアリスの肉を味わいながら、サイラスは会場の中をゆっくりと歩いていた。その脇を人々が皿を片手に駆け抜けていく。彼はこのような喧騒の中に身を置くのが好きだった。故郷では味わえないから……。


「フィ、フィリアさん、早すぎですー!」


 そのとき、背後から猛烈な勢いで若い女が駆け抜けていった。手を引かれた相方の女は、引きずられるように走っている。そして、すぐに角を曲がって見えなくなった。その直後であった。


「メルフィー、気合いよ!」


 遠ざかる声の中に、聞き覚えのある名前が含まれていることを、サイラスは聞き逃さなかった。すぐに後を追う。しかし、既に声の主は人波の中に消えていた。

 あの声の主が、自分が探し求めている者と同一人物の可能性は低い。実際に髪型も全く違っていたから。しかし、可能性がゼロで無ければ当たるべし。これが、サイラスの長年の経験から得た教訓であった。


「どうやら、来た甲斐があったかも知れんな……」


 そう呟くと、目の前の屋台へと入って言った。


「美味そうですな。一本、頂けますかな?」


□■


「ここ、特等席ですね!」


 バスガイドは紅茶を味わいながら、笑顔でナミナに言った。


「私、エルカっていいます。先程は助けていただき、ありがとうございます!」


 初日の朝ということもあって、人々は屋台から屋台へと駆け回り、物産販売のエリアは人通りも少ない。実際、ティールームにいる客は二人だけであった。


「私、新入社員で、今回のツアーが初めて一人で任されたお仕事だったんです。だから、いつもより気合いが入ってました。でも、バスの中は酔っ払いばかり、外では誰も話を聞いてくれなくて、もう少しで心が折れそうでした」


 苦笑交じりに語るエルカに、ナミナは優しい笑みで答えた。


「だから、ずっとテンションが高かったのね。そんなに気負わなくてもいいのよ。ガイドは空気のようなものだと思えば……」

「空気?」


 エルカは首を傾げた。


「話術だけで人を引きつけるのは簡単じゃないわ。それは経験があってこそ生きるの。それに、私はあなたのガイドを楽しく聞けたわ。今はそれでいいんじゃないかしら?」

「ナミナさん……」


 再びエルカの瞳に涙が浮かんだ。どうやら彼女は涙もろいらしい。


「私もそうだけど、レムリアの人達は食べるというより、祭りを楽しむって感じなのよね。エルカさんは祭典は初めて?」

「はい」


 ナミナは紅茶を飲み干すと、ゆっくりと立ち上がった。


「今日は、私が祭典を案内してあげる。みんなが知らない穴場もね!」


 エルカはナミナの意図に気付いた。勢いよく立ち上がると、涙を拭いて笑顔で言った。


「はい! 今日はたくさん勉強させていただきます! ナミナ先輩!」


 ナミナはエルカを外で待たせ、マスターに代金を払った。


「ご馳走様。ルシェと変わらない味だったわ。やはり腕がいいのかしら?」

「ありがとうごさいます」


 マスターはいつもの笑顔で、軽く一礼した。


☆★


 屋台には肉や魚、新鮮な野菜に果物と、様々な食材が積み上げられていた。あちこちから漂う美味しそうな匂いに、メルフィーはよだれが止まらない。そして、ようやくフィリアが立ち止まった。


「ニ本ちょうだい!」

「あいよ!」


 フィリアの注文に、屋台の主は威勢よく答えた。店頭には串刺しにした魚、ミンダがずらりと並んでいる。それをオープンで豪快に焼いていく。その香りは、さらにメルフィー達の食欲を掻き立てた。


「お待たせ。脂が乗って旨そうなやつを選んでおいたぞ」

「ありがとう、おじさん!」


 メルフィーは焼き立ての魚を頬張った。あっさりとしてほくほくした身、そして振りかけられた岩塩が見事に調和している。


「美味しい! 脂の乗りといい、塩加減といい、おじさん、塩焼きの達人だね!」

「本当ね。ミンダは何度か食べたことがあるけど、こんなに美味しいのは初めてだわ」


 絶賛するメルフィーとフィリアに、店主は自慢げに答えた。


「お、わかるかい? これでも、エスタでは名の知れた料理人なんだぜ!」


 エスタは五大都市の一つであり、水の都と呼ばれている。豊かな水をたたえたエスタ湖は水産物も豊富で、漁業や水産加工が主産業である。


「エスタに来ることがあったら、俺の店に寄りな! ガランの店と言えば誰でも知ってる。うまいものを食わせてやるよ」

「うん、機会があれば行ってみるよ。私はメルフィー。塩焼き美味しかった! それじゃ、またね!」


 メルフィーは串を置くと、笑顔で立ち去った。


「ハハハ、面白い奴等だ。あのでかいミンダの塩焼きを、あっという間に食いやがった!」


 ガランは豪快に笑ってメルフィー達を見送った。


□■


 リムルは後片付けを終え、一人、会場の中を歩いていた。どこかで仕入れたらしいクッキーの袋を抱え、美味しそうに食べている。誰にも監視されずに、のんびりと街を歩く。こんな夢のようなことが実現するなんて、一生無いとリムルは思っていた。このまま、この世界に残るのもいいかも……。

 そんな彼女の前に、一人の若い長身の男が立ちはだかった。サングラスに黒ずくめ。いかにも怪しい雰囲気に、リムルは一歩引き下がる。


「あんた、リムル・エルディスだな?」


 さあ、食の祭典が始まりました! 食べて走って、また食べる。書いていてうらやましくなりました。(笑)

 今回は私にとって想定外のストーリーになりました。当初、ナミナはバスの乗客A程度、エルカに至っては名前すら考えていませんでした。キャラが勝手に動きだしたってところでしょうか。このあたりが、ティールームらしさなのかも知れませんね。

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