表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

顔も知らない旦那様、来世、幸せになるために終わりにしましょう

 世間的な目で考えれば、ハートウェル公爵家の当主チャールズに嫁入りしたことは幸せなことだろう。

 建国時から存在する由緒ある家で、しかも魔術師の大家としてその名を知らないものはいない。

 だけど、私にとってこの結婚は不幸なものでしかない。十八歳で結婚して二年、年下の夫と顔を合わせたことは一度もなかった。

 書類を処理していた手を止めた。


「……そういえば、旦那様って、今、幾つだったかしら?」

「確か、来月、成人すると聞いています」


 侍女のローザが曖昧な記憶を引っ張ってくる。彼女は私が小さい時から側にいてくれる、年の離れた姉のような存在。そんな彼女がいつも側にいてくれるから、私はこうして生きていられる。


「お誕生日のお祝い、用意した方がいいのかしら?」

「いらないのではありませんか? エヴリンお嬢様もいただいていませんし」

「ふふ。ローザったら」


 冷ややかな反応を見せるローザが面白くて笑った。


「あの後妻が選んできた相手ですもの。公爵家の当主になるためのお飾り妻。衣食住、ケチらないだけ素晴らしいわ」


 脳裏に、意地の悪い笑みを浮かべた父の後妻とその娘であるメリンダ。

 母が亡くなった後、生活が一変したのはあの二人が伯爵家に入ってきてからだ。そして、私にはこの結婚を拒否する権利はなかった。聞いた翌日にはここに連れてこられてしまったのだ。


「お嬢様! もっと怒ってください!」

「そうはいっても……」


 すでに結婚していても、ローザは私のことをお嬢様と呼ぶ。


「婚姻すら顔を出さずに、サインの入った紙をお嬢様の前に代理人が広げただけ。一度も挨拶をしに来ないなんて、人としてあり得ないです!」

「まあ、そうかも?」


 実家がすでに人でなしなのだ。顔も見せない夫なんて、きっと王都の街を歩けば十人に一人ぐらいはいるはず。


「しかも、領地に押し込んで、仕事だけをさせるとか! どんなクズですか」

「クズは間違いないわね。でも、ここは嫌がらせをする後妻とメリンダがいないじゃない。それだけでもメリットはあるわね」

「お嬢様っ!」

「はいはい」


 ローザに適当に返事をすれば、彼女はますます怒りをヒートアップさせる。


(状況を心地よいと思ってしまうんだから、私も壊れているわよね)


 心の中で苦笑しつつ、積まれた資料を手に取った。


「これ、読むからローザはお茶を用意してくれる?」

「……わかりました」


 ローザは私が現状を変えようとしないのを心配しつつも、怒りを治めてくれた。ここでいくら叫んだところで、この結婚はなくならない。


(それに白い結婚が認められて白紙になったところで、実家に戻ることもできないしね)


 だったら、このまま衣食住が満たされた状態で静かに暮らしている方がいいだろう。

 王都でなら、貴族女性も生きる術があるだろうが、それは全員が手に入れられる幸運じゃない。常に幸運から見放されている私にしたら、人生をかけた賭けなどできるわけもなかった。


「……さて、これを読んでしまいましょう」


 領地の仕事は多岐にわたる。積まれた量は恐ろしいほどだが、時間が有り余っている私にとっては良い暇つぶしだ。

 とはいえ、仕事だけでは疲れるのも本当。気晴らしを兼ねて、部屋にある本棚から適当に一冊、本を引き抜いた。


【ハートウェル公爵家の歴史】

 公爵家を興した経緯から細かに記されている。


「ふうん。建国時からある魔術師の家系とは聞いていたけど……初代は世界でも五本の指に入るほどの魔術師なのね」


 読み進めれば、初代がどれだけ偉大な人であったかが書かれていた。


「へえ、じゃあ、旦那様も凄い血を持っているのね」


 それならば、妻を冷遇するクズであっても当主になれるのだろう。

 興味深く読み進めていると、文字が変わった。そこには、嫁いできた妻の怨嗟が細かな字で刻まれていた。目を凝らし、その呪いのこもった文章を読み進める。


 私が選びたかったものは、最初から選択肢にすらなかった――そんな言葉が並ぶ。

 意味不明だが、不思議と読みづらさはなかった。初めて見るはずなのに、書いた理由も、そこに至る思考も、手に取るようにわかる。


「やだ、私よりもさらに不幸な人がいるものなのね。この程度で、不幸だわと思っていたなんて、恥ずかしい」


 ほうっと、息を吐いた。そして、刻まれている妻の名前を指でなぞった。


「ふうん。エヴァというのね。名前が似ているせいかしら、他人のように思えない」


 その瞬間、本が光り輝き、宙に浮く。


「えっ!」


 流石の私も驚いた。私には魔力がほとんどなく、こんな魔術的な現象を引き起こす力はない。

 思わず腰を浮かしたが、すぐに落ち着いた。この光は温かく、私を害するようには感じなかった。


「まあ、これは何?」


 光が収まると、本は消え、その代わりに一枚の紙が残されていた。

 それは先ほどと同じ妻の文字。もしかしたら、同じような境遇の妻が現れたら、姿を現す魔術が施されていたのかもしれない。

 恐る恐る、その紙に目を落とした。


「――なるほど? じゃあ、チャールズ様を生け贄にすれば、私、来世では幸せになれるということね。この魔術は完璧と書いてあるけど……」


 この妻の末路は何も書かれていないし、来世と言われても信用するには弱すぎる。それに、生け贄を必要とする魔術はこの国では禁呪として指定されている。

 ただ不思議なことに、これだけが私の人生に残された選択肢のように思えた。


「幸せ……幸せねぇ。私にとって幸せって何かしら」


 唇に指をあて、考える。

 私の人生において幸せだったのは母が生きていた時だけ。

 優しい笑顔で抱きしめてくれた。今でもそれを思い出すと心が温かくなる。あの温かさが、私の幸せなのだとしたら、やっぱりもう一度手に入れたい。


「お嬢様、お茶をお持ちしました」


 丁度読み終わった頃に、ローザがカートを押して戻ってきた。


「ローザ。明日、王都に行くから。準備をしてちょうだい」

「え、王都ですか?」


 ローザは呆気にとられた顔になる。私はそんな彼女を見てふふっと笑った。


「そうよ! これを読んでちょうだい。もしかしたら、私も幸せになれるかもしれないわ」


 そう言って、持っていた紙をローザに押し付ける。ローザは不審そうな顔で読んだ。彼女の顔が次第に真剣なものに変わる。最後まで読み終わると、顔色悪く私を見つめた。


「これ……本当なのでしょうか?」

「どうかしら? でも、試してみる価値はあると思うの」

「ちょっと待ってください! 生け贄って、禁呪じゃありませんか! 禁呪を使った者は代償が必要だと噂されているのに……」

「そうね」


 分かっていると、笑って頷いた。


「お嬢様……」


 ローザは言いかけて口を閉ざした。そしてため息を吐く。

 何を言っても止めないとわかっているのだろう。流石の私も、彼女をこれ以上悩ませるのは申し訳ないと思った。

 だからこそ、早く終わらせてしまおう。



 王都への道のりは、一週間。公爵領は国の端にあり、かなり遠い。

 だから、私からチャールズ様に会いに行こうとは思わなかった。わざわざ嫌な思いをするために、時間をかけるのが馬鹿らしくて。

 でも今回は、無駄だと思う以上のワクワク感がある。


「ねえ、もう少し早く移動できないかしら?」

「これ以上は無理です。ただでさえ、一週間を四日に縮めたのです」


 ローザに窘められて、肩をすくめる。


「そうね、ごめんなさい。早く、試したくて」

「……それ、本当に信用できるのですか?」


 ローザが声を潜めて、そんなことを聞いてくる。私は目を瞬いた。


「さあ? わからないわ。でもやってみても損はないと思ったの」

「そんな軽々しく……。旦那様はどうでもよいとしても、失敗したら、お嬢様がどうなるかも書いていないんですよ。私は嫌ですよ、お嬢様が傷つくのは」

「でも、何もしなければ、私はこのままよ。だから、丁度いいじゃない」


 紙の質から古い時代のものだとわかっている。私も成功率は五割もないだろうと思っていた。でも、五割もあれば十分だ。失うものは、最初から数えないことにしている。

 ローザが胡乱気な目を向けてきた。


「その魔法陣はどこにあるのかわかっているのですか?」

「王都の屋敷のエントランスが魔法陣になっているんですって」


 王都に入ったことはないが、貴族の屋敷の造りなどほとんど同じだ。探す必要がないことがありがたい。


「ええ!? そんな入り口に?」

「この魔術を発動するには生け贄にこの紙を渡して、呪文を唱えればいいみたい」

「お手軽ですね」

「とても親切設計だわ。恐らく、この魔術を使うのにふさわしいと判断されたことが鍵なのよ」


 私はそう呟きながら、紙に書かれた呪文をじっと見つめた。ローザは目を潤ませ、そっと拭う。


「お嬢様の幸せを願ってくれる人がいるということですね」

「ふふ。なんか、嬉しいわ」


 私のことを愛してくれたのは実母とローザだけ。過去に生きた彼女が私の幸せを願ってくれていると考えれば、とても身近に感じる。


「ところで、旦那様の顔、私は知らないのですが……お嬢様は知っていますか?」

「そう言えば私も知らないわね。でも、前公爵様の肖像画は見ているから、わかるわよ……多分?」


 そう難しく考えなくていい。

 私はいろいろと考え込むローザに笑って答えた。



 王都の屋敷は、領地の館よりもずっと華やかだった。天井は高く、絨毯は柔らかく、壁にかけられた肖像画の額縁まで無駄に金色だ。


「奥様、ですか? その……こちらに来る予定を聞いておりません」


 先触れは出しているはず。ローザがわかりやすく怒りの表情になった。それを目で押さえると、にこりと笑う。


「あら、そう? じゃあ、誰かに確認してちょうだい」

「――では、しばらくお待ちください」


 本当に当主の妻なのか、それともただの客人なのか。判断に困ることだろう。

 内心面白く思いながら、くるりと辺りを見回した。エントランスは歴史を感じるほどどっしりとしている。さりげなく床を確認すれば、紙に書いてあった通りの素材だった。一目で間違いないと確信できたのは、きっとこの紙を持っているからだろう。

 まだ魔法陣が有効であることにほっとしつつ、確認に行った家令を待つ。その間に、目的の魔法陣を探した。


「本当にあったわ! ローザ、これを見てちょうだい。思っていたよりも、大きいわね」


 そう囁けば、ローザがわかりやすく困り顔になった。どうも彼女は私にやめてほしいようだ。それを気が付かないふりをして、魔法陣を確認するように辿る。


「お嬢様、それ以上は控えてください。なんだか変な踊りをしているように見えます」

「なによ、変な踊りって」


 くすくすと笑っていると、玄関の扉が開いた。すました顔をして、そちらに向ければ、既視感のある姿がそこにある。


(あら、肖像画そのままね)


 領地の屋敷に飾られていた、義父の肖像画。

 ダークブラウンの髪の色に、琥珀色の目。それから、面差しと視線の鋭さ。

 記憶の中の絵と、目の前の男が、ぴたりと重なる。血のつながりというものは、こういうところに出るのだろう。

 私は迷いなく一歩前に出た。にこっと笑って、軽くスカートを摘まむ。


「旦那様、初めまして。妻のエヴリンです」


 空気が、止まった。返事がない。

 不思議に思って顔を上げると、ルーファスが一瞬、何かを思い出したような顔をしていた。彼はすぐにその表情を隠す。


「――悪いが、俺は君の夫ではない。俺はルーファス・ハートウェルだ」

「え?」


 見知らぬ名前を聞いて、瞬いた。

 こんなにも前ハートウェル公爵によく似ているのに、チャールズ様ではない?

 よく見れば、二十歳の青年とは思えないほど落ち着いている。よくわからず混乱していると、彼は小さく頷いた。


「チャールズの父が俺の兄でね。彼は俺の甥になる」

「まあ、そうなの。知りませんでしたわ」


 恥ずかしい間違いをしたと視線を落とした。


「応接室に案内しよう」

「あら、私が本物の妻かどうか、確認は必要じゃなくて?」


 家令が確認に行っていると言外に伝えれば、彼は肩を竦めた。


「顔を知ったのは初めてだが、君の特徴は聞いている。だから必要ない」


 私のことをちゃんと知っている人がいることに驚いた。ルーファス様の評価がさらに高くなる。


「どうぞ。応接室まで、エスコートしよう」

「ありがとうございます」


 腕を差し出され、気持ちがふわりと浮き上がった。ずっと忘れていた感覚だ。

 自分の反応に戸惑っていると、彼の優しい視線に気が付いた。


「あの?」

「ああ、すまない。とても可愛らしい反応だと思って」


 素直に褒められて、恥ずかしくなった。視線を逸らし、大きく息を吸う。できる限り済ました顔を作り、彼を見上げた。


「ありがとうございます。お上手ですわ。でも、そういうことは愛しい方だけに」

「……そうだな」


 分かっているような返事ではなかったが、彼の目が優しくてそれ以上のことは言わなかった。



 ルーファス様との話はとても面白かった。随分と年上なのだろうと思っていたが、聞いてみれば私との年の差は八歳。前公爵とは随分と年の離れた兄弟だ。

 目の前に座る彼から目が離せない。彼の目には初対面とは思えないほどの親しみが溢れている。それを不思議に思いつつも、心地の良さに気が付かないふりをした。

 そうしてとりとめのないことを話しているうちに、騒々しい音が応接室まで聞こえてきた。


「……どうやらチャールズが帰ってきたようだ」


 ルーファス様はそう言いながら、険しい表情だ。それは部屋の外から聞こえてくる騒音に関係しているのは、たやすく想像できた。


「他にもお客様がいらっしゃったのかしら? ご挨拶に出た方がいいでしょうか?」

「いや、このままここにいてほしい。俺が見てくる」


 そう言われて、部屋に残された。だけど騒々しさはさらに大きくなり、思わずローザと顔を見合わせる。


「どうしたのかしら? やっぱり見に行った方がいいよね?」

「お嬢様……それを野次馬根性というのです」

「だって、旦那様がいるんでしょう? 見に行くしかないじゃない」


 私に対するクズだけじゃなくて、もしかしたら真正のクズかもしれない。そう考えると、どうしても顔を見たくなってくる。


「分かりました、行きましょう」

「え、いいの?」


 ローザなら止めると思っていたから、驚いた。ローザは苦虫を嚙み潰したような顔だ。


「ダメだと言っても、こっそり行ってしまうじゃありませんか。だったら、一緒について行ったほうがまだましです」

「ローザったら」


 思わず笑ってしまう。そして、音を立てないようにしてこっそりと応接室を抜け出した。



「なるほど……私が今まで冷遇された理由が分かったわ」


 こっそりとエントランスを覗けば、ルーファス様は二人の男女と対峙していた。家令が隅に控えているが特に口を出すつもりはないようだ。

 そして、その男女。男の方は見覚えがないから、きっとこれが夫のチャールズ様。そして女性の方はよく知っていた。


「もしかして、メリンダ様がお嬢様のふりをして?」

「そうじゃないかしら? メリンダは後妻の連れ子だから、平民だし。私に仕事をさせて、社交界ではあの子を妻として扱っていたみたいね」


 後妻がチャールズ様との結婚を勧めたわけも分かってしまった。ため息しか出ない。

 やっぱり、来世にかけるしかない、と思いを強くした。


「それにしても、旦那様、前ハートウェル公爵とは似ていないのですね。母親似でしょうか?」


 領地の屋敷にある肖像画を見ているローザが首をひねった。


「そうかもね。でも、クズは間違いないんだから、いらないでしょう」


 ドレスのポケットに入れてあった紙を取り出した。


「じゃあ、行ってくるわね」


 ローザに軽く手を振ると、静かに三人の側に寄った。


「ごきげんよう、メリンダ」

「あんた、エヴリン! どうしてここに……」


 余裕の顔だったメリンダがぎょっとした顔になる。それを面白く思いつつ、紙を見せた。


「ちょっと旦那様に確認したいことがあって、王都まで出てきたの」


 初めて見るチャールズ様は、私を見て狼狽えた。


「お前は」

「はじめまして。妻のエヴリンですわ。ようやくお会いできて光栄です」


 にこやかに嫌味を繰り出すと、紙を差し出した。反射的に差し出された手にそれを乗せる。

 すかさず呪文を呟くと、紙が光り輝き、生け贄の魔法陣が起動した。だが、すぐに光は散ってしまう。


「あら?」


 呪文をもう一度呟いた。

 でも、何も起こらない。


「まあ、どうしましょう?」


 まさかの事態に首を傾げた。目の前に立つチャールズ様をじっと見つめる。

 顔立ちは甘く、前公爵ともルーファス様とも似ていない。髪の色も栗色で、目はくすんだ緑だ。


(これはもしかして……)


 チャールズ様から、ルーファス様に視線を向けた。

 彼はじっとチャールズ様の持つ紙を見つめていて、先ほどとは少し様子が違う。彼の横顔を見ているうちに、どくりと心臓が音を立てた。


「この紙、知っているのですか?」


 彼を見つめているだけで脈が速くなっていく。それを誤魔化すようにルーファス様に話しかけた。彼は我に返ると、ため息をついた。


「ああ、知っている。血族にだけ反応する魔術だ。チャールズ、お前は兄上の息子ではなかったんだな」

「はっ!? なんでそんなことを。叔父上は僕から家督を奪う気かっ!」


 チャールズ様が狼狽えた声を出す。メリンダも顔色が悪い。私と入れ替わったことを知られた時よりも動揺している。

 二人の焦る様子に、事実を知っているのだとわかってしまった。


「そうよ、デタラメを言わないで! チャールズは前公爵の息子よ!」

「だったら、どうして魔法陣が発動しない?」

「魔法陣?」


 チャールズ様は戸惑ったように呟いた。


「そうだ。知らないのならそれがすべてということだ」


 ルーファス様は家令に指示をして騒ぐ二人を客室に閉じ込めるようにと指示をした。

 私は口を挟める状態でもなく、ただ成り行きを見守っていた。護衛と家令に二人は連れて行かれ、エントランスには私とルーファス様だけが残る。ローザがそっと私に寄り添ってくれたのが心強い。


「君はなぜあの呪文を……あれは公爵家に伝わる魔術のはず」


 彼の問いかけを聞いて、私は自分の失敗を悟った。

 彼は公爵家の血筋ではなかったのだ。ということは、先ほどの魔術は条件がそろわず、無効だ。


「失敗なのね。ということは、来世もダメってこと?」


 思わずため息が漏れた。


「はあ、仕方がないわね」


 背を向けた瞬間、腕を掴まれた。強くはない。振りほどこうと思えば、たぶんできた。

 それでも足が止まったのは――私が思っていたより、ルーファス様の熱を、確かな圧を感じたからかもしれない。


「次は俺で試さないか?」


 彼の目に、執着の色が滲んでいた。まるで、今世も来世も、私のすべてを自分のものにしようとするかのような。

 さっきは感じなかった執着に、背筋がぞくりとする。同時に、私の中の何かが彼の手を取るようにと囁いてくる。


「――ルーファス様はクズじゃないから、試せない。今世は諦めるわ」


 拒絶の言葉を口にしたはずなのに、彼は微笑んだまま手を離さない。指先に伝わる温度が、まとわりつくようだ。

 その眼差しにこもる感情はどんなものなのだろう。


「今世、諦める必要はない。俺にチャンスをくれないか?」


 囁きの奥に潜む確信。危険なほどの強さ。

 囁きは身体の奥まで響く。声の奥に、確信、独占、そして破滅的な愛が潜む。逃げようと思うほど、心は絡め取られた。

 恐ろしくも、甘い。


「まあ、困ったわ。どうして……そんなに執着するの?」

「さあ、どうしてだろうな?」


 そう笑いながら、彼は私を静かに抱き寄せた。力強い腕は振りほどけそうにない。


「ついさっき会ったばかりなのに……」

「そうだな」


 ルーファス様は同意するものの、理由を教えてくれない。

 でも、きっとさっき呪文を唱えた時、彼の何かが解放されたのだろう。それが、私への執着と変わった。

 そして、気になることがもう一つある。

 私に魔術を伝えてきたあの紙。彼女の願いは一体何だったのか。


(もしかしたら……)


 目を閉じれば、自分と似た女性が彼でいいのだと笑っている。

 その腕の温もりが、囲い込もうとする熱が恐ろしくも心地よかった。


Fin.

明けましておめでとうございます!

今年もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ