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給付金目当てで始めた林業シミュレーターが、気づけば俺を山に連れ出していた件  作者: tomoibito


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3/3

第3話 山と共に生きる仕事

第3話 山に植えるもの


派遣先の休憩室は、今日もいつも通りだった。

コーヒーの匂いと、誰かのため息。


「AI入ったらさ、俺らの仕事、半分になるらしいよ」


誰かが言った。

別の誰かが「マジかよ」と笑った。

でも、その笑いはすぐに消えた。


俺は自販機の前で、缶コーヒーを取り出した。

怒りも、不安も、もう大きくは湧いてこない。


「ああ、そうか」


ただ、それだけだった。


仕事は減る。

居場所も、たぶん減る。


それなのに、心は妙に静かだった。


スマホが震える。


《林業体験プログラム:植樹体験会のご案内》


林業シミュレーター修了者向け。

初心者歓迎。

参加費無料。


俺は、迷う前に参加ボタンを押していた。


当日。


山のふもとの体験館には、

俺と同じくらいの年齢の人も、若い人も集まっていた。


前に立った行政の担当者が、まずこう言った。


「今日は“いいこと体験”ではありません」

「植樹は、災害を防ぐ仕事です」


斜面が放置されれば、土砂崩れが起きる。

水が一気に流れ、下流の町を襲う。


「誰かがやらなければ、確実に危険が増える仕事です」


その言葉が、胸に残った。


次に、林業会社のスタッフが補足する。


「伐ったら終わりじゃありません。

 植えて、育てて、手入れして、

 それでようやく“山が山として機能する”」


ヘルメットとズボンを受け取り、

俺は自前の長袖と軍手を身につけた。


装備を整えるだけで、

自分が“現場側”に立った気がした。


植樹の説明は、想像以上に地味で、具体的だった。


まず、植える場所の落ち葉や枝をどける。

石や腐った根があれば外す。


鍬で、浅く掘る。

深すぎてもダメだという。


苗木を立て、

足で周囲の土を踏み固める。


「最後に三本指で引っ張って、

 抜けなければ合格です」


誰かが「試験みたいだな」と笑った。


斜面に立つと、その意味がよくわかった。


足場は悪く、踏ん張るたび太ももが震える。

少し動くだけで、息が上がる。


そんな中、頭上から低い音がした。


ドローンだった。


苗木の束を吊り下げ、

斜面の近くまで運んでくれる。


「昔は全部、人が担いでましたからね」

「今はこれだけで、だいぶ違います」


俺は正直、感動した。


作業場所へ向かう途中、

しっかり整備された林道を歩いた。


幅があり、足元が安定している。


「林道があるだけで、全然違うでしょ」


スタッフが言う。


早瀬さんが作っていた、

あの動画の中の林道が頭に浮かんだ。


ユンボが入れる。

資材が運べる。

人が安全に動ける。


近代化の恩恵を、

俺は体で理解した。


ユンボは、本当にありがたい。


スタッフが続けた。


「林業って、切る人だけじゃないんです」

「植樹専門の会社もあります」

「“木を切らない林業”ですね」


伐採が進んでも、

植える人が足りない。


放置すれば、災害リスクが高まる。


だから、

植えることだけを仕事にする会社が生まれた。


俺は、

業界の幅の広さに素直に感心した。


苗木を持ち、斜面に立つ。


足を踏ん張り、

体重をかけて土を固める。


スタッフが言った。


「ここは機械じゃ無理です」

「人の足と手しかない」


その瞬間、胸の奥で何かが弾けた。


――俺の体、まだ役に立つんだ。


単純で、原始的で、

でも確かな実感だった。


作業の途中、視界が一気に開けた。


伐採が終わったばかりの場所だった。


空が広い。

遠くの山には、靄がかかっている。


足元には、今植えたばかりの苗木。

少し先には、10年、20年育った木。

さらに奥には、今まさに伐られる森。


時間が、パノラマになっていた。


休憩中、俺は聞いた。


「これ……いつ木材になるんですか?」


「早くて50年後ですね」


「……50年後?」


俺は計算した。

その頃、俺はもういない。


手の中の小さな苗木を見る。


これは、

俺が死んだ後の世界に残る。


会ったこともない誰かが、

この木で家を建てるかもしれない。

家具を作るかもしれない。


孤独だった俺が、

未来と繋がった気がした。


俺は、苗木に土をかぶせる。


「……大きくなれよ」


子供に言い聞かせるみたいに。


体験会の終わり頃、

俺はスタッフを捕まえて質問を重ねた。


下刈りのこと。

夏の暑さ。

蜂のこと。

組合の話。


気づけば、周囲は片付けを始めていた。


誰かが笑って言った。


「50代は若手ですよ」


俺は、その言葉を何度も噛みしめた。


若手。


悪くない。


帰り道、俺はもう決めていた。


「誰かがやらなきゃいけない仕事なら、俺がやろう」


社会的責任。

重いはずなのに、心は軽かった。


不自由さを引き受けることで、

安心できることもある。


俺は担当者に連絡を入れ、

具体的な話を進めていった。


あと10年か20年は働ける。

できるだけ木を植え、伐り、山に関わろう。


胸の奥に、

確かな自信が芽生えていた。


エピローグ ちゃぶ台のある家


朝。


布団を畳み、

部屋の真ん中にちゃぶ台を置く。


あの、

野球漫画でちゃぶ台返しが有名な、あの形のやつだ。


早瀬さんが作ってくれた。


「丸いほうが、いいっすよ」

「この古民家に似合いますよ」


確かに、その通りだった。


一部屋で済む生活。

無駄がない。


縁側でコーヒーを飲むと、

野良だった猫が足元に来る。


今は、俺の家族だ。


早瀬さんの紹介で、

近くの林業組合に就職した。


平日は山。

休日は古民家のリフォーム。


「無理すんなよ」

「休憩しよう」


そんな声が、当たり前に飛ぶ。


俺は、うまくやっている。


特別じゃない。

でも、ちゃんと社会の中にいる。


あの山に植えた木は、

まだ小さい。


でも、確実に根を張っている。


俺も同じだ。


孤独だった俺は、

今、循環の中にいる。


山と、人と、

まだ見ぬ未来の誰かと。


俺はちゃぶ台に手をつき、

立ち上がる。


「さて、行くか」


ヘルメットを被り、

今日も山へ向かう。


――悪くない人生だ。


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