若い時にしか書けない作品 歳を取らなきゃ書けない作品
若い頃は、無限にアイデアが思い浮かぶ。
歳を取ると、何も思い浮かばなくなる。
よく耳にする話ではあるが、果たして本当に事実なのか?
実際に歳を取って感じることといえば、思い付いたことのアウトプットに対し、強いフィルターが先に掛けられるという点。様々な経験則から「これは大した思い付きではない」と、すぐに胸の内に仕舞い込むクセがつく。
若い頃は、アウトプットに対する渋いリアクションもまた、貴重な糧とできたが、歳を取ると、それを回避する方向に、どうしても頭が向く。
「もう恥はかけない」という思いが、年々重しとなり、出力を阻む。しかし、読者との強い繋がり(=共感)もまた、その恥の中にこそ、生まれることが多く、それこそが執筆の本分であったりもする。
歳を取り、アウトプットしないだけならまだしも、先回りして、若者が恥をかく機会すら奪おうとし始める者がいる。いわゆる老害と呼ばれる者たちの正体だが、彼らは「裏返った善意」から、若者たちのヤル気を削ぎにかかる(=正義を信じ込む者たちの暴力性と性質の悪さ)。
歳を取り、アイデアが思い浮かばないと感じるのは、おそらくテーマ設定にも問題がある。歳を取り、青い恥にはブレーキがかかる心理状態であるのにもかかわらず、それでもなお、「若い話」を書こうとしていることにこそ、構造的な欠陥がある。
歳を取ったのなら、取ったなりのテーマがあり、そこでまた「未知なる恥」をかけばいい。いいオッサンやオバサンが、ゲーム世界への転生のようなテーマの物語を手グセだけで今も書こうとしているのなら、ブレーキの作動は完全に正常ともいえる。
むしろ、そこからが本番だ。
いよいよ大人としてのテーマに取り組むべき時がきたと腹を括り、執筆を続ければいい。枯れたのは、アイデアではなく、若さの方で、熟成は枯れた後にこそ訪れる。これから書ける文章こそが、その作者の人生の「本当の味」が染み出すはずなのだから。




