6.濁った反射ー2
「あ〜あ、破れちゃったニャ。ルゥちゃんのために心を込めて選んだプレゼントだったのにぃ」
「ていうか、少しは大人になったら?」
キッチンのカウンターに座り、アルマリアがめそめそと泣き真似をしている。苛立ちながら答えたルクレティアは、コーヒーを一口すすった。
すると、同じくテーブルについていた男が口を開いた。
「お前ら二人は些細なことで喧嘩する。だが結局は愛し合ってる、それが真実」
「「黙れ、ヤラハール!」」
二人の声が重なったが、男は全く気にする様子もない。
「俺様は韻のスターになる修行中だ! イェア! これが俺の宿命! お前ら、いや、全人類が俺の天才性を崇めるべきだ! 韻の神ヤラハールの……天才性をな!」
彼が話している間、少女たちは呆れて顔を背けた。鼻にかかった声を持つ風変わりな男。中肉中背で、肌は濃い褐色。
黄色い瞳は目立つが、それ以上に彼の陽気で砕けた態度と、誰も笑わない場違いなジョークの方が目立っていた。
「貴様らはユーモアの敵だ! 芸術の敵だ! 俺様はただ助けたいだけなのに、これじゃまるで別世界…… ニ!」
その大げさな演技に、場の空気は「苛立ち」から「共感性羞恥」、そして「哀れみ」へと変わっていった。
その時、シルメリアと子供たちを連れたジークフリートがキッチンに入ってきた。
「『無駄知識の王』のお出ましだ。崇めよ!」
「あー……おはよう、みんな。ヤラハール、今日はいつもより元気だな。ベッドから落ちたか? あと、王って呼ぶのはやめてくれ」
「親友よりも先に女子に挨拶するとは何事だ?俺はただ師匠へのリスペクトを示しているだけだというのに」
(うざっ!さっきまで韻踏んでなかった?)
少女たちは思った。
「俺はお前の友達か? それとも師匠か? 親友はブリュンヒルデさんだったろ? 彼女が結婚したからって、俺に絡むのはやめてくれ」
その言葉を聞いた瞬間、ヤラハールはジークフリートの足元にすがりついた。ジークフリートは困惑した表情を浮かべる。
「あいつは俺を捨てたんだ! あんなに愛してたのに! 顔が良くてエレガントで、いい仕事に就いてるだけの、どこの馬の骨とも知らん奴に乗り換えやがって! 俺は全てを捧げたのに!」
男は泣き始め、ジークフリートは彼の頭をぽんぽんと撫でた。
「まあまあ、優しくしてあげてよ。ヤラハール君はいい子だし、いつもお金入れてくれるし」
「こいつはここに住んでるんだから、義務以外の何物でもないわよ、シルメリアさん」
ジークフリートはそう言いながら、足元の男を引き剥がし、肩を揺さぶった。
「しっかりしろ! そもそも彼女はお前の彼女じゃなかったし、お前は一度もアプローチしてないだろ! 文句を言うな! それに、女の子たちの前で取り乱すんじゃない」
ヤラハールは立ち上がり、少ししゃくり上げた。まるで魔法の言葉のように、彼はしばらく黙り込んで食事を終えた。
「ジークフリート君って、人の扱いが本当に上手よね」
「あー、そうかな」
シルメリアが褒めるが、ジークフリートはあまり納得していない様子だ。
「失礼しました、ヴァレリアン嬢、ハルザー嬢。少々見苦しく、不快な思いをさせてしまったようで。……で、俺のライムはどうだった?」
「別にいいけど。私、ルクレティアでいいし。ていうか、ライムなんて聞いてなかったし」 「アンタのライムは最悪よ。あと名字で呼ばないでニャ」
ヤラハールは低く丁寧な声で謝罪し、反省しているように見えた。二人が答えると、アルマリアは立ち上がって別の部屋へと行ってしまった。
「ひどいよ、貴様ら。」
ルクレティアも立ち上がり、文句を言っているヤラハールを置いて外へと向かった。
(ルクレティア、か。忘れ去られた家名に何の価値があるっていうの? 唯一の生き残りが私だけなのに)
少女が物思いに耽っていると、シルメリアが現れて声をかけた。
「ねえルクレティアさん、ジークフリート君と一緒に森の小屋まで薪を取りに行って、ついでに柵を見てきてくれない?」
それを聞いた瞬間、少女の目が輝いた。




