5.濁った反射ー1
夜明けが地平線に現れた。その輝きは力強く、威厳に満ちている。閉め切ったカーテンの隙間から、太陽の柔らかな光がおずおずと忍び込んでくる。
冷たい風が、静かに口笛を吹きながら通り抜けていった。日々はどこか内気でありながらも、容赦なく冬へと歩みを進めている。本格的な冬はまだ先だとしても、その予兆はすでに感じ取れた。
薄暗く静かな部屋で、ルクレティアはベッドのそばの椅子に座り込んでいた。狭い空間の大部分をベッドと机が占領しており、制服がハンガーに吊るされている。部屋の隅の椅子には、脱ぎ捨てられた汚れ物が無造作に置かれていた。机の上ではバラの香りのインセンスが焚かれ、部屋の空気を甘く彩っている。
(私、どうすればいいんだろ……)
ルクレティアはそう考えた。カーテンを見つめ、また視線を部屋の中に戻す。彼女は耳にした言葉について深く考え込んでいた。
ハガネとは反りが合わないが、彼が言っていた「金のかかる子供」という意味は理解できる。孤児院の中で唯一学校に通っている彼女を養うには、相当なコストがかかるのだ。
かつて、アルマリアは彼女に言った。『気にしなくていいのニャ。ルゥは頭がいいんだから、高くついても問題ないの。あとで返してくれればいいんだからニャ』 とはいえ、ルクレティアにできることは少ない。
家事を手伝ったりはしている。さらに、少しでも足しにするために外の店でバイトもしているが、学費の足元にも及ばない。
彼女に注がれた努力と投資を無駄にするわけにはいかない。だが、別の恐怖も彼女を襲っていた。
「結婚なんて、絶対にしたくない」
不安に満ちた彼女は、その運命を何としても避けたかった。孤児院の経営者たちが後見人である以上、彼らが誰かと結婚させようと決めれば、逆らうことはできない。女性である以上、押し付けられたものを受け入れざるを得ないだろう。だが、回避する方法が一つだけある。
「あいつ、一緒に働けばいいって言ってたよね? ていうか、冒険者として……」
手のひらを見つめながら、その可能性を吟味する。冒険者になれば収入が得られるし、投資された分をすべて返すことも可能だ。 だが、そこには一つ問題があった……。
目を閉じ、自分の内側を感じ取ろうとした。しかし、何の反応もない。
「考えるの、やめよ……」
しばらくして立ち上がり、ドアの鍵を確認してからカーテンを少し開け、光を部屋に招き入れた。
マットレスを持ち上げ、その下からノートを引っ張り出す。
机に向かい、彼女は書き始めた。数分が過ぎ、彼女は空想の世界へと逃避し、没頭していった。
コンコン
「ルクレティアさん〜!おっはよ〜!洗濯物回収するから開けて〜」
ノックの音を聞いた瞬間、ルクレティアは凍りつき、返事ができなかった。
「ルクレティアさん〜!!そこにいるの〜?」
そう言いながら、ドアの向こうの人物はノブをガチャガチャと回すが、鍵がかかっていて開かない。焦ったルクレティアはノートを閉じ、ベッドに飛び乗ってマットレスの下に隠した。
隅に放り投げてあった汚れ物を掴み、急いでドアの鍵を開ける。
「もうっ……!なんで返事しないのよぅ?」
「ご、ごめんなさい、わ、私……ふ、服を着てなくて……」
言葉を重ねるごとに声は小さくなり、最後はささやき声になった。少女は顔を真っ赤にし、汗をかきながら荒い息をついている。外で待っていた女性の目を見ることもできない。
その様子を見て、洗濯物を取りに来た女性――シルメリアは笑いをこらえきれず、ルクレティアはさらに恥ずかしさで身を縮めた。すると女性はルクレティアの部屋の中をじっと見つめ、何かに気づいたように微笑んだ。
「大丈夫よ。洗濯して干しておくから。……続き、やっていいわよ?」
「な、なな、何もしてないもん!」
「ふ〜ん……?」
震えながら、まともに言葉も紡げない少女は、ただ服を渡してドアを閉めようとした。 だが閉まる直前、まだ部屋の中の「何か」を見ていたシルメリアが、小声で囁いた。
「いいのよ、私も女だし分かるわ。そういうお年頃だもんね、普通のことよ。恥ずかしがる必要なんてないわ。ここは男の子も多いし、学校もあるしね。でも、不純な妄想は程々にね?」
「あ……うん」
ルクレティアはシルメリアが何を言っているのかよく分からず、ただ頷いた。そしてドアを閉める。
ベッドを見つめ、もう書くのはやめようと決めた。 秘密の趣味がバレて、子供っぽいと思われるのは御免だった。
窓の外に視線を向けると、薪を割っているジークフリートの姿が見えた。 彼は夜明け前からそこにいた。仕事の時以外は、それが彼の日課だった。
ジークフリートや孤児院の一部のメンバーの職業は、冒険者だ。エセルガードのギルドメンバーとして、孤児院の運営を支えるために働いている。
ルクレティアは暇な時に人間観察をするのが好きだったが、ジークフリートは常に頼りがいがあり、日常の雑務を進んで手伝っていた。
「背も高くて力持ちだし。……少なくとも、誰かさんは役に立ってるよね。他の大人なんて顔も見せないし」
独り言を呟きながら、ルクレティアは孤児院の子供たちのことを考えた。彼女は最年長であり、力仕事の責任者でもあった。だが、彼女はずいぶん前から自分を子供だとは思っていないし、もうすぐ公式にも子供ではなくなる。十八歳の誕生日はもうすぐそこだ。
管理人の一人であるアルマリア。 彼女はまだ若く、ルクレティアや他の少女たちとも仲が良かった。
そんなことを考えていると、洗濯カゴを持ったシルメリアが降りていくのが見えた。彼女の後ろを数人の少女たちが追いかけ、ジークフリートに挨拶をしている。彼は笑顔でそれに答えていた。胃の奥がきゅっと締め付けられ、ルクレティアは視線を逸らした。
「ま、他人を覗き見するなんて趣味悪いし。ここのバカ連中と一緒になりたくないしね」
独りごちて、朝食をとるために下へ降りようとした。しかし部屋を出る前に、ドアが開いた。
さっきの思考に答えるかのように、アルマリアが目の前に現れた。
「ルゥちゃん、朝ごはんだよ〜。冷めちゃうから早くニャ」
友人の登場に驚くルクレティア。しかし、その女性はどこか悪戯っぽく、嬉しそうな顔をしていた。
「窓から覗いてたのかニャ?」
「ただカーテン開けてただけだし」
金髪の少女はカーテンを全開にし、部屋中に光を取り込んだ。
すると、赤毛の女性はルクレティアの脱ぎ捨てた服の近くにかがみ込んだ。
「あ〜ん、アタシがここに置いておいたプレゼント、イタズラしてたのかニャ〜?」
「プレゼントって……何?」
女性の手元を見ると、大きな紙が握られていた。
ただのポスターに見えるが、その紙は独特なピンク色をしており、絵柄が目に入った瞬間、ルクレティアは凍りついた。筋骨隆々で背が高く、上半身裸の黒髪の男が描かれている。タイトルは――『禁断の楽園』。
金髪の少女は即座に反応し、叫んだ。
「こういうの持ち込むのやめてよ!!!」
二人はポスターを巡って取っ組み合いを始めた……。




