2 転生
私は、ハッと目を覚ます。
最後に見たのはあの女の顔。
私を追放したあの女。
ふざけるなっ!
私を惰弱で虫けらのような人の子に落とすだと!?
私は神界でも最高神に当たる十神の一人、破壊と再生を司る女神ティアラベリアだぞ!?
そんな私が人間に!!
ありえない!あり得てはならない!
あの女への怒りを抑え切れず、私はいつものように、周りへと当たり散らそうと手に力を込める。
そして、あたり一体を焼き払おうとした。
しかしーー
いくら力を込めても周りにはなにも起こらず……
炎さえも現れない。
どういうこと?
そこでやっと気づいた。
私の手が大人の手ではなく、幼子ぐらいの手の大きさだということに。
私は、先程まで二十前後の女の姿をしていたはずだ。
それが幼子サイズにまでなっているということは、私はもう転生してしまったというのか!?
ハッと改めて辺りを見渡すと、私のいる部屋は明らかに先程までいた宮殿の部屋ではない。
白色と青色であしらわれた部屋の内装は、まさに豪華絢爛と言っていいだろう。
私はその部屋の、緻密な刺繍とレースのベッドに寝かされていた。
ここはどこだろう?
先ほどまで抱いていた怒りを忘れ、呆気に取られて私はキョロキョロと周りを見る。
すると、その時。
ガチャリと部屋の扉が開いて、一人の花瓶を持ったメイドが入ってくる。
ちょうど良い。この人間に聞くとしよう。
そう思い、私はベッドから出ようとする。
だが、そのメイドは私が起き上がっているのをみると目を見開いた。
バリィーン!と音がして、メイドが手に持っていた花瓶が落下し割れる。
「お、じょうさま……?」
ポツリとそう呟いたメイドは、まるで、信じられないと言わんばかりに、花瓶には目を向けず、呆然と立ち尽くしている。
なにを驚いている?
しかし、私が口を開く前にメイドは、ぐらりとよろけながらもバタバタと部屋を出ていく。
なんだあいつは。忙しい奴め。
しばらくしてそのメイドは戻ってきた。
……大勢の人間を連れて。
一番先頭を切って走り寄ってきたのは、おそらく貴族であろう、他の者たちより豪華な服装をした男女。そのすぐ後に、あのメイドを含む、大勢の使用人と思われる者がつづく。
「アシュレイ!」
そう叫んだのは、豪華な服装をした男の方。
「目覚めたのね……アシュレイ……ああ、本当に良かった」
呆気に取られる私の手を取り、そう言ったのはもう一人の女だ。
どちらもなぜか、涙ぐんでいる。
今度こそ口を開こうとしたその時だ。
「母上!アシュレイが目覚めたと聞きましたが……」
新たに、バン!と扉を開けて入ってきたのは、目の前の男女にそっくりな少年。
おそらくこの二人の子であろう少年は、ベッドから起き上がった私に目を見開き、駆け寄ってくる。
「良かった!アシュレイ!やっと目覚めてくれたんだね!」
無邪気に微笑む少年は私に笑いかける。
……誰?
いい加減誰か教えてくれないだろうか?
私は一体誰で、ここはどこなのか。
困惑している私に気づいたのか、男の方が、自分を落ち着かせるかのように深呼吸をしたあと、口を開く。。
「ごめんね、驚かせてしまっただろう。初めまして、と言った方がいいかな?僕は、ウィリアムズ・グレアム・モーガン。君の父親だ。そして、君は、アシュレイ・ティアーズ・モーガン。私の娘だ」
そう言って男は、私のことについて話し始めた。
それを要約するとこうだ。
アシュレイ・ティアーズ・モーガンは、トワイゼント王国という国の、東部の守りの要である辺境伯の令嬢として生まれた。
しかし、私は誕生直後から生死の境を彷徨い続け、生まれてからずっと昏睡状態にあったそうだ。
ちなみに現在は六歳。
六年間眠り続けていたらしい。
「本当に、貴女が無事に目覚めてくれて良かったわ」
そう微笑んだのは、サハラシェード・スーリヤ・モーガン。ウィリアムズの妻で、私の母にあたる人らしい。
サハラシェードは当初、私が目覚めたことにぼろぼろと泣いていた。
今も目がうるうるしているが、その表情からは、私の回復を心から喜んでいることがわかる。
「これからよろしくね。僕の可愛い妹」
私の手を取り、元気よくぶんぶん振って握手をしてきた少年は、エセルバート・ヴァーカー・モーガン。私の兄にあたる人らしい。
なんで、この人達はーー
「……シイの?…………」
「すまない、聞き取れなかった。なんて言ったんだい?アシュレイ」
私の小さな声が聞き取れなかったようで、ウィリアムズが聞き返してくる。
「な、ぜ……ワタシに……やさシイの?」
言葉を今まで発したことがないからか、少し辿々しくなってしまう。
ただ、これは私が本当に知りたかった事だ。
なんで私に優しく接するのか。
私の目覚めを喜ぶのか。
私には理解できない。
コイツらの考えがわからない。
「それは当然でしょ。私たちは家族なんだから」
サハラシェードの言葉が胸に刺さる。
家族ーー私の触れたことのないもの。
でもどこか心地よいと感じてしまうもの。
「そう……」
でもそれは、ティアラベリアに与えられたものではない。
アシュレイという少女に与えられたものだ。
私は、心が冷えていくのを感じた。