第四十四話 亀裂
「どうするんだ、景佑」
黎慈は景佑の方を軽く叩く。
景佑は背を向けたまま、何も言わずに立ち尽くしていた。
彼の肩越しに見える景色は、夢の世界特有の赤黒い光で覆われている。
彼は少しだけため息をつき、ゆっくりと振り返った。
「俺がここに踏み入るのは、もしかしたら早かったのかもな」
「黎慈、お前は本当にそれでいいのか?」
光がない目の景佑がこちらを見てくる。
黎慈は景佑の問いかけに一瞬戸惑ったが、すぐに答える。
「俺は覚悟を決めた。彼女を見捨てるわけにはいかない。何が起こっているのか、この世界で何をしなければならないのか、全部を知りたいんだ」
「景佑もそう言ってたじゃないか、原因を突き止めたいって」
「そもそも夢について教えてくれたのはお前だったじゃないか」
「結局、我が身可愛さだったんだよ」
「こうやって危機になったら、足が竦んで動けないんだ」
下を見ると、確かに足が震えている。
二人はその景佑の発言に黙り込む。
少し間をあけて、景佑が顔を下に落としながら話し始める。
「俺はお前みたいに強くない」
黎慈はその発言に苛立ちが湧いてきた。
「そんなの言い訳に過ぎないだろ!」
黎慈の鋭い声が轟く。
景佑はその言葉に反応せず、なおも俯いたままだった。
その姿に黎慈の苛立ちはさらに募る。
「逃げたままの自分で良いのかよ!」
黎慈の声が大きく反響する。
途端、景佑が黎慈の胸ぐらを掴み掛かる。
「お前に俺の何が分かるんだよ!何も知らないくせに!」
二人の顔が至近距離まで近づく。
一触触発な雰囲気だ。
目線でぶつかり合っている。
「何も失ったことがないくせに、全てを見透かしたような目をして!」
その景佑の発言に、黎慈は会ったときのことを思い出した。
つい最近の事だったが、もうかなり昔のように思える。
『その現象で、俺の友人は死んだ』
最初にそう言っていた。
明らかに景佑の地雷を踏んだことに気づいた。
今までの発言が途端に申し訳なくなった。
そう思い視線を下に落とす。
「すまん…」
この一言しか出てこなかった。
どう謝ればいいのか分からない。
景佑はしばらく黙ったままだったが、徐々にその手を離し、俯きながら一歩下がった。
「俺は…」
景佑は顔を下げ、言葉を探していた。
「怖いんだよ。また失うのが」
沈黙の中、景佑が話し始めた。
「…少し、一人にさせてくれ」
景佑は黎慈に背を向けた。
「…答えが固まったら、教えてくれ」
黎慈は元の場所まで戻ることにした。




