後をつけているのはわかっている
風が強い夜だった。生温かい空気を巻き上げ、電線を叩き、鞭をふるうような鋭い音を奏でている。
住宅街に靴音が響く。それは次第に人けのない暗い路地へと向かっていく。彼は駐車場に入り、立ち止まった。すると、彼を取り巻くすべての音が突然止んだ。まるで、彼の言葉を待つかのように……。
「……後をつけているのはわかっている。そろそろ出てきたらどうだ」
彼は後ろを振り返り、そう言った。すると、静寂が終わりを告げた。
一。
二。
三。
四。
彼の脳内に数字が浮かぶ。だが、それは秒数をカウントしているわけではない。
五……。
六……。
七……。
は、八……。
きゅ、九……。
十!?
十一人!?
「なんだバレ「やっぱり気づかれ「さすがだ「いつから気づいてい「まあいい「カッコつけやがってキモ「やるじゃ「いつから気づい「まあ褒めておこ「やっと見つけたぞ、この野「クソが」
「待て待て待て、一斉に喋るな。一人で十分だろうが。頭がおかしくなりそうだ」
彼の言葉を受けて、物陰から次々と人が姿を現わした。ただ、その数は彼の予想に反して、総勢十一名。彼は動揺したものの、息を大きく吐き、落ち着きを取り戻した。修羅場ならいくつも潜り抜けていたのだ。
「お前たちの狙いはわかっている……。これだろう?」
彼はそう言って、ポケットから取り出したUSBを掲げた。
「なんだそれ「知らん「そう、そいつだ「USB?「それがなん「ごまかすなよ「ふざけてんの「いいかげんにしとけよ「嫌い「おい、てめえ「自分がしたことにちゃんと向き合えよ。いい大人だろう」
「別件!? 仲間でも同業者でもなく、全員、それぞれ違う用件で後をつけてきていたのか!?」
「そうなのか「ああ、これはどうも「誰が先に「ああ、そんな気はしてたんで「やっぱりおたくも後をつけてたん「へぇー、どうりで「いやー気づきませんでし「ははは、やるなぁ「あなた、全然足音してませんでしたよ「どちらからおいでで「どこで彼を見つけたんですか?」
「おい、そっちで盛り上がるな! おれに用があるんだろ! ほらこれ!」
「そういえばあれ何「なんかカッコつけてましたよね「いちいちセリフが気障で「ほら、鳥肌が立ちましたよ「イタいですよね「吐き気がす「くっさいセリフ「シンプルに嫌い「寒い、ゾッと「彼、フリーのスパイなんですよ「へー」
「おい! 軽々しく人をスパイだってばらすな!」
「私は前から知ってましたよ。というか情報を流したのに、彼がお金を払ってくれなく「おれは普通に金貸したんだけ「あたしの友達をひどい振り方をし「ちょっとこの車借りるぞと言ってそのまま「業界でも評判悪「母を妊娠さ「会社を滅茶苦茶に「あいつのせいで「争いに巻き込まれ「ひどい目に「あいつ、妻と不倫しやがった」
「だから、一斉に喋るな。とにかく、今これに関係ない人は後日にしてくれ」
「あれ? でも「ああ、確かに「そうだ「ええ「となると「ああ、いい「そうしよ「そうだな「ぜひ「同意「賛成」
「え、だからこの件と関係のない人は――」
――やっちまえ!
それはそれは綺麗に揃った唱和だった。




