仲間の必要性
――タッタラ迷宮『10階層』
「……ホーホー」
この階層のボスモンスターは、魔法使い。二足歩行の人型で、黒いローブに杖を持っている。
特徴的なのは、フクロウの顔をしていること。目が丸く、『ホーホー』と鳴いている。
『また鳥かよっ!』と思ったかもしれない。そうだよ。また鳥だよ。
名前は『クロボー』というらしい。たぶん、覚える必要はないだろう。
「ホーホー」
杖を振り上げた。クロボーが魔法を使うときの合図だ。
人間とは違って、ダンジョンのモンスターはこうした特定の行動を取る傾向にある。
前振りと言えばいいだろうか。そのため、動き自体は結構予測しやすい。
杖の先端が紫色に輝く。
――バチバチッ!
黒い稲妻がクロボーの周囲一帯に炸裂した。これが思ったよりも厄介で、僕は地面を蹴ってダッシュしながら回避する。その場に立っていたら、大ダメージを受けてしまうためだ。
しかも、エフェクトが長く、範囲もだいぶ広い。
「う~ん。なかなか近づけない」
「ホーホー」
また杖を振り上げた。ここから杖の先端が輝く間に、若干のタイムラグがある。その隙にできるだけ、距離を詰めよう。
――バチバチッ!
黒い稲妻が来る。僕はできるだけ離れないように、なんとか敵の魔法をしのぎ切る。
「……あと3メートルほどだな」
目と鼻の先、とまでは言えないけど。
ここから杖の先端が輝くまでのタイムラグを利用すれば、十分に相手に肉薄できる距離だ。
だがしかし――。
「ホホーホホー」
クロボーが杖を振り上げない。鳴き方もさっきと変わっている。
今までとは違った行動を取るってことか。
――コツコツ!
そいつは杖を地面で叩くと、突然、その場から姿を消した。
ワープ。瞬間移動をして、遠くに移動したのである。
「……な、なるほど」
相手に接近されないための対策か。確かに、もう少しで僕はこいつを攻撃できてたわけだし
理にはかなっている。
これで、振り出しに戻った。
僕はもう一回、クロボーに接近する必要がある。
「やるな、クロボー」
こいつは時間がかかりそうだ。
★
「オッケー! だいたいわかった」
何度か挑戦してみた結果、クロボーの行動パターンを把握できた。
1ターン(T) クロボー→詠唱 僕→接近 クロボー→魔法 僕→回避
2 T クロボー→詠唱 僕→接近 クロボー→魔法 僕→回避
3 T クロボー→詠唱 僕→接近 クロボー→魔法 僕→回避
4 T クロボー→ワープ 僕→接近
5ターン T クロボー→詠唱 僕→接近 クロボー→魔法 僕→回避
僕とクロボーは上のような行動をひたすら繰り返しているだけなのである。
三ターンかけて敵に攻撃できる距離まで接近することはできる。
しかし、次の四ターン目でワープされ、遠くに移動してしまう。
「大丈夫だ。僕にはCAがある」
チャージアクションを利用すれば、この繰り返しを突破することが可能なはずだ。
1ターン(T) クロボー→詠唱 僕→放棄 クロボー→魔法 僕→放棄
2 T クロボー→詠唱 僕→放棄 クロボー→魔法 僕→放棄
3 T クロボー→詠唱 僕→放棄 クロボー→魔法 僕→放棄
4 T クロボー→ワープ 僕→接近 僕→接近 僕→接近 僕→接近
5ターン T クロボー→詠唱 僕→攻撃
四ターン目には、クロボーが『ワープ』を使用するが。
僕は〈ダッシュ〉〈ダッシュ〉〈ダッシュ〉〈ダッシュ〉で、相手に接近。
五ターン目には、また詠唱によるタイムラグが発生するので。
その隙に、敵に攻撃をしかける。
相手は魔法使いだし、火力は高い。
これに加えて、防御力が高いということはまずないだろう。
したがって、攻撃一回分で撃破することは十分に可能なはずだ……
「……でも、待ってよ。これじゃあ……」
この戦略には、重大な欠陥があった。
「僕が魔法を喰らってしまうじゃないか」
そうだ。『チャージアクション』を使用するには行動権を放棄する必要がある。
ということは、1~3ターンの間、僕は『何もできなくなる』ということだ。
キュオ鳥のように、何もせず座っているわけではない。クロボーは必ず広範囲の魔法を使用するのだ。
あの黒い稲妻を一回受けただけで大ダメージ。
三回も受けてしまったら、僕の体力じゃ耐えられない。
「……どうしよう。僕はこのモンスターに勝てない」
勇者の奥義『チャージアクション』を使ったとしても、この敵に勝利することはできないんだ。
そのときだった――。
「バ~カ!」
「……え?」
後ろを向くと、そこにはレオーネとヴァージルが立っていた。
「フロトくんのバ~カ! バカ! バカ! バカ! バカ!」
「そ、そんなに連呼しなくてもいいだろ」
なんだろう。これ、既視感があるな。
「分かってるよ。僕はバカだ。バカだから、ボスモンスターにすら適わない」
「いいえ。あなたは何も分かってない!」
レオーネは自分を指さしながら言った。
「なんで頼ってくれないの?」
「……は?」
頼るって……。
「言わなかった? 勇者のサポートをするのが、私たちの仕事って」
隣のヴァージルが、僕の頭に手を置いた。
「そうだぜ。フロト。本当に必要なときは、いくらでも頼ればいい。俺たち仲間だろ?」
このときになって、僕はようやく理解できた。
勇者の奥義『チャージアクション』は、仲間の力があって初めて完成する技だったのだ。