セーフティメーカー
――タッタラ迷宮 5階層
「5階……ということは、その前が4階で次が6階だね」
「……あの。話すことがないなら、無理して話さなくていいのよ」
僕はフロト。こう見えても、勇者である。
勇者とは、世界を救う使命を帯びた者のこと。魔王が復活したとき、神々による託宣により選ばれる。
生後数ヶ月の頃に、勇者に選ばれた僕は、それから師匠に師事して修行三昧。今に至る。
年齢は13歳。(夢の中では16と言っていたけど、あれは少し未来の設定)
そんな僕だが、仲間がいる。
当然である。僕は勇者なのだ。
というわけで、今回は僕の頼れる仲間を紹介していきたい。
まずは、レオーネ。
「いい? フロト。魔法は大きければいいというものじゃないの」
彼女の職業は魔法使いである。
ローブに三角帽子、長い杖と分かりやすい格好をしている。
外見的な特徴は……特にないかな。
でも、性格はちょっと変わっている。なにかと理屈っぽいのだ。
「特にダンジョンは狭い空間。壁や天井にぶつかって上手く相手に当たってくれないものなのよ。だから、大きさは手頃なもの。約30センチの球体が理想。距離は5メートル以内。これ以上離れると、威力と命中精度が予想されたものより落ちる。したがって、魔法使いであってもできるだけ相手に近づいて撃つのが大切」
……えっと、話が難しすぎません?
ちなみに、約30センチの球体(魔法)のことを魔法使いたちは『ピノ』と呼びます。更に、地・水・火・風・光・闇の6属性に切り替えが可能(※要訓練)。どうでもいいね!
「ダンジョン内の暗闇を活かすのも戦略ね。闇は6属性で唯一輝かない魔法だから、相手に気づかれずに使いたいときに便利。音や匂いを消したいなら、風や水属性もおすすめ。逆に獣の習性を利用して光で攪乱ってのも面白いわ」
……この講義、まだ続くんでしょうか?
「おいおい。その辺にしといてやれよ。フロトの頭が破裂しちまうだろ」
「ヴァージル。大丈夫よ。もともと何も詰まっていないもの」
……えっと、脳みそが詰まってるんですが。
「水ぐらい入ってんだろ」
「……なるほど。水は沸点を超えれば蒸気になる。すると体積が増えるから、頭も破裂すると。確かに、これ以上は危険ね」
それでは、次の自己紹介に移ろう。
ヴァージル。職業はタンク(盾職)。
「フロト。難しいことを考える必要はねえんだ」
図体が大きく、メイスと呼ばれる鈍器を武器として使用する。
彼には口癖がある。
「頭を潰せ! 生物の弱点は頭だ。頭を潰しちまえば、敵はみんな死ぬ」
これである。この人、本当にこれしか言わない。
実に分かりやすい。ある意味で、レオーネとは対照的である。
だが、ヴァージルの凄いところは、これが決して口だけの言葉ではないということだ。
彼が本気で戦うときは、本当に頭を狙う。相手がドラゴンだろうが、クラーケンだろうが構いはしない。一直線に敵の頭を潰しに行くのだ。
そのため、ダンジョンで彼が通った道には、頭の潰れたモンスターの死体が散乱している。
ヴァージルさん、マジ頭キラー。
ちなみに、彼はタンクであり、背中には大きな盾を背負っているが、新品同様に綺麗である。彼が盾を使うのは、僕やレオーネや一般人を守るときであり、自分のためにはまず使わない。
相手がヴァージルに攻撃しようとしたとき、すでにそいつの頭は潰れてる。
ただそれだけの話なのだが。
以上で、僕の頼れる仲間たちの紹介を終わりとしよう。
ここまで聞いたあなたは、『二人しかいねえじゃん!』と思ったかもしれない。
その通り、僕の仲間は二人しかいないのである。
普通、パーティーと言えば、四人が基本。とりわけ勇者のパーティーとなれば四人はいそうなものだが、今は三人。
前にも言った通り、勇者の冒険はまだ始まったばかり。
そのため、一人分枠が開いているのであった。
「……ねえ、ヴァージル。感じない?」
「ああ。レオーネ。ピリピリくるぜ」
何やら、二人がシリアスモードである。
話を聞いてみることにしよう。
「二人とも、どうしたの?」
僕がそう聞くと、レオーネが頭を抱えた。
「……はあ。あなたって人は本当に……」
「いやいや。これは難しいぜ。フロトが分からないのも、無理ねえよ」
だから、何があったんだよ。
レオーネが面倒そうに、答えてくれた。
「この先にボスがいるの」
「ボ、ボ、ボ、ボ、ボスだって~!」
実は僕、ボスと戦うのは初めてなのだ。
モンスターとはそれなりに戦ってきたんだけど。
「なんで分かったの?」
「気配があったのよ……ってやっぱり感じてないか」
といっても、ここはまだダンジョンの最奥ですらない。
急にボスって登場するものなのか。
「だいたい五階層ごとにいることがあるんだぜ」
「知らなかった」
ボスか。改めて考えると、なんか緊張してきたな。
「どうやら、この扉の奥にいるみたいね」
ここまで来て、僕にもようやく感じられてきた。
なんだろう。ちょっと気持ち悪い。『ゴゴゴゴゴッ』ってヤツだ。
「ほぼザコだぜ、こりゃ。気配が弱すぎる」
「ヴァージル。それはあなたの場合でしょう……あと邪魔だから、どけてくれる? あなた図体がでかすぎる」
「邪魔って……」
「念のために、アレをやっておきたいのよ。何かあってからやっても、手遅れになるからね」
レオーネは、杖で魔方陣を描き始めた。
「このダンジョンでやるのは初めてだけど……」
出るかレオーネ様考案の……!
「《セーフティーメーカー》発動」
彼女の言葉を合図に、魔方陣の中が、小さな休憩所になった。
円卓があり椅子があり、本棚もある。側には花壇もあり、心が和む。
レオーネが紅茶を汲むと、僕に差し出してくれた。
「飲む? ダージリンよ」
「何これ?」
「ダージリン」
「いやいや、そっちじゃなくて、これ。この空間」
レオーネが説明してくれた。
「セーフティーメーカー。このエリア内にいるものは、敵に認識されない。干渉もできない。それは人でもモンスターでも魔王だろうと例外ではない。ただし、こちらからも敵に干渉することはできないわ」
「ほへえ~」
「簡単に言うと、いつでもどこでもセーフティーエリアを作れる魔法よ。この中にいれば、絶対安全。何か危険があったら、すぐにこの中に逃げるのよ。入れるのは、私とあなたとヴァージル。そう設定してある」
「了解!」
もしも、ボスが超強かった場合は、この中に逃げ込みなさいってことか。
これで安心だね。扉の奥に進んでみよう。