違う、そうじゃない。
ああ、まただ。また壊れた。
俺は、ある機械をぺチぺチ叩いた。
と言ってもただのコーヒーマシンなんだけどね。
でも、ただのコーヒーマシンと言っても、直してもらうのは至難の業だ。
どうしてって?
今、俺が暮らしてる都市では、部品に使う資材が不足しているからだ。
資材だけじゃなく、エネルギーも。
だから何か一つ家電が壊れただけでも、結構ダメージでかいのである。
因みになんでそんなに資材が不足してるのかと言うと、
もうこの時代、食べ物や飲み物が、植物や動物からではなく、全てプラスチックやら、そっちから作られるようになったから。
だから今度は、家電や建築資材や、そっちの方が不足してきたわけ。
飲み水すらもう、天然のはなくなっていた。いや、あるんだけど、
汚染が酷くて使えないのだそうだ。細菌やウイルスの。
と言うことは食料もって?
そうなんだ。
外にいる動植物もそうなんだ。汚染が酷いんだ。
だから。
しかし、そんなことしてて、続くわけがない。
だからこの都市はもってあと十年だと言われていた。
そんなの困ると人々は言った。俺も困る。
そんな人々の声を聞いた支配者たちは、やがてこんな提案を俺たちにしてきた。
「都市に住めないスラムの人間が持っている資材を全て徴収すればいい」と。
都市に住むには一定の評価がいる。高学歴であることはもちろん、社会に実績のある人間でなければ、都市に住むことは出来ない。
スラムに住んでると言うことはそれだけで、評価を得る努力をしてないと見なされていた。
何の努力もせずに生きてると。
だったら……。
俺たちはその案を支持した。やがてその政策は実行された。
スラムの人間らはなけなしの生活資材を奪われ、着ているものまではがされた。
しばらくの間、俺たちは不自由しなかった。でもやがてまた、資源が枯渇し始める。
当然と言えば当然だ。何も生み出す努力をしていないんだから。こんなの対症療法にすぎない。
分かっているはずなのに、なぜか都市の人間たちはなに一つ分かっていなかった。俺も含めて。
やがてその犠牲は、自分たちの身辺まで迫ってきた。
もうこのころは末期になってて、ほんの少しでも評価が低い人間は高い人間にすべてを奪われ、身ぐるみまではがされて路上に放り出された。
ちなみに街に植えてある植物はどれも食べられないもの。それでも飢えに勝てず、それらを口にして死んでいく人が続出した。
ところで俺はって?
必死で評価を得るように努力したよ。
でもある日とうとう他の人に負けた。
俺が身ぐるみはがされ外に放り出された時には、もうすでに都市の大半の人間はこの世から消えていた。
住民が消えてしまった廃墟が、俺がいる位置から見える。
なんで廃墟と分かるのかって。つる草が生い茂ってるから。
廃墟はどんどん潰され、複合商業施設に変わって行っていた。
俺が住んでいた場所もいずれそうなるだろう。
いや、それ以前に俺が廃棄物扱いにされてしまうけど。
最近ではさ、飢えて死ぬ人間があまりにも多過ぎて、そのまま放置していたら腐臭が凄いから、評価不足で市民権はく奪された人間はすぐに処分されてしまうんだよ。
俺のうしろに、ゴミ回収車が接近してくる。
やがてそこからアームが伸びて俺を捕まえる。
アームの先には鉄球も握りつぶせるハンドがついている。それが俺の頭を掴んだ。
真っ赤に染まる視界。
俺はぼんやりと昔のことを思い出してた。
昔の俺はこんなことを考えていた。
社会の安寧のためなら犠牲もやむを得ない。
そいつらが弱いのならなおのことだと。
そして今俺は、その犠牲者になった。
その事に納得できているかどうかは、もう分からずじまいである。