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だから私は皇女になった  作者: はなかな
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星のような私

─アステルってどういう意味?


幼いごろ、母にそのような質問をした。


─お星様のことよ。貴方がお父様みたいな、周りの人々を照らす星のような人になって欲しいから、そう名付けたの。

 

 建物も、植物も、規則的に並ぶ街の郊外。

 一段と高い巨大な建物。

 その屋上で、膝に私を乗せながら星を眺める母に語りかける。あの頃は、この時間が、かけがえのなものだった。


―えーでも、お父様みたいに軍隊で働くのは嫌だよ。

どうせなら、暴力無しの知恵比べで、策略を練って、徹底的に追い詰めて、相手を屈服させたい。


―えぇ……まぁ、争い事がみんなそれで解決すればいいけどねえ。


白衣を着た母は、私と同じ赤色の瞳を輝かせながら、苦笑する。

 今思うと、私の幼い子供らしからぬ発言で困惑させられていたのかもしれない。


─それに、お星様は、いつも空の上からみんなを眺めるだけで寂しいよ。


抱きつくと母も同じように抱きしめ返す。

全身に伝わる熱。温もり。物質的ではない何か温かい物。


―大丈夫、きっと、貴方は寂しいお星さまにはならない。素敵な人には、悪い人がいっぱい集まるけど、良い人もいっぱい集まるから。だからきっと……。



*



 帝国の首都アシェラ。

 その郊外に研究所はあった。

 新型の軍事兵器から、医療技術、様々な分野のスペシャリストが集まる帝国支えている主要施設の一つ。そして、母はそのスペシャリストの一員。

 母が何の研究をしていたのかは、知らない。

 でもそんなことは、どうでも良かった。

 ただ、この場所での、母と、研究員との暮らしは楽しかったから。

 

 白色の巨大な要塞のような、お家だった場所は、遠方から見ても映える、そんな美しい場所だった。



 ある日、禍々しい赤と黒に包まれるまでは。



「火の手が上がった」


「何が起きたの」


「テロだ。搬入されたアニマトロニクスに爆弾が仕込んであった」


「速く。職員の避難を」


「アステルッ!アステルはどこにいるの」


 十年前。六歳の誕生日。

 帝国研究所、職員居住スペースの一室。

 生活感が感じられないほど、綺麗に整った部屋の中。テーブルにはご馳走が並ぶ。


 私は一人で、母の帰りを待っていた。


「ごめんね、アステル。今日お仕事長引いちゃって」


 そんな声が扉の向こうから響くのを待っていた。



 しかし、聞こえて来たのは、なにかか弾けるような音と悲鳴。



―何が起きたのかは分からない。でも、逃げなくては。



 すぐにそう確信するのに時間はかからなかった。部屋から飛び出す。

 そのまま、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って……。

 生きようとして、生きようとして。

 悲鳴と黒煙が迫る中。

 走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って……そのまま意識を失った。



*



「そろそろ目覚めそうですね」


「成功したのは、この子だけみたいです」


「それにしても研究所がやられるとはなあ」


「平和ボケしていたんだよ。陛下が治めるようになってから、テロどころか犯罪すら、ほとんど起きてないからな」


「おい、そこのβ(ベータ)二人。静かにしろ」



―人が……たくさん居る。周りに、いっぱい。私生きてるの? 



 意識が戻り始めた。そして、己が今異常な状況に立たされていることに気づく。


 頭が何かに覆われている。何も見えない。

 手足も拘束されている。全く動けない。

 ベッドに寝かされている。ここはどこ?


 

―ひとまず様子を見ないと。いや、私が覚醒しそうだと誰かが言っていた。どうすればいいの? 



 状況を解析しようとする。しかし、思考は一つの声に遮ぎられた。


「意識は戻っているだろう? その年で、寝たフリしたまま様子見か」


 頭に乗っていた物と拘束具が外される。

 白い箱のような機械が頭に乗っていたようだ。


 視界に入ってきたのは軍服を着て、武装した人。人。人。

 そして中央には、全身黒づくめの男が座っている。

 マスクを被っているので顔は分からない。


「アステル・トート」 


 マスクの下からは私の名。

 

「貴方は誰? どうして私の名を知っているの? 」


「私はお前の母親を良く知るものだ。あの女は死んだ。残忍なテロリストによってな。一つ提案をしよう。私の養子になり、二度とお前の母と同じ悲劇を遂げる者が現れないようにこの国に尽くさないか? 」



―母が死んだ?



 ここで目覚める前の出来事を思い出そうとする。

 悲鳴。焼けるような匂い。サイレンの音。

 通常ならパニックに陥りそうな状況だが、あのときの私は非常に冷静だった。


「ふーん。いいよ」


「ほう」


 男が少し笑った気がした。


「随分と速い決断だ」


「だって良く分かったから」


「何がだ? 」


「貴方が国のお偉いさんだってことと……」


 周囲の兵士の工学銃は、射出準備ができている状態だった。そして、先程誰かがβ(ベータ)という言葉を使っていた。これは帝国の階級の一つ。


「私には拒否権が無いことが」


「私の(むすめ)は可愛げが無いようだな」


 男は立ち上がると隣に立った。


「改めて聞くよ。貴方は誰? 」


「私は……」


 この返答を聞いたことで、私の頭は、冷静さを失った。


「私は、ニグラスだ。これから、よろしく頼むよ。階級ℵ識別番号00002アステル」


 この男は皇帝だ。






 それから私は。

 望まれた事を望まれるままにやってきた。

 尊敬されて、恐れられた。


そして、気づいたら寂しいお星様になっていた。



*



「バイタルチェック完了しました。今日のご予定は? 」



白黒の無機質な部屋。

中央には、白いベッド。

ベッドから起き上がった私の周りには、箱型の計測器、そして、一人の侍女。

 壁の鏡には、栗色の毛、赤い瞳、十七歳の弱々しい少女が映る。

 それは、直視するのも気が引ける私の姿。


「えぇ、おはよう」


床に足を着く。


すると、丸い円盤の下にいくつかのアームがついたクラゲに似たな機械が浮遊しながら近づいて、髪を結う。

侍女でも、できない事はないが、誰も私に触れようとしない。



―もしかしたら幼少期から、働いてくれているクラゲ型ロボの方が信用に値するかもしれないな。



起こしに来た侍女がベッドに近づいてきて差し出したメガネを受け取る。


「貴方、今日の予定を尋ねたね? 」


用を終えてベッドから離れようとする、小麦のような色の肌の25歳前後であろう女に問う。


「はいっ」


「なら、今すぐこのつまらない軍事病院の外に出て、海辺の店でオシャレなランチでも楽しみたいかな」


「それは……」


 無理な願いなのは分かっている。

 そもそも、この病院がそびえ立つ孤島に来る定期船が少ない上に、己の身の上を考えれば当然の結論だ。


侍女が言葉を詰まらせたのと同時。

左側からずっしりとした足音が近づき、自動開閉式のドアの前で止まる。


「お目覚めの所失礼する、階級β識別番号30629E。殿下にお目通り願えるか」


「おはようございます。イグ少佐。入りなさい」


「はっ」


部屋に入ってきたのは、白髪混じりのブロンドが特徴的な長身の男性。軍服姿が見事に型にはまっている。


「殿下、その様にむやみにお出かけになられては、陛下が心配なさりますよ」


「そうだろうね。心配してくれるだろう。それはアステルとしての私ではなく、皇女としての私だろうけど」


「おやまぁ、殿下も自身のご意見を仰るようになったのですね 」


「悪い? 」


「いや、私としては喜ばしい限りですよ」


大きな体に見合った深い溜息が聞こえた気がするが、気にしない。


「ただ、殿下のために申し上げますがね、私以外の軍官いや、文官にも、その様な態度はおやめなさい」


「はいはい、よく存じているよ。私の階級はあくまでも任務上、活動範囲を広げる必要があるために与えられた仮初のもの。皆には敬意を払うつもりだ」


無機質な部屋から出るべく、扉へ向かう。


「私も来年には成人。陛下の為にも、それらしく(・・・・・)振る舞わなくてはいけないと思っている」


そして、声のトーン下げて返答する。

 反省しているように。

 己の行いを悔やむように。



そして刹那の後。




「ちなみに今日のモーニングは? 」




 くるっと、振りいて満面の笑みを返してやる。


次女が目を丸くする様子が面白かった。

 肝心のイグ大佐は鼻で笑っていたが。



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