【巻五二諸葛瑾】奢闊之書
「大げさすぎじゃんこの手紙!」
劉備東伐吳,吳王求和,瑾與備牋曰:「奄聞旗鼓來至白帝,或恐議臣以吳王侵取此州,危害關羽,怨深禍大,不宜答和,此用心於小,未留意於大者也。試為陛下論其輕重,及其大小。陛下若抑威損忿,蹔省瑾言者,計可立決,不復咨之於羣后也。陛下以關羽之親何如先帝?荊州大小孰與海內?俱應仇疾,誰當先後?若審此數,易於反掌。」
臣松之云:以為
劉后以庸蜀為關河,荊楚為維翰,關羽揚兵沔、漢,志陵上國,雖匡主定霸,功未可必,要為威聲遠震,有其經略。孫權潛包禍心,助魏除害,是為翦宗子勤王之師,行曹公移都之計,拯漢之規,於茲而止。義旗所指,宜其在孫氏矣。瑾以大義責備,答之何患無辭;且備、羽相與,有若四體,股肱橫虧,憤痛已深,豈此奢闊之書所能迴駐哉!
(漢籍電子文献資料庫三國志 1233頁 ちくま6-383 罵詈雑言)
○解説
劉備が関羽の敵討ちのために荊州に侵攻する意を示しました。孫権は諸葛瑾を遣わせ、なんとか講和できないものかと手立てを取ります。ここで諸葛瑾、劉備に宛てて、劉備が皇帝であることをきっちり承認した上で「陛下、確かに我々は関羽を殺しました、けれど考えてください。大局を見ましょうよ、献帝陛下と陛下との関係性と、関羽と陛下との関係では、どちらがより強い繋がりでありましょうか?」と、的確に地雷を踏み抜きました。
裴松之先生、のたうち回ります。
いやいやいやいや、そもそも呉は魏と結んで天下を平定するのがもっとも正しき道だったわけでしょ? だから敢えて関羽を殺して、魏の覇道を助けたわけでしょ? そこ裏切って蜀と結ぼうとかもう天下平定の道のりとして踏み外しまくってんじゃん! もう呉の大義名分グズグズじゃん! ていうか劉備に対して関羽が他の何者かと較べられるかなんて問い、例えその対象が献帝だったとしても地雷オブ地雷に決まってんじゃん! なんでこんな大げさオブ大げさな手紙を載せて史書の文字数無駄遣いしてんだよ!




