【巻一 曹操】將何取信哉?
「は? 何をどう信じろって?」
孫盛魏氏春秋云:答諸將曰:「劉備,人傑也,將生憂寡人。」
臣松之以為
史之記言,既多潤色,故前載所述有非實者矣,後之作者又生意改之,于失實也,不亦彌遠乎!凡孫盛製書,多用左氏以易舊文,如此者非一。嗟乎,後之學者將何取信哉?且魏武方以天下勵志,而用夫差分死之言,尤非其類。
(漢籍電子文献資料庫三國志 18頁 ちくま1-043 批判)
○解説
献帝も絡んで、曹操を暗殺すべきだ、という謀議が動いたのですが、結局ばれて首謀者らはほぼ処刑。容疑者の中には劉備も混じっていました。曹操はこのとき袁紹と対立していたのですが、袁紹よりも劉備の討伐を優先しようとします。部下らの反対を前に、曹操が「アレは人傑だ、早めに討伐せねばのちのちが危うい(夫劉備,人傑也,今不擊,必為後患)」と言いきり、討伐に出ました。
ここに対して東晋時代の歴史家、孫盛が、曹操のセリフが本当は「劉備,人傑也,將生憂寡人。」であった、と紹介しています。
ここに裴松之先生が噛みつきます。長文で。
史家は記述を潤色することが多いわけだが、それにしたって孫盛のやろー油断するとすぐに左伝の引用とか挟んだりして話を大げさにしやがる、そんなことされたら後世の人間が何信じりゃいいかわかんなくなるじゃねーか、だいたいお前の引っ張ってきたのって春秋呉の王・夫差が死を覚悟したときの言葉だぞ(春秋左伝 哀公二十年「句踐將生憂寡人。寡人死之不得矣。」)、鼓舞しようとしたときのセリフになんで滅亡間近の人間のせりふ引用してんだいい加減にしろ! とプンスコでいらっしゃいます。
○皆様のコメント
・おさっち様
いやでも曹操は割とこのとき絶体絶命じゃね?と思ったりもします。でもよく読むと裴松之さん、この後でも曹操は大して劣勢じゃない!盛ってる!とお怒りですね。