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裴松之先生の「罵詈雑言」劇場  作者: ヘツポツ斎
罵詈雑言劇場 蜀編

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41/76

【巻三五諸葛亮】未達其心

「マジ諸葛亮サマのお心をわかってねーな!」



魏略曰:亮在荊州,以建安初與潁川石廣元、徐元直、汝南孟公威等俱游學,三人務於精熟,而亮獨觀其大略。每晨夜從容,常抱膝長嘯,而謂三人曰:「卿三人仕進可至刺史郡守也。」三人問其所至,亮但笑而不言。後公威思鄉里,欲北歸,亮謂之曰:「中國饒士大夫,遨遊何必故鄉邪!」


臣松之以為

魏略此言,謂諸葛亮為公威計者可也,若謂兼為己言,()()()()()()()。老氏稱知人者智,自知者明,凡在賢達之流,固必兼而有焉。以諸葛亮之鑒識,豈不能自審其分乎?夫其高吟俟時,情見乎言,志氣所存,既已定於其始矣。若使游步中華,騁其龍光,豈夫多士所能沈翳哉!委質魏氏,展其器能,誠非陳長文、司馬仲達所能頡頏,而況於餘哉!苟不患功業不就,道之不行,雖志恢宇宙而終不北向者,蓋以權御已移,漢祚將傾,方將翊贊宗傑,以興微繼絕克復為己任故也。豈其區區利在邊鄙而已乎!此相如所謂「鵾鵬已翔於遼廓,而羅者猶視於藪澤」者矣。公威名建,在魏亦貴達。


(漢籍電子文献資料庫三國志 911頁 ちくま5-104 批判)



○解説

 諸葛亮しょかつりょう劉備りゅうびに仕えるより前、荊州けいしゅう石韜せきとう徐庶じょしょ孟建もうけんらとともに学んでいました。『魏略ぎりゃく』では石韜が中原で働きたいというと、諸葛亮が「既に士大夫は中原にたくさんいる。きみの席があると思うのかい? ここで学んでおればよいじゃないか」と語ったというのです。

 ふーやれやれ、裴松之はいしょうし先生、ため息です。

 魏略の記述、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! 諸葛亮サマ、諸葛亮サマよ? あのお方にかかれば陳羣ちんぐん司馬懿しばいも敵じゃないし! 諸葛亮サマが中原に出向かなかったのは、あくまでそこに大義がないとお感じになったから! その証拠に、どうよ、結局石韜は魏で高官になれたっしょ? ましてそこに諸葛亮サマが敢えてお出向きになったとしたらどうなったと思う? ん、ん???

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