【巻二四 崔林】多見其不知量
「この井の中の蛙が!」
林議以為「宗聖侯亦以王命祀,不為未有命也。周武王封黃帝、堯、舜之後,及立三恪,禹、湯之世,不列于時,復特命他官祭也。今周公已上,達於三皇,忽焉不祀,而其禮經亦存其言。今獨祀孔子者,以世近故也。以大夫之後,特受無疆之祀,禮過古帝,義踰湯、武,可謂崇明報德矣,無復重祀於非族也。」
臣松之以為
孟軻稱宰我之辭曰:「以予觀夫子,賢於堯舜遠矣。」又曰:「生民以來,未有盛於孔子者也。」斯非通賢之格言,商較之定準乎!雖妙極則同,萬聖猶一,然淳薄異時,質文殊用,或當時則榮,沒則已焉,是以遺風所被,寔有深淺。若乃經緯天人,立言垂制,百王莫之能違,彝倫資之以立,誠一人而已耳。周監二代,斯文為盛。然於六經之道,未能及其精致。加以聖賢不興,曠年五百,道化陵夷,憲章殆滅,若使時無孔門,則周典幾乎息矣。夫能光明先王之道,以成萬世之功,齊天地之無窮,等日月之久照,豈不有踰於群聖哉?林曾無史遷洞想之誠,梅真慷慨之志,而守其蓬心以塞明義,可謂多見其不知量也。
(漢籍電子文献資料庫三國志 681頁 ちくま4-071 罵詈雑言)
○解説
孔子をどのように祭祀しましょうか、という議論が持ちかけられたとき、崔林は「孔子はすごい人物ではあるけどスーパーとまでは言えないよね、だったら祭祀もそれなりでいんじゃね?」と回答しました。
これが裴松之先生の逆鱗に触れます。えっそこ?
孟子だって孔子の高弟、宰予の「孔子以上に素晴らしいお方を知らない、堯舜よりも上」って言葉を支持してんだろーが! これが真理、真理なんだよ! 聖人はみな到達者だが、所詮上古はシンプルな時代、時代が降るにつれ複雑化した世界の中、周王朝が打ち立てた憲章は蔑ろとされかけた、そこをあの孔子が、あの孔子が立て直したんだ、そうして俺らは今そのまばゆき規範の下にある。だってのに崔林のやろう、司馬遷が孔子廟で感動のあまり立ち尽くしたような想いも、孔子が魯でしか祀られていないことを悲しんだ梅福のような想いも知らず、不当に孔子の存在を低く見てやがる! せせこましいことにかかずらって真理を見出せてねーとか》》、こういうのが井の中の蛙ってんだよ!
○皆様のコメント
・波間丿乀斎
ここには劉宋の「張良」こと孔靖のことを想定せずにおれません。というのも劉裕は孔子の二十六代孫とされる孔靖を立身前に参謀に迎え、その助力によって桓玄打倒クーデターを成功させています。「あの孔子の子孫が劉裕の味方についた」はかなり劉裕軍閥ののし上がりに宣伝効果を発揮したでしょうし(実際孔靖伝も奇跡を起こす聖人レベルに描かれている)、ともなれば劉宋において、孔子の存在はかなり高らかに称揚すべきものであったことでしょう。というわけで裴松之先生が強火孔子ファンというよりも、劉宋の世論的に孔子イズゴッドを謳えば謳うほど劉宋建国神話の格が上がる、といった変数があったのかもしれません。ないかもしれないですけどね。




