八 桃
八 桃
なんやかんやあって、半と出会って友達になった。
紫様によって徳省預かりになった半は、翌年の試験に無事合格した。「これで心置きなく、半君を働かせられるね♪」って青藍さんがご機嫌だった。半の笑顔はひきつっていた。
そんなある日。
先日、防人の地に出ている青様宛ての矢文を飛ばしたところ、本来ならば一日かかるところ、出して半日で届いたらしく、さっき智省上位の緑様に褒められた。自分って、すごい!窓から鶸が見えたから、自慢話をしてやろうと思って声をかける。天守の屋根で待ち合わせして、駆け上がろうとした時、紅様から声を掛けられた。
「丁度良かった、桃。これを矢文で黄丹様に届けてくれ。」
「かしこまり~。」
受け取って、天守の屋根へ。鶸は既に待っていた。
「桃、お仕事順調?」
「あぁ。聞いてくれよ!俺っち、今日、緑様に矢文の腕を褒められたんだ!他の者が一日かかるのを半日で届けられたんだ!こりゃ、青年になる日も近いぜ~!」
そう話しながら弓をひき、黄丹様宛の矢文を飛ばした。それから近況を話していたら、慌てふためいた半が天守まで駆け上ってきた。
「ハァハァ…。桃!桃っ!大変だよっ!」
「あれ?半じゃん。どうした?いっつも一階にいるお前がこんな高い所に来るなんて、初めてじゃね?」
半も自分と同じ少年期の姿をしている。「どうせ、俺なんて…」が口癖のちょっと暗い奴だが、不思議と気があう。半は自分を卑下するけど、本当はすごい奴なんだ。霊力で張った水鏡で、他の場所の様子を見る事が出来る特殊技能持ちだ。その技能を買われて徳省に入省した。
「そうだよ。こんな高い所、足がすくむ…。って!そんな場合じゃない!桃、さっき黄丹様に矢文を送ったろ?」
「おう!なんだ、なんだ~?俺っちの華麗な弓裁きを水鏡で見て、褒めに来てくれたのか?」
半は辺りを伺うように見てから、小声で、だが、しっかりと告げた。
「馬鹿っ!その矢文がな、黄丹様の盆栽を真っ二つに裂いちまったんだよ!水鏡で見えた。」
「ええっ!黄丹様の盆栽は…、どれも唯一無二…。」
黄丹様率いる信省所属の鶸の言葉を聞いて青くなる。やっちまった…!これはまずい…。
「ど、どうしよう…。」
「どうもこうも…。俺達、ひよっこが高位の黄丹様の盆栽を壊したなんて上位の方に知られてみろよ?遠流だ!バレる前に謝りに行くしかねぇだろっ!」
「う…。それしか道は無いよな…。」
さっきまでの高揚した気分が一瞬で氷点下まで下がった。慌てて、屋根から天守内に入る。
「ぼ、僕と話してたせいだから…。同行希望。一蓮托生…。」
鶸が胸の前で両の拳をぐっと握りしめて言ってくれたから、少し勇気が出た。
「いや!俺っちが慢心してたせいだ。ちょっと、黄丹様の所に行ってくる!」
「あ…。じゃ、僕、省内案内する。」
そう言って、鶸が空からついて来てくれた。心強い。
鶸と一緒に信省の屋敷に入り、いつもおられるという庭に向かう。
「い、一蓮托生…。」
そう言って、鶸が震える手で自分の右手を握ってきた。冷や汗をかいていた。鶸の緊張が自分にも伝染する。
「鶸、ありがと。でも、黄丹様の盆栽を壊したのは俺っちだから、潔く謝ってくる。遠流にされたらそれまでだけど、お前は翼があるから、たまには会いに来てくれよな!」
自分を鼓舞するようにそう明るく言って、鶸の手を離した。
縁側から庭に降りて、声を掛ける。
「黄丹様。いらっしゃいますか?礼省七位の桃でございます。黄丹様に、謝罪したく馳せ参じました。」
「おう。桃よ…。こちらへ参れ。」
「は、はい…っ!」
緊張で、胃が口から出そうだった。踏み出す一歩が物凄く重く感じた。
黄丹様の声が聞こえた松の木の裏に回ると、矢の刺さった盆栽を手にした黄丹様がいらした。
「これを見よ。」
「も、も、も、も、申し訳ございませんっ!!」
勢いよく頭を下げた。さらば、大好きな天守!もう二度とあの屋根には登れないが、自業自得だ…!そう思って、頭を下げたまま、処分が言い渡されるのを待った。
「桃、顔を上げてこれを見よ。」
「いえ!見ずとも分かっております!半から聞いております。そちら、先程私めが放った矢文の矢でございます。黄丹様の大切な盆栽を台無しにしてしまい、大変申し訳ございません!謝ってどうにかなる物ではございませんので、遠流でもなんでも!処分を受け入れる覚悟でございます!」
「桃、顔を上げよ。私は別に君に処分を言い渡したい訳ではない。この盆栽を見て欲しいんだ。ほら、桃の矢が桃の木を真っ二つにしたなんて面白いと思わないかい?」
顔を上げた。黄丹様は笑っておられた。てっきり怒られるとばかり思っていたから、拍子抜けした。
「お、怒らないのですか?」
「何故だい?」
「私めが自分の腕に慢心して、しでかした事です…。」
「そこまで分かっている者に、私から言う事は無いかな…。それに、見ようによっては逆に趣が出た。感謝する。ときに、桃。『高名の木のぼり』の話は知っておるか?」
「確か…『徒然草』でしたか…?」
うろ覚えだったので、おそるおそる答える。
「そう。「あやまちは、やすき所に成りて、必ず仕る事に候」だ。『初心忘るべからず』とも言うね。桃、緑から聞いているよ。君の弓の腕前は大したものだ。誇って良い。だが、放つ先を間違えれば何かを傷付ける事もある。それが君の大事な人や物だったら、どうする?以後、このような事がないように気をつけなさい。私からは以上だ。」
「は、はい…。寛大なお言葉、痛み入ります…。」
深々と頭を下げた。処分を下されなかった安堵から、涙が出そうだった。
「そんなにかしこまらずとも良いよ、桃。いつもうちの鶸と仲良くしてくれて、ありがとう。これからもよろしくしてやっておくれ。」
黄丹様は矢が突き刺さった盆栽を手ににこにこしておられる。
「は、はい…。ではなく!世話になっているのは私めの方なのです。今も、鶸は心配して一緒にそこまでついてきてくれました。」
「そうかい…。いい友を持ったね、桃。大事になさい。」
「は、はい…。ありがとうございました!」
もう一度、深々と頭を下げてから、その場を下がった。
廊下まで戻ったら、青い顔をした鶸が待っていた。
「…流刑決定…?」
震える声で聞いてきた。
「…だ、大丈夫だった!鶸、ついてきてくれてありがと!」
そう言って鶸に抱き着いた。
「あ、安穏無事…。良かっ…」
鶸もぎゅっとしてくれて、一緒に泣いた。心に刻んだ一日だった。
*****
更に翌年、真朱が入省し、義省に配属された。少年期の入省四人目だ。流石に四人目ともなると省内も慣れたものだった。そんでもって、少年期の者が四人になった所で、俺っち達も有事に備えて武芸の鍛錬をする事になった。
「深藍だ。普段は各自に割り当てられた仕事をしてもらうが、有事の際には君達にも戦闘に参加してもらう事になる。それにあたり、それぞれ霊力での戦いと言う物を覚えて欲しい。」
「「「「ハイ!」」」」
深藍様による指導が入る。己が使いやすい武器を思い浮かべて念じるといいらしい。講義のさなか、深藍様に呼び出しが入った。
「すまん!俺はここまでだ。後は頼んだぞ、秘色、瓶覗!」
そう言って走り去る深藍様の声に「御意」と答えて、何もなかった空間からいきなり二人の人物が現れた。
「「――っ!!!」」
鶸と半が目を丸くした。
「すげー!!!」
俺っちは叫んだ。
「へ~。草の者って本当にいるんだ~」と真朱。
俺っちの反応を見て、「うん。君、分かってるね」と抑揚のない声が言った。鶸と半を見て「君達は予想通り」、真朱を見て「君は驚きが足りない」ってダメ出ししてた。
「秘色…。」
「何?瓶?」
「僕達が後を仰せつかったんだから、ちゃんと指導しないと駄目でしょ。」
「あー…、うん。じゃ、麻の木飛び越す所からやってもらう?」
「いや。オレ、別に草の者になりたい訳じゃないんで…」
真朱が辞退すると「冗談に決まってんじゃん」と抑揚のない声で答えてた。
「もう!秘色にやらせたら日が暮れちゃうよ!いい?君達、先ずは剣でも槍でも自分が使いやすい武器を思い浮かべるんだ。それを念じたまま、手に持つ想像をして。最初は時間がかかるかもしれないけど、慣れたら一瞬で出せるようになる。こんな風にね!」
そう言うと両手を胸の前で組み合わせ、パッと払った。シュシュっと手裏剣が飛んで、用意された的に命中してた。その数、十。
「す、す、すげー!!!」
「うん。すごいでしょ、瓶。僕も出来るけど。ま、そんな感じでやってみて。」
「あ、あの…。武器じゃなくてもいいですか?」
鶸がもじもじしながら聞いた。
「君が何を言ってるのか良く分からないけど、己が強いと思い浮かべる物を想像した方がやりやすいから、とりあえず一回やって見せて。」
「はいっ!」
そう張り切って言った鶸が次の瞬間手に持っていたのは、花咲く桃の枝だった。初めて会った日にあげた枝に似ていた。
「…鶸ちゃん?」
真朱が呆れたように言う。秘色さんは動じない。
「それ、どうするの?」
「こう!」
鶸が手にした枝をはらうと花吹雪が舞い、その先にあった的を粉々にした。
「お~。」
ぺちぺちと秘色さんが手を叩いた。
「有りだな。なかなかいいぞ。」
瓶覗さんに褒められた鶸が嬉しそうに言った。
「やったぁ!あのね、桃は強いから、桃の枝にしたの!桃、見てくれた?」
「おう。バッチリ!」
「あ~、そんな感じでいいなら、俺はこれで…」
そう言った半が手にしてたのは、かわらけだった。水鏡を展開する際の深皿も自分で作るって言ってたから馴染の物なんだろう。
それを手首を使って投げた。的に命中した。
「お~。(ぺちぺち)」
「変わり種二つ目だが、これも有りだ。いいぞ。」
「やった!」
半が小さく拳を握りしめた。
「ん~。オレはどうしようかなぁ…。物じゃなくてもいけんのかな?」
真朱がブツブツ言いながら、的を指差した。「参」という漢数字が浮かんだ。「弐」「壱」と切り替わって「炎」に代わった瞬間、出火した。
「いえ~い!オレ、天才!見た?」
真朱がこっちを振り返って言った。
「お~。省霊力。いいじゃん。」
「…今時の少年の考える事はすごいな…」
秘色さんも瓶覗さんも感心してた。次は俺っちだ。俺っちは…いつも使っている短弓を出してしまった。
「フツー…。」
「うん、見慣れた物が漸く出たな。」
「……。」
ややしょんぼりしながら、連続して五本の矢を放った。いつも仕事で使ってるから当たり前だけど、全的した。
「速さ、精度、共に問題無しだな」と瓶覗さんが言った。
「桃、すごーい!」
鶸だけがパチパチと拍手して笑顔で褒めてくれた。秘色さんは…と見ると、なんと目を瞑って立ったまま寝てた。ガクッと揺れて目を開けると、俺っちの顔を見て言った。
「おかしいなぁ…。君、霊力沢山あるから、もっとすごい事が出来る筈なのに。」
うっ…!グサッと刺さった。確かに四人の中では一番パッとしなかったかも…。
「まぁまぁ…。最初にしては皆、筋がいいよ。正直、会得にもっと時間がかかると思っていたから驚いた。流石は少年期で入省するだけあるな!今度は的からもっと離れてやってみようか。」
「「「はい。」」」
「あ~。オレ、なんか掴んじゃったかも。色々出来そう~♪」
真朱は鼻歌を歌いながら、的をビシッと指差した。「参」「弐」「壱」、今度は「破」で的が粉々になった。
「お~。(ぺちぺち)」
「すごいな、そんな使い方まで出来るのか。」
「真朱、すげー!」
「でしょ~。霊力って無尽蔵じゃないから、出力を考えないとね~。」
「緋色様の対極にいるなぁ…」と瓶覗さんの心の声が漏れた。
「あ~、うちの大将ね…。大将はあれでいいんだよ~。大将の力は有り余ってんだから、こまめに発散しとかないとえらい事になる。」
真朱は苦笑いした。
そんな感じで四人、二人ずつに分かれて対戦する事もあった。皆、だんだん霊力での攻撃力を増して行くというのに、俺っちはあまり変化が無かった。
「おかしいなぁ…」
秘色さんに言われる度に凹んだ。
「大丈夫だよ、桃は強いもん!きっと大器晩成!」
鶸が胸の前でぐっと両手を握って力説してくれる。
「そ~そ~。身長をはじめ、桃は伸びしろしかない。」
背の高い真朱はからかうように言う。くっそ、今にみてろよ!皆が「すげー!」って言う必殺技を繰り出してやるんだかんな!