二 桃
二 桃
俺っち、桃。空が好き。空にもっと近づきたくて、高い所に登るのが大好き!だから、ここら辺の高い木はもう全部登り尽くした。もっと高い所に行きたいなぁって思ってたら、知ってしまった。都にある六省という所にすっごく高い天守のあるお城がある事を!何それ!行くっきゃねーじゃん!
害虫や食用の桃の実を狙う鳥を効率よく追い払うために鍛えた弓の腕がうずいた。この弓の腕で、六省とかいう所の試験にもきっと受かってみせる!すっごくいい考えだと思っていたのに、俺っちの話を聞いた里の皆は口々に言った。
「あのなぁ、桃…。試験はもっと大人、青年期を迎えてから受けるものだぞ。」
「お前の弓の腕は確かにすごいかもしれないが、こんな片田舎だから通じるものであって、都に行けばお前よりすごい奴はごまんといる。あまり自惚れるな!」
「まだ子供のくせに試験を受けるなんて…。受かる訳ないだろう?」
「そうそう。「短弓じゃなぁ…」と馬鹿にされて、門前払いされるのがオチだ。普通の弓を使えるようになってから受ければいい。」
「フン!面白くねーから、ちょっと木登りしてくる。」
「ホンット、お前は高い所が好きだよな~。」
「昔から『何とかと煙は高い所が好き』って言うからなぁ…。」
「桃が鳥人に生まれなかった事が悔やまれるな…。」
「来世は鳥人か猿に生まれると良い。」
ワハハハと場が一斉に湧いた。何が面白いんだよ!俺っち、ちっとも面白くねーし!何だよ!心がぺちゃんこにされた気分だ。もうお前らなんかに俺っちの事、話してやんねーからな!ぷいっ、と皆に背を向ける。そのままドスドス歩いて皆の声を背後で聞きながら俺は屋敷を出て、桃園へと向かう。そこにある一番背の高い桃の木によじ登る。てっぺんまで登って空を見たら、赤くなったお日様に照らされて綻んだ桃の花が目に飛び込んで来た。
「あっ!咲いてる!」
例年ならとっくに見頃を迎えているが、今年は寒さで開花が遅れていた。だから、今年最初に咲いた花を見たのはきっとこの俺っちだ。嬉しくなった。
同じ色と名前を持つこの花が、励ましてくれた気がしたんだ。俺っち達に親はいないけど、人の子の書物に出てくる親ってこの花のように寄り添ってくれる存在なんじゃなかろうか?
そんな事を考えてたら、下の方で音がした。見たら、布を被った誰かがキョロキョロしてた。花を見に来たのかもしれない。大きさからして、俺っちと同じ位の子供かな?だから、声を掛けた。
「何だ、お前。桃の花を見に来たのか?」
びくっと反応した後に、誰かは頷いた。へぇ…、梅桃桜と綺麗な花はたくさんあるけど、この俺っちと同じ名を持つ桃の花をわざわざ見に来るなんて、いい奴じゃん♪だから、この最初の花を見せてやってもいいと思ったんだ。
「ちょっと待ってろ!」
そう言ってから「ゴメン。許して」と小声で言って、花の付いた枝を折った。それから降りようとしたら、俺っちにしては珍しく足を滑らせて落ちた。枝を折った事を桃の木が怒ったのかもしれない。
「―――な、何っ!?」
吃驚した後に、そいつは恐るおそる…といった感じで声を掛けて来た。
「だ、大丈夫…?」
そう言ってまっすぐ見てきた瞳が、空にあるお日様みたいな色だった。
「うん!痛ってーけど、へーき!そんな事より、ほら!これ、やるよ!」
今年最初に色づいた枝を差し出した。猿とまで言われる木登り名人なのに、カッコ悪く落ちた自分を少しでも良く見せたかったのかもしれない。
「下からじゃ見られないけど、日当たりの良い上の方はもう花が咲いてんだぞ!」
「あ、ありがとう…。」
おずおずと、でも、嬉しそうにお礼を言って受け取った。頭から布を被ってるけど、すごく可愛い子だったから、気になった。
「お前、ここらへんじゃ見ない奴だな。遠くから来たのか?」
「…うん、まぁ、そんなとこ…。」
そっかぁ…。やっぱ、うちの里の子じゃないよな~。見た事ないもん…。
「そっか~。あんまり遠いとなかなか来られないかもだけど、あと十日もしたら、ここ花盛りになるからまた見に来なよ。とっておきの場所に案内してあげる。」
これでおしまいにしたくなくて誘ってみたら、こくんと頷いた。
「お!来るのか!じゃあ、約束な!」
嬉しくなった。反故にされるのが怖かったから、指切りしようと思った。勢いよく手を出したら、吃驚してた。
「…?指切りだよ、したこと無いの?」
「…うん…。僕、友達いないから…」
こんな可愛い子に友達がいない訳がない!冗談だと思ったけど、俺っちが最初の友達になれるなら、その方がいいな、とも思った。
「な~んだ!じゃ!俺っちと友達になろうぜ!でな。指切りってのは、こうやってする約束の儀式だ!」
そう言って、自分と相手の右手の小指を絡ませた。
「十日後に、またここで。指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲~ます!指切った!」
勢いよく指切りした。
「これで、約束完了だ。三英傑がしたって言う桃園の誓いみたいだな!」
それを聞いたその子が、両手を胸の前でぎゅっと握って言った。
「ぼ、僕、鶸。君の名前は?」
「俺っち、桃!よろしくな、鶸!もう暗くなるから、気を付けて帰れよ!じゃっ!十日後!忘れんなよ~!」
鶸と名乗ったその子にまっすぐ見つめられたら、なんだか体がムズムズして、いてもたってもいられなくなった。尿意かも?だから、大きく手を振って別れた。
屋敷に戻って皆とご飯を食べながら、風呂に入りながら、布団の中でもずっと今日友達になった可愛い鶸を思い出してた。もしかしたら、高い身分でお忍びだったのかな?ちゃんと十日後、来てくれるかな…。どうにかして、あの子の嬉しそうな顔をもっと見たいな…。
思いついて、作業の駄賃にもらった小銭を貯めてる小箱を開ける。ひぃふぅみぃよぉ…。ずっと貯めてたから、結構あった。これを握りしめて、明日金平糖を買いに行こうと思った。あの子は、金平糖好きかな…?好きだといいな。
*****
十日後は朝からソワソワしてた。いつ鶸が来ても見えるように高台で今日は鋏でちゃんと枝の剪定をしながら、ずっと鶸が来るのを待ってた。向こうから、白っぽい布が見えた。あれだ、きっと!嬉しくなったから、鋏をさっさとしまって、鶸の名前を呼びながら高台を駆け下りた。
「待ってた!一緒に食べようと思って、金平糖も持って来たんだ!こっちに来いよ!いっちばん綺麗に見える場所に連れてってやる!」
ちゃんと来てくれたのが嬉しくて、鶸の手を掴んでぐんぐん走った。
「待って…!速いよ、桃!も少し…、ゆっくり…」
後ろから息を切らした声がした。しまった!
「あ…ごめん。嬉しくて、つい…」
反省した。項垂れて鶸が言う。
「ごめん…。僕…、足が遅くて…。」
鶸が謝る事なんて一つもないのに!くう、俺っちはダメな奴だ。気配りが足りない…。
「いいって、いいって!鶸はここまで来るのに、疲れてるんだもん。ゆっくり行こ!今日はたくさん時間があるし。それにしても、今日はいい天気だね!」
そう言って、今度はゆっくり歩いた。さっき繋いだ手を離すのは何か惜しかったし、鶸も何も言わなかったから、そのままにした。手の平から伝わる温もりに春を感じた。だって、冬は指先が冷たいからね。春っていいな。なんだかいい気分で歌ってたら、雲雀が続いた。
「へへっ、雲雀も歌ってら!」
そう言ったら、鶸が聞いてきた。
「雲雀、好きなの?」
「ん~、好きって言うか、羨ましい!鳥には翼があるじゃん!俺っちも欲しかった!翼があったら、ここらで一番高い木よりも、もっとずっと高い所に行けるからなぁ~。」
そう、大好きな空。一番高い所に行きたいのは、お日様に触ってみたいから。でも、今俺っちの隣にお日様みたいな色の瞳をした可愛い子がいる。胸が…ドキドキした。手汗が出る。気持ち悪い奴って思われてたらどうしよう…。
なんとか、目的地に着いた。
「ほら、ここ!本当は手入れする道具を入れとく所なんだけど、ここの屋根に上って見ると、桃園が一面の雲みたいに見えるんだぜ!」
手汗を着物でさっと拭いてから、小高い丘に建つ掘っ立て小屋に梯子を立てかけた。
「俺っちが梯子を押さえててやるから、鶸、先に登って!」
「え?…ええっ!」
吃驚する鶸を追い立てるように登らせる。俺っちも続いた。屋根の上で、鶸の手をひいて立たせる。
「ほら、鶸!見てみろよ!雲海みたいだろ!」
「うわぁ…っ!綺麗だね…。」
息を飲んで、瞳をキラキラさせて言った。
「だろ!桃源郷ってこんな感じの所を言うのかな?」
そう言いながらも鶸の瞳の方がずっとキラキラしてて綺麗だと思った。びぃどろみたいだ。
「な!これがとっておき!鶸は友達だから、特別だぞ!ほら、座って。綺麗な風景を見ながら、金平糖食べよ!」
危なくないよう隣に座らせてから、用意しておいた金平糖を手のひらに載っけた。嫌いだったら、どうしよう…と思ってたら、一つつまんで俺っちの顔の前にかざして言った。
「金平糖も綺麗だね…。君の瞳と同じ、綺麗な桃色…。」
鶸の瞳の方がずっと綺麗だよ!って言いそうになったけど、言えなかった。代わりに「うん!俺っち、桃って名前も色も木も皆、好きなんだ!」って言った。
「でも、もっと好きなのは空!俺っち、ここらにある高い木は全部登り切っちゃったからさ、次はもっと高い所に登るんだ!」
「もっと高い所って…?」
俺っちはびしっと遠くを指差した。
「ここで、最も高いって言ったら、やっぱ、六省の天守だろ!あそこに登りたい!だから、もうしばらくしたら、六省入省の試験を受けようと思ってる!」
「ええっ!?試験を受けられるのは青年期からじゃないの?」
「こないだ試験要綱見たら、そんな事どっこにも書いてなかったから、受けに行かない手はないと思って!俺っち、こう見えて弓矢が得意なんだよね。だからさ、矢文の係になりたいんだ~。で、物見櫓からなんかじゃなく、あの天守の屋根から矢を放ちたい。きっと、すっげーいい気分になれると思う。」
笑われるかな?そう思ってけど、鶸は尊敬の眼差しで見てきた。鶸は…他の奴等みたくからかったりしないんだな。そう思ったら、もうこれっきりで鶸と離れるのが惜しくなった。もっと一緒にいたくなったんだ。
「で!思ったんだけど、良かったら鶸も一緒に試験を受けようぜ!」
「え…?ええええええー!!!む、む、無理だよ!僕、得意な事なんて、何も無いもん…」
最後は消え入るように言う鶸に、力強く言った。
「そんな事ない!まだ気づいてないだけかもしれないじゃん!よっし!俺っちがお前のいい所を探してやるよ!」
そう!俺っちの夢を馬鹿にしないだけでも、鶸、お前はいい奴だ。
その後、五日ごとに会う約束をして落ち合い。色々試した。書、絵、計算。鶸はどれも苦戦してた。でも、何にでも一所懸命な鶸は頑張り屋さんですごく可愛い。
ある時、例の掘っ立て小屋に燕が巣を作っているのを見付けたから、二人で巣立ちまで見守る事にした。燕が巣立った後に六省の試験がある。それまでに、鶸の優れた能力を探し出せなければ、一緒に試験を受けに行けない。見付けられなかったらどうする?鶸を残して一人で行くか?それは嫌だ…。試験も受けに行きたいし、鶸とも離れたくない。あぁもう!俺っちって、なんて欲張りなんだ…。
そんなある日、俺っちは鶸のすごい所を目の当たりにして驚嘆する事になる。烏に襲われて落ちた燕の巣をアイツが救ったんだ!その飛ぶ速さたるや!
「ヒワー!鶸―!お前、すっげー!すっげー!」
もっとすごい賞賛の言葉があるだろうに、あまりの凄さにそれしか言えなかった。烏をおっぱらってからゆっくりと降り立った鶸の肩をガシッと掴んで言った。
「鶸!すっげー!お前、滅茶苦茶飛ぶの速いじゃん!何だよ!この野郎!『能ある鷹は爪隠す』ってヤツか~?」
そう言ってから、気付いた。
「お前…。もしかして、俺っちが羨ましいって言ってたから、飛べる事黙ってたのか?」
「ち、違うよっ!僕、今まで飛んだ事なかったんだもん…。」
顔を真っ赤にして否定してきた。
「え?」
「は、初めて飛んだんだ…。自分でもびっくりしてる…。燕の巣を守らなきゃ、って思って…。だって…、もうすぐ六省の試験を受けに行っちゃう桃が、最後に見たのが落ちて潰れた燕の巣じゃ嫌だもん!あの巣は…二人で…巣立ちまで見守ろうね、って言ったから…。」
ぶるぶる小刻みに震えて言いながら、鶸の目に涙が浮かんだ。じわっと浮かんで、一気に溢れた。堰切ったように泣き出した鶸を宥めるようにそっと抱き締めて言った。
「馬鹿だな~、鶸!一緒に試験受けよう、って言ったじゃん!今の速さなら、きっとお前が東西一だ!きっと受かる!一緒に受かって、二人で天守の屋根で金平糖を食べようぜ!」
そう言いながら、泣いてる鶸の背中をずっとさすった。
「大丈夫。大丈夫だよ、鶸…。俺っち達二人なら、きっと何が来ても大丈夫!だから…そんなに泣くなよ…。お前はにこにこしてる方がずっと可愛いぞ。な?」
ぐすぐす泣く鶸を途中まで送って行った。本当は鶸が住んでる里まで送り届けてやりたかったんだけど、鳥人の里では翼の無い者は歓迎されないって言うから、後ろ髪を引かれる思いで見送った。
ああ、どうして…俺達同じ里に生まれなかったんだろう?