白き司に集う者たち
白き司でアリアテ勢力とガヴォ勢力が激突する。先陣をきったエルウィンは、思わぬ形で懐かしい人物との再会を果たす。
白き司では、官吏たちが慌ただしく生き来していた。
「どういうことだ? 白魔導師部隊が解体されたとは……国内の僻地に、散り散りに左遷されたそうじゃないか」
「誰が指示したのか、伏せられているが明確だろう……反駁する者たちの勢力を少しでも削ぎたいのさ」
「これではまるで、内乱の先駆けのような……」
話し込む文官の横を、兵士が走って行く。門前広場に集合した兵たちは、それぞれ分隊長に率いられて方々の町へと出張っていった。
「向こうは【海守り】の件だろうな」
「とうとう海水が干上がってきたんだろ。この世も末か」
明朝、海面の著しい減少を告げる飛燕が殺到した。次いで、海棲種族である【海守り】たちが無差別に陸地へ避難している、という報告。白き司はにわかに混乱し、政府軍のほとんどが難民の保護と各町村の護衛にかり出されていった。
「兵舎ががらんとしています。いささか、これでは手薄に過ぎるかと」
伝令が、会議室に集う高官たちにそう報告した直後だった。半開きの大扉を無作法に蹴り開けて、お尋ね者の討伐部隊を率いるディエロが乱入した。
「今から白き司は俺たち【精兵連】の支配下とする。異論のあるヤツは、武器でも魔法でも持ってきな」
ディエロと部下たちによって、会議室の止まり木はことごとく没収され、その場で焼き捨てられた。
「出て行ったばかりの軍隊を呼び戻そうとしても無駄だぜ。あっちはそれどころじゃないからな」
ゲッテルメーデルの堅牢な外壁を出て小一時間、ラティオセルムを目指し港街へ向かった部隊に、一羽の飛燕が飛来した。
『其ノ地ニ亜竜来襲セリ』
短い一文に戦慄した兵士たちは、急ぎ目的地を目指した。
「亜竜に対抗できるのか」
「できるはずがない。竜伐隊も行方不明の今、竜には勝てん……だが、民衆は避難させないと」
「急げ、急げ! 被害者を出す前に!」
にわかに、北から背筋が震えるような冷気が漂ってきた。走る甲冑の群れに白い断片が舞い降る。
「雪だ……吹雪いたらことだぞ」
北方のセスナに向かう部隊、南東の灯火の地を目指す部隊、大都市ゴドバルガに走る部隊。亜竜の襲来を告げる飛燕は、彼らに等しく飛来した。
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白き司の一室では、金髪の華奢な王子がベッドに座り、小さく咳をしていた。
「おつらいですか」
心配そうに王子ティオの顔を覗きこむのは、かつて王弟一族の盾を名乗った一級の召喚師、ヴェイサレド。いかにも苦労がにじんだ顔に、暗い影が落ちる。
ティオの病状は思わしくない。母と同じ先天性の心臓疾患で、日に日に心臓は弱っていく。強心剤などは負担が大きすぎて使えないため、唯一の治療薬が【海の花】の蜜であった。
海の精霊が捕えられ、海水すら干上がる今では、海の花は手に入らない。
「……ごめんなさい、先生」
ティオは、かつてヴェイサレドが教えた兄王子セルヴィアの面影がある顔で、しゅんとうな垂れた。
「ティオ様は何も悪くありませんよ」
「でも」
言いかけて、ティオはまた咳き込む。ヴェイサレドは小さな背中を擦った。
(今は私がついていなければ……もう二度と失ってなるものか)
「セリ、控えているか」
「はい」
ヴェイサレドはティオに隠れて眉間をおさえた。
「セヴォーの一件、頼んだ」
「はい。必ず」
扉一枚向こうで、セリは片膝をおって敬礼した。
厩舎でカオルと合流し、二人でセヴォーを目指す。馬を飛ばしながら、カオルがぽつりと呟いた。
「しかし無謀だ……そんなもの、本当に見つかるのかどうか」
「信じるしかありませんよ。天が我々に味方してくれることを」
セリが祈りを捧げるように仰いだ天からは、白い綿毛が落ちてきた。
「急ぎましょう。雪に覆われては目も当てられない」
――セリは、焦っていた。
どうにも体の調子が狂いがちで、貧血のような立ちくらみが頻繁に起こる。自分の体内で何かが崩壊しようとしているような、異常な感覚があった。
セリには嫌な心当たりがあった。
(俺の中の化け物が、目を覚まそうとしているのか)
これまで圧し殺してきた、合成された幾体かの魔物の血が、とうとう人間の殻を破って本性を現そうとしている。そんな予感がした。
(ひどい顔をしているかな)
主のもとへ向かう前に、手洗い場に寄って鏡を見た。瞬間、セリは叫びそうになって口をおさえた。
暗く影の落ちた顔に光る、赤い双眸。獣の瞳孔。
祈るように水をすくって顔を洗うと、もとの人の顔に戻っていた。
(だめだ。俺には時間がない……)
人であるうちに、人としての役目を果たしたい。恩あるヴェイサレドに報いたい。その焦りが、セリを突き動かしていた。
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クーデターが起きて半時、メンテス・ガヴォに叛意ある者はなべて地下牢に繋がれ、白き司はガヴォ一派の根城と化した。
地下牢の番にはラフト族のアルメニアと、大男ヴィッソがあたった。
「彼らの機動力と破壊力であれば、前線に出しても問題ないと思うが」
騎士団長に指摘されたディエロは、はぐらかすように答えた。
「さあね。最初からそういう指示だったからな」
(お前らのボス、アイーシャが言ったんだよ。あいつらをあんまり巻きこむなってな……さてと)
ディエロは大きくのびをして、不適に笑んだ。
(もう良いだろう? 好き勝手に暴れさせてもらうぜ)
折り良く、門の方角からドーラアングルの音が響いてきた。
「客が来たようだぜ。招いてもいないのにな」
白き司の門はかたく閉じられ、エルウィンとゼイーダ、ヴェイグは門前広場に立ち尽くしていた。
「我々が一番乗りのようデス」
「そのようですね……門の上にいるのは、人形師アレイ・レイオです。彼が戦闘に加わることは無かったはずですが……つまるところ、未知数です」
ドーラアングルを狂ったように打ち鳴らし、道化の格好をした青年が門の上でクルクルと踊っている。
ヴェイグは低くうなった。
「我は主のもとへ向かう」
エルウィンとゼイーダが頷くと、ヴェイグは黒い風となって消えた。
「アハ。ワンちゃんはーまあいいデショー。ネッ、それじゃ楽しい楽しいパレードだよお♪」
この世のものとは思えない不気味な笑い声をあげて、アレイ・レイオは門前にぶら下がった。吊られた人形のような姿で、ドーラアングルを打ち鳴らし音頭をとる。
彼の背後、門の上に十数の人影が現れ、一挙に門前広場に飛び降りた。異様な光景にエルウィンたちは硬直する。確かに人間だが、まるで生気のない様子で、十キーマはあろうかという門の上から降ってくる。彼らはそのまま胴体着陸し、鎧が派手な衝突音をたてた。
「何……だ、人?」
早くも絶望しかけるゼイーダは、ぎこちなく起き上がってくる人々の顔を見て、引きつった悲鳴をあげた。
「何て……あ、あ……ひ、ひどい」
「アハー☆ ゼイーダくんはお知り合いデショー!」
次いで、アレイ・レイオが手を軽く振ると、大量の武器が落下してきた。
「危ナイ!」
エルウィンはとっさにゼイーダを抱えて跳び退る。巨大な剣や斧が門前広場の石畳を割って、奇妙な兵士たちの手に渡った。特異な大型の得物を構えた人々を、ゼイーダは震えながら見つめる。
「あれは……全員、竜伐隊の」
生きてはいないだろう。虚ろな所作に、顔には落ち窪んだ影があるばかり。破れた皮膚から血すら流さず、ぎしぎしと軋りをあげて迫り来る。
幾人かは、エルウィンにも見覚えがあった。アマルドで亜竜の襲撃を受けた折、救援に派遣されてきた隊士たちだ。せめてもの救いは、隊長オルフェスの姿がここに無いことだろうか。
「これが、人形師」
エルウィンもまた絶句する。
「ねええ、た~のしいでしょお~? もっと楽しくなるよっ☆」
怖気の走る笑い声をあげて、アレイ・レイオは吊られたまま踊り始めた。その動きに呼応し、竜伐隊士たちは武器を振り上げて襲いかかってくる。竜をも沈めるという破格の斬撃は、かわしたくらいでは避けきれない。エルウィンたちは衝撃波をくらって吹き飛んだ。地面にも打ちつけられ、体中あちこちを打撲した。
「ぐ……っ これが、竜伐隊」
敵にすれば何と恐ろしい。骸に成り果てても、彼らの機動力と破壊力はそのまま。からくりは解らないが、アレイ・レイオは確かに未知数の脅威だった。
「危ない!」
少しアレイ・レイオに視線をやった間に、エルウィンは間合いに入りこまれていた。ゼイーダが飛ばした水の刃は、操られる隊士の首と腕を切り落とした。
「あ、すみまセン……ゼイーダ……あなたに彼らを攻撃させるなんて」
詫びると、ゼイーダは首を振った。
「ここは戦場ですから」
覚悟を決めたゼイーダは、水魔道士部隊を率いる魔導師の顔をしていた。
隊士はバランスを崩して後退したが、首や腕を切られてもうごめき続けた。
「本体を引きずり落とすには、射程に入らないと。彼らを無力化する必要があります……mcd'kl!」
ゼイーダは無数の水の刃を作り出す。三日月型の刃は回転しながら飛び交い、隊士たちの足を傷つけていった。
「kmcx;lz!」
エルウィンも加勢し、無数の水の針を降らせる。腕や肩の関節が破壊された隊士は、それでも武器を振るおうとするが、重量に耐えきれず腕が落ちた。
あまりにも凄惨な光景に、二人の水魔導師は淡々と挑む。感情を殺さなければ、これ以上前に進むことができなかった。
ある程度の隊士を無力化したところで、ドーラアングルが鳴り響いた。
「いいねいいねェ~それじゃそろそろとっておき! 何が出るかなお楽しみ♪」
アレイ・レイオはくるりと宙返りして門の上に立つと、大きな人影を繰り出した。門の上から落とされたその者は、アレイ・レイオの操作によって軟着陸する。
「コレはとってもお気に入り! 何たって……」
「ダフォーラ隊長ッ!!」
ゼイーダが再び悲鳴を上げた。エルウィンは目を見開く。記憶にわずかに残る父の姿が、ぼんやりと目の前の骸に重なった。
「父さ……?」
前水魔道士部隊長、ザーディエス・ダフォーラ。
濃い青の髪が、男がかつて強力な水魔道師であったことを物語っていた。しかしそれ以外の特徴に思い出を呼び起こすような力はない。落ち窪んだ影があるだけの顔、乾燥しきった皮膚のようなもの、人間からかけ離れた異様な雰囲気。わずかに生前の面影を宿す、筋肉質な体型も、身長も、身につけた鎧も、エルウィンには馴染みのないものだった。
――こんな姿、だっただろうか。
「いや~強かったんだケドネ~……ルワーンって知ってるぅ? 十年前の内乱で、アイツが逃げた時に追いかけて戦って、負けちゃったァ。もったいないから骸人形にしてみたんだけどネエ、魔法まではチョット再現できなくってさァ」
アレイ・レイオが両手を使って見えない糸を繰ると、ザーディエス・ダフォーラは長剣を抜いた。
「いいでしょォ♪ ロウの樹の樹皮でちゃあんと皮張ってあげてさァ、剣だって隊長のだヨォ、もう本当に……」
言いさして、アレイ・レイオは遠目にもわかるほどニヤニヤと顔を歪めた。
「アハハァ、いいねえ……いい顔だねえ……」
エルウィンは感情を顕わに、赤い双眸を見開いてアレイ・レイオを睨めつけた。そのまま視線で射殺せるかと思うほどに、強い殺意が噴き出している。
たとえ思い出は希薄でも、目の前で蹂躙されているのは紛れもない父親の骸。
――人づてに殉職を知った時、不思議と後悔はなかった。大して話したこともない、顔もおぼろげにしか覚えていない父の死を、もしかしたら自分を疎ましく思っていたかもしれない父の死を、どう受けとめて良いのか判らなかった。
だが、この状況の受けとめ方ならば明白だ。
「エルウィンさん!」
ゼイーダの制止を振り切り、エルウィンは水の虎を喚び、その背を踏み台にして跳躍した。次いで水の鷹を喚び、水の刃を出し、次々に足場を渡ってアレイ・レイオへと渾身の水魔法を放つ。
「食らえ、剛水の……っ」
しかし詠唱は中断される。吊り上げられたザーディエスが目の前に立ちはだかった。
――ああ、目が眩む。
エルウィンはそのまま落下し、ゼイーダの水魔道に受けとめられた。
「いけません、どうか冷静に」
「こんな展開は……思いもしません、デシタ……」
頭を振って、エルウィンは父の骸人形と向き合う。父の姿は揺らぎ、やがて、霞のように消えたかに見えた。
「lhipug!」
ゼイーダが前に飛び出して障壁を張る。魔法も打撃も防ぐ水の防壁は、瞬足の打撃を跳ね返すと同時に霧散した。
「重い! 骸で、筋力も体重も無いはずなのに……」
痺れる腕をさするゼイーダの隣に立ち、エルウィンは拘束の呪文を唱えた。
「hio;sr」
水の鎖がザーディエスを捕えたかに見えたが、かわされ、剣の一振りですべて断ち切られた。
「攻撃を!」
ゼイーダは水の刃を向かわせたが、一つ残らず叩き落とされた。水魔道は空気中の水分を魔素で固め、物理的な水の塊を操る術。重い一撃が入れば、魔素の固着は水の分散の力に負けてしまう。
侮れない。強い。それはザーディエスではなく……
「アレイ・レイオ……何者だ」
相変わらず、道化の格好で踊りながら、アレイ・レイオは鍵盤でも弾くように指を動かしている。その一挙手一投足でザーディエスは無双の剣を振るい、エルウィンたちは防戦一方に追いこまれていた。
父の剣戟を受けとめ、エルウィンは骸となっても弄ばれる男の、疲れたような顔を見つめた。そこには落ち窪んだ影しかなくとも、確かに、ザーディエスという男の無念を感じる。
――許せるはずがない。
息子として、というよりは、ただ一人の人間として。国を守り戦い抜いた男の末路が、こんなもので許されるはずがない。道半ばで死んだ者を、その無念を冒涜するなど、あってはならない。
共に戦っていたゼイーダは、思わずエルウィンからも距離をとった。何もかもを凍てつかせるような冷気が辺りに漂い、呼気が白く染まる。
エルウィンの真骨頂は、ゼイーダに師事した水魔道の応用、氷。
石畳に霜柱がたち、ザーディエスは足下から氷づけにされていく。水分のない体は、表面に薄氷が張る程度だが、幾重にも重なれば下手な鎧よりも硬い。氷の檻に振り下ろされた剣は、切っ先が欠け、ザーディエスの眉間に突き刺さった。
やがて全身を覆われ氷像と化したザーディエスは、糸の力でも動かすことができなくなった。
「ああ~、第八みたいなことするんだねえ」
アレイ・レイオは残念そうに両手を挙げる。
エルウィンは改めて詠唱に入った。
「食らえ、剛水の龍。其の牙を給い其の爪を用い、踊る者はなし。束ね縛りて滝は落つ、klc;ls!」
放たれた水流の龍は、轟音とともにザーディエスの体を砕き、後にはばらばらになった骨が流されていった。
エルウィンはがっくりと膝をつき、苦しそうに喘鳴をあげる。
「こんな大規模な氷結、無茶だ。そのうえ大技を使っては体が持たない」
ゼイーダは周囲の水分を少しでもエルウィンに集め、回復させようと努めた。氷は分解され、空気中に還っていく。
湿った門前広場に、すた、と足音がひとつ。アレイ・レイオは門から下りて、ゼイーダたちの前に立った。にっこりと貼りつけたような笑みを浮かべ、アレイ・レイオは小さく拍手を送る。
「スゴイスゴイ! お気に入りを破ったのは君が初めて! やっぱり息子だね~んふふふ、あははは」
「知っていて差し向けたのか!」
ゼイーダが怒りを向けると、アレイ・レイオは行儀良く一礼した。
「お気に入りはお気に入りさ。真打ちはー……」
ニタ、と笑った顔は、逃げ出したくなるほどおぞましかった。アレイ・レイオは大仰に手をくるくると回転させながら振り上げた。その手に、白く輝く派手な装飾の剣がおさまる。
「人形師が操るのは、骸だけじゃあないヨ☆」
何かに引っ張られるように、アレイ・レイオは急速に間合いを詰めた。ゼイーダはとっさに三重の水の防壁を築く。しかし、アレイ・レイオの突きはすべてを貫通し、ゼイーダの隊長である証、青い肩布を切り裂いた。
「やっぱり実戦経験があると違うねエ、た~のし~な~♪」
壊れた人形のような笑い声をあげて、アレイ・レイオは円を描いて回転する。空中に浮き上がるような不自然な動きで、次の一手を容赦なく振り下ろした。
必死にエルウィンを守るゼイーダを、アレイ・レイオは嘲りながら切り刻む。
「もォ~ね~忠義とか? お国とか? どーでもイイじゃナーイ! 楽しかったらイイ! でしょォ、楽しかったらァ!」
側転して一撃、宙返りして一撃、とんぼ返りして一撃。軌道の読めない派手な動きに翻弄されながら、ゼイーダは何とかエルウィンを守っていた。
「楽しかったら死んでもいいよォ、ネ?」
死の淵を除くような暗い瞳に、ゼイーダが捕えられる。思わず息を呑んだ一瞬を薙ぎ払われたが、ゼイーダは無傷だった。
「アレェ……動けたのォ」
ただ守られているだけではない。エルウィンは呪文を完成させていた。
「……rov;gio.」
ゼイーダを守った水の盾から、幾本もの水の槍が飛び出す。
「わっ わっ」
近づきすぎたアレイ・レイオは、それでも身を捻り、剣を振るい、槍を防いだ。しかし被弾は免れず、肩や膝、腰などの致命的な場所から血を噴き出す。傷口をおさえるでもなく、アレイ・レイオは苦笑した。
「あ~……せっかく楽しかったのに、油断しちゃったなァ……ん?」
体が動かないことに気づいた時には、無数の傷を刻まれた後だった。薄氷が体の表面を覆いながら、まるで人形の関節のように、アレイ・レイオに深い溝を刻んでいた。血の滲む四肢を冷静に見回しながら、アレイ・レイオは高らかに笑って傷ついた膝を叩いた。
「アレェ、これ……水魔道じゃナイじゃない? 反則じゃナーイ? 何で君、錬成術を使えるのさァ」
ビシビシと不穏な音をたて、アレイ・レイオの体は徐々に人形に近づいていく。
ゼイーダはエルウィンに覆いかぶさって制止した。
「だめです! それだけはいけない、錬成術をそんな風に使っては!」
術の反動か、エルウィンの体も傷ついている。血のにじむエルウィンを掻き抱き、ゼイーダは呼びかけ続けた。
「エルウィンさん。あなたがザクに捧げてくださった祈りを、私は忘れません……今は堪えて、どうか、この国のために。共に戦う仲間のために……」
ようやくエルウィンが正気に戻ると、折り良くドーラアングルが鳴らされた。
「いいねェ……楽しかったよ」
アレイ・レイオは礼儀正しく一礼すると、くるりと宙返りして、そのまま門の向こうに飛んでいった。
「あの傷では、もう戦えないでしょう……さあ、エルウィンさん。これから合流する仲間たちのために、道を開きましょう」
「ええ……あなたには救われてばかりですネ」
「お互い、命の恩人ということですね」
戦場に不釣り合いな笑みをかわし、二人の水魔導師はふらふらと門に向かった。途中、ザーディエスの骨が風にのり、散っていくのが見えた。
「お父上のことは……」
言い淀むゼイーダに、エルウィンは首を振った。
「十年前に命を終えた男デス。これで、手向けは充分」
――彼の血は、自分の中に受け継がれている。私に水魔道を授け、私を戦わせ、私を生かしている。ダフォーラの名は、絶えてはいない。
………………………………………………………………。
すでに門前広場で戦闘が始まっている。ヴェイサレドは気を引き締め、ティオの守りに徹しようとした。
それは突然現れた。
「何者だ?」
名も知らぬ男は、光の召喚魔法を使い、ヴェイサレドをいとも簡単に打ち破ってしまった。ヴェイサレドを庇おうとしたティオは、病体をおして魔剣をとる。
「ベルリオ!」
魔剣からは頑強な蔦が発せられたが、あえなく火炎で焼き払われた。
「そんな……」
「ティオ様、いけません」
――盾たる者が何と不甲斐ない。
ヴェイサレドは己を叱咤し、ティオを庇いながら倒れこんだ。
「ヴェイサレド、しっかり」
「抵抗しないでいただきたい。我々は、あなた方を敵に引き渡さないようお守りするのですから」
男の口からは聞き覚えのある声がした。舌に刻まれた紋様から声が発せられているらしい。
「何を考えているのだ……第零!」